こんにちは。札幌と筑波で電池材料研究に勤しむ現役北大院生(M2)のかめです。
昨日の記事から引き続き、この記事でも博士課程進学を志した理由三部作をお送りします。
それではさっそく始めましょう!
競争に打ち勝とうとするのでなく、目の前の競争から逃げ続けてきた。自信がないだけでなく、自身の限界を垣間見るのが怖くて怖くて仕方がなかった
これまで恥ずかしい人生を送ってきました。
絶えず目の前の競争から逃げてきて、自分が勝てそうな時だけ戦ってきたのです。
私がこうなったのは高2の夏に孫氏の兵法を読んで中途半端に影響されたのが原因だと考えていますが、確かに大学受験 (北大総合理系次席合格)やブログ運営 (月間23,000PV, 別ブログでの成果)などでコスパ良くそれなりの成果を出せたと思います。
しかし、特に一浪時の大学受験では京大農学部A判定&冊子掲載ながら、不合格になるのが怖くて直前で京大から逃げてしまい、北大入学後に (自分はなんて情けない人間なんだ…)と散々後悔する羽目に陥ったのでした。
正直に書きます。私は競争に勝つ自信がどうしても持てなかったのです。
学校で5年間 (小4~中2)ほど苛烈ないじめに遭っていた影響で劣等感が体に染みついており、”どうせ自分なんて何をやってもダメなんだ”と自身に自信が持てなかったのです。
中三の10月に馬術競技で国体優勝し、その症状は幾分和らいだように思います。
しかし、根本の問題は未解決で、今日に至るまで根性を叩き直し切れていません…
なぜ己は競争から逃げ続けるのか?
しばらく考えてみた所、”自信がない”以外の理由がありそうに思えました。
だったらそれは何なのか?
もっと突っ込んで考えてみると、ひょっとして自分の限界を知るのが怖いのではないか?と自分へ問いかけるに至ったのです。
何かの競争に打ち勝とうと思えば限界まで能力を高めなくてはならないでしょうが、そこまで自分を追い込んだ時、自分に何ができて何ができないのかを知ってしまうに違いありません。
その結果、”ボクは何者にでもなれるんだ!”という幼少期以来の夢想が崩れちゃうため、「自分は本気を出したら何だってできる」と言い訳ができるよう、限界まで追い込むことからこれまで無意識的に逃げてきたのでしょう。
もし限界を知ってしまえば、今後、自分は限界という枠の中で窮屈に生きていかねばならないはずです。
- 限界を知って身の丈に合った生活をしていくか?
- 限界を知らず自分の可能性を信じ続けて生きるか?
この2つの選択肢を前にして、過去の私は絶えず”2″の道を進み続けてきたわけです。
どこかで”逃げる自分”と対決しなきゃ、身の丈に合った幸せを掴めないはず
私は限界を知らずに生きる人生を否定しようなどとは全く考えてもいないのです。
ここで特記しておきたいのは、限界を知らずに生きる道を選び、これまであまり充実感を覚えた経験がないということです。
自分のキャパを拡張する努力を怠り、妥協に妥協を重ねた結果、幸せを未来へと先送りし続けて今日の惨状に至っています。
(じゃあこのまま妥協し続ければ未来がバラ色なのか?)と考えてみても、そのような明るい未来が待っているとは到底考えられないのです。
私が犯した最大のミスは、身の丈に合った幸せで満足せずに今日まで生きてきたことでしょう。
高い目標を夢見て過ごし、
そのくせ目標を掴み取る努力もせず漫然と過ごし、
限界との対峙から逃げ回りながら(自分はこんなもんじゃないんだぞ…!)と心を反骨心で埋め尽し、
身の丈に合った幸せが目の前に転がっていても(自分はここで満足しちゃダメなんだ)と好機をパスしてきたのでした。
私が幸せになろうと思ったら、いち早く自分の身の丈を知り、尚且つそこに落ち着いた自分を認めてあげなくてはならないと思います。
ただ、今の私は身の丈を知ることすら嫌がっている現状だから、どこかのタイミングで過去の自分と決着をつけなくてはならないという訳であります。
博士課程へ行く理由その2:海外のトップスクールへ長期留学し、限界の境地で自分なりの幸せを見つけてみたいと思ったから
博士課程へ行く2つ目の理由は、海外のトップスクールに1年間留学し、自身の限界を見てみたいからです。
最初は海外でなく、東大や京大のトップ研究室へ行くことを考えていましたが、自身の専門と近い研究をしている研究室が日本にはないため、今よりレベルの高い環境を求めて海外へ飛ぼうと考えたのです。
ここでいう”海外の大学”とは、Oxfordを始めとする世界ランクトップ100の大学を指しています。
私の指導教員の指導教員が世界中の有名な先生と仲良しな権力者のため、そのコネを使えば世界最高峰の大学の研究室へ行くチャンスを手に入れられるのです。
周囲が自分より賢くて頭の切れる人ばかりならばたくさん痛い思いをするだろうし、特に言語面や議論の難度面で今までにない無力感を味わうはずです。
日本に留まっていた方が居心地が良いに決まっているものの、それだと私の天狗の鼻が伸びていく一方だと思ったので、頭が柔らかいうちに海外に出て、限界の境地で自分なりの幸せを見つけてみたいと考えたのです。
なお、海外留学の原資は学振DC1(研究奨励金月20万円+研究費年額100万円)を予定しています。
今は円安なので金銭的な面で何か月留学できるかよく分かりませんが、可能なら1年間ほど海外で暮らし、ラボメンバーと外国語でディスカッションし、隙あらば一本論文を書いて日本に帰ってきたいと思っています。
今の所、留学先はイギリスの某研究室を予定しています。ロシア-ウクライナ戦争の影響でインフレがとんでもないことになっているそうですから、日本から大量に玄米を持参し、食事は基本的に自炊で済ませようと計画しています
日本を遠く・長期間離れることで日本の素晴らしさを再確認したい
これまで日本で生きてきて、”日本は本当に良い国だ”と感じてきました。
- 風光明媚な美しい自然
- 夜でも出歩ける安全な街
- 安くておいしいツヤツヤのごはん
など、私は日本が本当に大好きでなのです。
旅行関係の国家資格取得に向け勉強をすると、私の知らなかった日本の魅力が次々と見つかり、大変驚かされることとなりました。
一方で、”日本の真の魅力は日本にいては分からない”とも薄々分かっているのです。
私自身、地元・広島を遠く離れて札幌に住んでようやく広島の魅力に気付いた経験がありますから、もっと日本を好きになるには一度、日本から物理的に遠く離れてみる必要があるはずです。
東京と留学候補地のイギリスは約9600kmの距離らしく、広島-札幌間 (1200km)の8倍離れているため、単純計算で8倍もの日本の魅力に気付かされるのではないでしょうか?
折角イギリスへ行くならば、イギリスの良さも存分に味わいたいです。
私は英文学を好む影響でイギリスの文化に憧れがあり、イギリスへ行ったらOxfordでハリーポッターのロケ地巡り、またパブで初見のイギリス人とフィッシュアンドチップス片手に世間話でもしてみたいです。
最後に
私が博士課程へ進学する2つ目の理由は、イギリス留学をして限界に挑戦し、極限の境地で身の丈に合った幸せを見つけるためである。
三つ目の理由は“人生哲学を築き上げたいから”なのですが、それについては次の記事にて書き連ねていこうと思っています。
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