博士転職活動記vol.2|博士二年6月 賽は投げられた

  1. 博士一年・3月 まだ誤差の範囲
  2. 博士二年・6月 賽は投げられた
  3. 博士二年・2月 天は人の上に年収を作る
  4. 会社員一年目・4月 悪い予感は、たいてい当たる
  5. 会社員一年目・6月 パワー・ポッター
  6. 会社員一年目・7月 失われた研究生活を求めて
  7. 会社員一年目・10月 活字をくれと、叫ぶ秋
  8. 会社員一年目・12月 もうあと一年、踏ん張ろう
  9. 会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え
  10. 会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが
  11. 会社員二年目・6月 行動開始
  12. 会社員二年目・6月 会社員二面相
  13. 会社員二年目・6月 転職エージェント
  14. 会社員二年目・7月 スーツで乗った新幹線
  15. 会社員二年目・7月 残るか、離れるか
  16. 会社員二年目・7月 お時間、よろしいでしょうか?
  17. 会社員二年目・7月 去り際の芝は
  18. 会社員二年目・8月 総括

~前作~

留学で心身ともに疲弊して帰国して、研究者になる道筋を描けなくなった。物事を前向きにとらえられず、状況を悪い方へ、悪い方へと考えてしまう。投稿論文はリジェクトされまくるわ、株式投資で大損をこくわ、本当に何も良いことがなかった。

地獄の底でくたばっていた私に、会社は居場所を与えてくれた。そんなに苦しいならウチにおいでよと。一緒に仕事をやろうよと。辛くて仕方がなかった当時の自分に、弊社の存在がどれほど救いになったことか。弊社の内定にどれほど心を支えてもらったことか。弊社に就職すべく研究を頑張ろうと気力を奮い立たせられた。

弊社からは博士一年次の2月に内定をいただいた。博士課程は通常三年あるが、一年飛び級修了して就職する作戦である。自身に研究者への道を拓く力がない以上、大学に長く居ても仕方がない。というか、研究者を目指す、可能性に満ち溢れた後輩の姿があまりに眩しくて直視できなくなった。一日でも早くラボを離れたい。早く離れなければ心が壊れてしまう。

弊社内定と博士課程早期修了に向け、研究のアクセルを踏み直した。

留学先で学べなかった研究理論は、専門書を読み、AIに尋ねながら理解した。リジェクトされまくっていた論文は、指導教員と何度も打ち合わせを重ね、ブラッシュアップして再投稿し、アクセプトまでこぎつけた。早期修了には通常の倍以上の業績数が求められる。まだまだ全然業績が足りなかったので、周囲から「もう無理すんなよ…」と止められるほど実験を重ねた。おかげで飛び級に必要なだけのデータを集められ、論文にまとめることができた。

・・・・・・・

研究に明け暮れていた博士二年次の5月、WEBで内定者懇親会があった。同じ部門に配属予定の内定者同士で話し、入社前から仲良くしておく。

WEBでは同期社員が6名集まった。広島の企業ということもあって、広島出身で中国地方の大学に通っている学生ばかりだった。基本的にはみな修士で、私だけ博士のため明確に浮いていた。そんなに気を遣わなくていいのに。タメ口でいいよと言っても「いやいや…」と向こうの方が遠慮してきた。

どうやら彼らはインターン参加組らしく、すでに対面で顔を合わせていたようだ。あ~、だから最初からみんなタメで仲良く話していたのね。私のように本選考のみで内定した学生は稀らしく、「どんな手を使ったんですか?」「やっぱ賄賂ですか?」と秘訣を尋ねられた。特段、何かしたわけでもないのだけれども、「やっぱ賄賂っすね」とテキトーに答えておいた。みな、納得していた。

同期には、私と同じ学校出身の修士学生もいた。同期は同期でも、後輩の同期である。ちょっと何を言っているか分からないだろうが、自分でもあまりよく分からない。彼とは広島時代の話で盛り上がった。昔お世話になった先生の近況など、知らなかったことをたくさん教えてもらい、「へぇ~、いまそんなことになっているのか~」と労害発言を重ね、ますます気を遣われた。

座談会では、同期社員との交流に加え、会社で行う仕事内容についても触れられた。開発関係の仕事が多いらしく、配属予定部署の名前も○○開発本部ときた。ひょっとして自分は開発部門に配属されるのか? 研究所じゃなくて、開発部隊? まぁ、開発部署にも研究職種はあるよな。え、あるよな? 大丈夫なのかコレ…?

・・・・・・・

座談会の二週間後、内々定が内定に切り替わったとメールで伝えられた。10月の内定式で承諾書にサインすれば、基本的には辞退できず、翌年から弊社社員になる。

配属先が研究なのか開発なのか、どちらなのかと気を揉んでいた。望み通り研究なら良いのだけれども、開発となると話が変わってくる。確認しようかと思ったが、入社前に出過ぎた行動をすれば目をつけられるだろうし、人事評価に響くだろうから、聞くに聞けない、友達以上恋人未満の距離感といった所だった。

研究とは、この世にまだないモノを創り出す所業である。それに対し開発業務は、1を10に、10を100にする仕事。研究が深く掘り下げる営みであるならば、開発は広い守備範囲を浅く守る仕事であり、出力の方向性が直交している。

私は昔から探求型のスペシャリスト気質で、限られた対象を徹底的に極めるのを得意としてきた。馬術競技しかしていなかった中学高校時代には全国大会で優勝したし、大学に入って趣味で始めたランニングも極めてマラソン2時間42分を記録した。だが、手広くやろうとした時に限って、全て中途半端になった。器用貧乏ですらないただの不器用な自分に、開発業務など合うわけがない。研究に近い先行開発系ならまだ付いて行けるだろうが、量産開発となると手に負えないだろう。

人事担当者に配属先を確認しようか。大丈夫だとは思うけれども、確かめておいた方が安心だよな。いや、まさか博士人材が配属ガチャに合うわけもないし、そんなに心配しなくても大丈夫か。いまは就職先のことより、ちゃんと就職できるかの方が大事である。早期修了に必要な業績を重ね、飛び級を確定させる必要がある。

入社後、このとき抱いた悪い予感は、見事に的中してしまう。

・・・・・・・

座談会のひと月後、弊社を含む弊社業界全体の検査不正問題が明るみになった。中央官庁の定めたルールを無視した製品検査を行っており、日本国内で製品が出荷停止になるなど大きな影響が出た。

大学で不正をやらかしたら一発アウトである。研究に対する信頼性を堕とした咎でアカデミアから永久追放される。不正といったら悪いイメージしかなく、心の支えだった弊社の内定を手放したくなった。

内定辞退の連絡をする前に、何をやらかしたのか調べた。どうやら、何かやらかしたのではなく、やりすぎてしまった結果らしい。

メーカー各社は製品の安全性を担保すべく、規定よりもはるかに厳しい検査を独自に行っている。そして、厳しい検査のデータでもって、官庁の定めた試験を行うことなく官庁にデータ供出した。わざわざ厳しい試験を行っている以上、官庁式の試験を行うのは二度手間であり、工数がいくらあっても足らない。厳しい試験をクリアしたのだからいいじゃないか。いったい何が問題だというのか。

メディアはこれを『不正』と報道した。果たしてどこが不正なのか。規格より厳しい試験をクリアしたのに、まるでズルをしたように言われるのは腹が立った。

検査不正問題を受け、弊社に対する帰属意識が高まった。研究だか開発だか知らないけれど、弊社のために出来ることがあればしたい、貢献させてもらいたいと前向きになれた。私自身もお上の言うことに反発するタイプだし、この会社とは案外気が合うかもしれないな、と。

・・・・・・・

10月、札幌から広島へ飛び、内定式に参加した。内定承諾書にサインと捺印をし、翌年度から弊社で働くことを誓った。

ここに、賽は投げられた。

~次作~
Coming soon…

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

カテゴリー

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次