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体重計

大学院博士課程では北大陸上競技場で運動生理学の研究をしていた。自身を電池と見立てて、電池内部における血液の輸送特性改善とATPサイクルの改善を推し進めていた。学振DC1で得た資金をランニングシューズとレースエントリー代に捧げ、one for one, all for one、みんなのモノは俺のものの精神で日々鍛錬していた。
北大総合理系に入ってからしばらくボーっとしていて、気付けば新歓シーズンが終わっていた。部活にもサークルにも恵迪寮にも入りそびれ、バラ色だったはずのキャンパスライフは まだら模様となった。暇と体力をもてあましていたが、お金がなさすぎるもので身動きを取れない。そんな私にできることといったら、外を走ることぐらいだった。
小学校時代はデブといじめられるほどの肥満体型だったが、成長期が来ると急に背が伸びた。小学校卒業時点で150cm・60kgだったマガジンスペックは、高校卒業時に175cm・59kgとなり、いつの間にかランナー体型になっていた。走り始める前から走るための素地が整っていたおかげか、練習を重ねるにつれ、どんどん速く・長く走れるようになった。人間、成長を感じられれば面白くなる。走る以外にやることのない私は、起きている時間をすべて捧げてタイムアップを図った。
博士課程最終年度の11月、京都市内で学会発表を行い、その翌日に福知山でフルマラソンを走った。それまでの自己ベストを5分近く短縮し、2時間42分13秒でフィニッシュした。本当は2時間40分切りを目指していたのだが、終盤に微失速して一歩及ばなかった。まだまだ自分はやれるはず。いずれは2時間30分を切りたい。研究とか会社とかどうでもいいから、更なる高みを目指して頑張りたい…
会社員になり、更なるタイムアップを目指して、故郷の広島で練習し始めた。その直後、右足首の靭帯を損傷し、治っては壊れ、治っては壊れのヘビーローテーションとなった。別にケガなどI want youしていないのだが、ケガは私を好きでたまらないらしい。どうせケガするなら、AKB48の全盛期メンバーに一人ずつ顔面をグーパンチされて眼底骨折した方がマシだったと思う。いや、ちっともそんなことはない。
靭帯の問題で頭を痛めていたら、今月に入って左膝が痛くなった。寝る前までは全然痛くなかったのに、目が覚めて起き上がった途端、激痛が走り、あまりの衝撃に月面宙返りして審判からG難度の評点をいただいた。ありがとうございます。これでは会社に歩いて向かえない。ほふく前進での通退勤となる。今のままではいけないと思っているが、なめられてたまるか、負けてたまるかとも思っている。
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広島に帰ってきてから何も良いことがない。足は壊れ、ペアーズもウィズも失敗し、会社は経営不振で業務を回せず、仕事のストレスで脳がボケて記憶力と視力が落ちた。食欲が失せて顔色も悪くなり、全身の関節が痛くなった。
おまけに給与は2万しか昇給しなかった。ボーナスが減るのと住民税徴収が始まるのを加味すれば、一年目よりも手取りは減るだろう。手取りだけならまだしも、おそらく額面年収も減ることになる。増えるなら分かるが、減るってどういうことだ。我が一年目給与は、同期の二年目修士社員に抜かれ、プライドがずたずたになった。
一体何の罰ゲームだろうか。私が何をしたというのだろうか。ここまで多くの苦しみを我に与え、神は吾輩に何を味わわせたいのか。
何かひとつでも上向きになるものがあれば、まだそこに救いを見出せる。お生憎さま、全方位において上手くいっておらず四面楚歌で、大軍に囲まれ最期を迎えた項羽の気持ちがよく理解できた。
走れなくなってから何か月も経った。いつしか走らないのが当たり前になった。膝の痛みがある程度癒え、歩くぐらいなら不自由しなくなったので、最近は出勤前に河川敷を1時間ほど歩いている。
ウォーキング中にはランナーとすれ違う。颯爽と走る実業団選手もいれば、健康目的でトコトコ走るおじいちゃんランナーもいる。私も二年前まではバリバリ走っていた。北大の陸上トラックでインターバル走に勤しんでいた。今では誰に追いつくことも叶わない。あの人は走れていいなぁ… と肩を落とし、家に戻ってシャワーを浴び、ちゃんと服を着てオフィスに向かう毎日。
私が走っていた主な理由は、自己ベスト更新のためだった。それと同じぐらいのウエイトで、フィットネス目的で運動していた。少しでも気を抜けば太ってしまう。太ればまた周りから嫌がらせを受けかねない。私の家系は太り気味なので、私も放っておけば肉団子になる。せっかく痩せてスリム体型になったのに、運動をやめたからといって体型を崩すのはダサすぎる。
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人間は何かしらの客観的指標に依拠して生きている。小学校では足の速さに、中学高校では偏差値に、大学時代は顔面とコミュ力に、会社員になれば年収に縛られる。今は多様性の時代である。臨めばAIとも結婚できるし、申告すれば異性にもなれる。なりたい姿を描ける人にとって、現代は最も生きやすい時代だろう。
だが、社会がカオスになるのは困ると言う者もいる。何者になってもいい自由がある反面、自分がどうしたらいいのか分からなくなるのだ。博士修了直後の私もそうだった。世界で自分だけが進められる研究プロジェクトをやっていたのが、いつ何時でも代替可能な組織の歯車に成り下がり、アイデンティティーを見失い茫然自失となった。混沌とした時代だからこそ、何かひとつでも信じられるものが欲しい。
広島に帰ってきて、走力も、知力も、食欲も、キャリアも、出会い欲も、睡眠欲も、何もかも失った。今の私に信じられるものとは、果たして何なのだろうか。育毛でも植毛でもないだろうし、まして崖っぷちのぽにょでもない…

ある日、ぽんぽこりんの弊社で21時まで残業していた。会議のための会議のための介護のための会議に参列し、一生懸命考えている姿を演じながら、頭の中では22時半からの米国株式市場でどう振る舞おうか検討を深めていた。そうしたら天啓が降ってきた。靭帯が痛ければ、食べてしまえばいいじゃない。靭帯を食べればタコのごとく復活し、第二の人生で第二楽章をスタートできるのではないか。
セカンドライフをスタートするにあたって、自分のことを深く知っておきたい。宇宙誕生以来、地球が何周したとき生まれたのかとか、アパートからJRを使わずほふく前進通勤したら正味何分で着くのかとか、九年連続毎日魚缶生活に終止符を打ったらどうなるのかとか、ハーゲンダッツの中身は蓋を開けてみるまで決まっていない、実はあらゆる状態が重なり合った量子力学的存在なのか、とか。解決すべき課題が山ほどあるから、優先順位をつけつつ実験計画法で各個撃破していきたい。
学振DC1申請や就活では念入りに自己分析した。自己分析といえば、まずは体重を知っておかなければならない。
体重とは何か。東京・丸の内オフィスで日々喧々諤々の議論が交わされている。体重とはあまりに多義的な概念なので、借りぐらしのスパゲッティーとか、自分史の四半期決算書とか、ハヤシライスのオヤジ抜きとか、手戻りに手戻りを重ねて原始時代に戻った開発部署、とか言われている。
ランニングをしていたときは体重計を持っていなかった。そんなものに乗らずとも、身体の重さは感覚的に分かっていた。運動習慣が失われると、そのへんの感覚も失われてしまう。まして、いまは懸垂と自重体幹筋トレが中心だから、力こそパワーで、身体が重いのか軽いのか分からなくなった。
その点、体重計はすごい。身体の状態を定量的に示してくれる。家を司る専業主婦のごとく絶対的な権力でもって、体重計が重いと言ったら重いし、軽いと言ったら軽いということになる。体重計とは、自分の正体を見失いかけている今の私に最も必要な暴力的正義ではないか。そうか、私は59kgだったのだな。博士や会社員だと勘違いしていたけれども、実は59kgだった。

オムロンの体重計は多機能で、乗れば色々なことを教えてくれる。MBTI分析はもちろん、SWOT分析も、PPAPサイクルすら朝飯前にこなしてしまう。おまけにすごいのが、体重まで測ってくれるという。体重まで測れる体重計など滅多にない。コイツはさらに凄くて、体脂肪も誤差±30%で出してくれるらしい(全然役立たんやないか)。自分もこれぐらいマルチタスクができれば、開発部署で大活躍できたかもしれない。来週から私の代理で体重計に仕事を回してもらおうかな。

18歳のころ、私は何をしていただろうか。18歳時代を思い返せば、私は18歳をしていた(そりゃそうやろ)。将来は何にでもなれると思っていて、学校へは裸足で通学し、別れて離れ離れになったはずの元カノとなぜか一緒のチームで高校最後の国体に出ることになり、京大にはA判定から6点差で大逆転不合格を食らい、河合塾広島校で白壁に囲まれながらシャーペンを動かし、ときどき予備校をサボって公園のベンチで四畳半神話大系を読んでいた。
辛いときや、生きているのが苦しくなったときには、あの日々の残響に耳を澄ませながら胸に火を灯して立ち上がる。皆が等しく・尊く輝いていた青春時代を幾度も思い起こし、自分はまだやれる、まだ頑張れると言い聞かせる。叶えきれない夢に追いすがりながら、どこまでもみっともなく生きていく。
何もかも失ってしまった私だが、オムロンは「体年齢はまだ18歳です」と言ってくれる。今年で29歳になる私に、まだ10代の可能性を感じさせてくれる。老け込んでいる場合ではない。手繰り寄せたい未来があるなら、腕がちぎれても手繰り寄せてやりたい。執念だけは一流だと思っている。広島人のしつこさをなめんなよ。
オックスフォードで砕けた世界への夢や、弊社で散った研究への想いを、未来の自分に必ず成就させてみせる。未来の自分よ、頼んだぞ。課題は未来に全部先送りだ。


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