沖縄100Kウルトラマラソン2022 レース体験記【9時間1分】

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レース後半

60km:痙攣地獄の号砲が鳴る

コースを折り返して10kmぐらいは追い風の後押しを受けて快調に走れた。60km過ぎから始まった上り坂にて、遂にふくらはぎが悲鳴を上げ出した。坂を駆け上がろうとした瞬間、右足へピリッと嫌な痛みが走った。痙攣だ。あわや動けなくなる寸前だった。すぐにかかとを下げ、ふくらはぎを伸ばして足の柔軟性を保った。

これ以降、平地や上り坂では痙攣の恐怖に悩まされながら走ることに。ひとたび足が攣った瞬間、ペースを維持できずサブ9の夢が潰えてしまう。足を使わずに走っていかなきゃいけない。重心移動をいつも以上に気を付けて一歩ずつ慎重に繰り出した。66kmあたりの信号待ちにて、ふくらはぎを揉みほぐして凝りを緩和。信号待ちはタイムロスのもと。少々イライラさせらるけれども、ウルトラの後半に限っては体のリカバリータイムに充てられるのでむしろ有難い。68.2kmのZAMSTのエイドで多くの方から「頑張れ~!」と声援を受ける。その直後に待っていた壁のような激坂では根負けして歩いてしまった。足が今にも攣りそうな状態で激坂を走り通せやしない。走る代わりに高速で歩いてタイムロスを最小限に抑えた。

70km:先週100マイル走ったBさんに追いついた

レース序盤で一緒に走った二人組ランナーの女性の方 (Oさん) にようやく追いついた。実はその10kmも前から遠めに背中をとらえていた。距離を縮めては離され、縮めては離されと全然追いつくことができずにいた。やっぱ100mileランナーは強いわ。スタミナが違う。自分なんかが追い付ける相手じゃないのだろうなとリスペクト。

そんなパワフルなお姉さんを遂に捉えた。70km手前で再度並走状態に。「ナイスランです、頑張りましょう!」とエール交換。元気が出てきたのか、一気に加速して前に出てOさんを抜き去った。Oさんもまだまだ元気。私から離れはしたものの、その後も同じペースで走り続けて9時間8分でゴールなさった。

~75km:ニライカナイの急登に備え、下り坂で足を休ませる

Oさんの前に出た1km後から、2kmほどの長い下り坂が始まった。四年前の沖縄100Kではココで飛ばしすぎて前腿に大きなダメージが蓄積され、その後20kmほど歩いて10時間切りを逃してしまった。同じ過ちを繰り返してはならない。過去の教訓を活かし、平地とほぼ同じペースでゆっくりと坂を下りる。痙攣寸前のふくらはぎを休ませたい。着地衝撃を最小限に抑えられる姿勢を模索しながら坂を下った。この坂を下り切った後から、コース最高到達点に向けて強烈な激坂が待っている。今後の急登に備えて少しでも力を温存しておかねばならない。下り坂をそろろそろりと駆け降りる。そのおかげで足の痙攣が随分マシになった

75~84km:ここが正念場!と歯を食いしばって奮起。その先に宝石のような海を見る

75kmからの坂道では、体内に残る全ての力をかき集めてフルパワーで登坂した。大股で走るとふくらはぎが痙攣しそうになる。ストライドを狭め、ピッチを刻んでペースを維持することに努めた。上り坂で失速しかけるたびに「何のためにここまで来たんだ!」と自身に発破をかけて奮起を促す。あと30kmもない。走り続ければサブ9できるのにココで歩くだなんて考えられない。この8kmは記憶が飛びそうなほど辛かった。サブ9達成のために歯をくいしばって耐えた。

やっとのことで上り坂を乗り越え、緩やかな下り坂を駆け下り始める。トンネルを抜けると目の前にはエメラルドブルーの大海原が。ついに、ついにここまで来たんだ!なんて綺麗な景色なのだろう。ニライカナイ橋を駆け下りながら絶景を眺める。太陽光に照らされ、まるで星空のように燦然と煌めく海面に鳥肌が立った。何の偶然か、レース中はこれまでずっと曇り空だったのに、私がニライカナイ橋を走る直前から晴れ間がのぞいてきた。これまで苦痛を耐え凌いできた自分への最高のご褒美となった。

90km:サブ9まであと54分。時計も見ず我武者羅にフルスパート

90km地点を8時間6分で通過。100km9時間切りを達成するには、残り10kmを54分以内でカバーする必要が。2~3回の信号待ちを考慮すると、走っている間はキロ5分ぐらいのペースで進まなねばならない。キロ5なんて普段のジョギングペース。けれども、これまで90km走って満身創痍になった私にとって、キロ5で走るのは大変難しい話だった。

走行ペースを計算した時、さすがに無理かなと半ば諦めてしまいそうに。そりゃそうだ。キロ5分半ペースですら1kmごとに足が痙攣しているのに、もしキロ5までペースを上げたら今までの倍以上痙攣しなくちゃならなくなる。悪いお知らせはもう一つある。レース前に確認した天気予報では、ラスト10kmは北からの風速10m/sの風に立ち向かいながら走ることとなっていた。風速10mの風に逆らってキロ5分ペースを出すには、実質、キロ4分ぐらいの出力が必要に。万事休すか。9時間5分ぐらいでフィニッシュできればいいかなと弱気になってしまった。

ところがココで奇跡が起きる。北からの向かい風の予報だったのに、ラスト10kmに差し掛かった瞬間に風が追い風に変わった。まるで神様が「諦めるな、行け!」と私を叱咤激励してくれているみたい。神風とはこのことだ。サブ9を諦めかけた私に勇気を吹き込んでくれた。沖縄の神様まで味方に付いたのに目標を諦めても良いのだろうか?良いわけがない。潰れる覚悟で出し切ろう。覚悟を固めた。本気でサブ9を目指す。ゴール目前で諦めてしまったら一生後悔するだろう。仮に痙攣で動けなくなってフィニッシュできずとも、死力を尽くした結果なら受け入れられる気がした。

それからフィニッシュ地点まで、時計を一切確認せず、ただ前だけを見据えてガムシャラに腕を振り続けた。時計なんて見ても残りの距離が縮まるわけじゃない。見たって何の意味もない。数百mごとに足へ激痛が走る。ふくらはぎをはじめ、膝、前腿、お尻など、あらゆるパーツが悲鳴を上げだした。しまいには胸筋まで震え始めた。まともに動かせるパーツは腕と首のみに。それでも走り続けられたのは、サブ9に強い執念があったから。サブ9できそうな可能性がまだ1%でも残っているのなら、己の全精力を注ぎこみ、奇跡を信じてそこに懸けたいと思った。

フィニッシュまであと2.5kmの最終エイドを過ぎた途端、風向きが逆転して向かい風に。最後の試練。サブ9に値するかどうかを神様から試されている。あまりの強風に足がピタッと止まりかけた。神様も意地悪だ。助けてくれるばかりじゃないのは人間関係と一緒か。ニヤッと笑い、もう一つギアを上げて渾身のフルスパート。口から心臓が飛び出しそうなほど苦しくなり、足はほぼ100mごとにドぎつい痙攣を起こした。距離の過ぎ行くことの遅いこと、遅いこと。苦悶の表情を浮かべながら、サブ9達成を信じてフィニッシュ地点へとなだれ込んだ。

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