ブログ設立の理念、および運営哲学

こんにちは!札幌と筑波で蓄電池材料研究をしている北大工学系大学院生のかめ (D1)です。2022年9月29日、学振DC1へ内定が決まった翌日に当ブログ札幌デンドライトを作成しました。

ブログを立ち上げてから一年が経過]。最初は月々200PV程度の超零細ブログだったものの、一年が経過した今となっては5000回/月程度見ていただける少し大きなブログになりました。今後、YouTubeを始めたり記事をさらに書いたりしてPV数の増加を目論んでいく予定。少なくとも大学院博士課程を修了するまでは当ブログの運営を続けます。

この記事では改めて原点に立ち返り、当ブログを設立した理念や哲学を少々語らせてもらいたい。私の思いの丈が少しでもいいから皆さんに届けばいいなと願って記しました。

かめ

それでは早速始めていきます

目次

【設立理念】自分が味わった様々な苦労をなるべく後輩に味わわせたくない

自分で言うのもアレなんだけれども、学生の中では割と苦労をしてきた方ではないのかなぁ、、、と。少なくとも恵まれている方ではない。研究室に配属された翌々日から突き放されてその場で放置。論文の読み方や研究の進め方など、基本的なことさえ誰にも全然教えて貰えず暗中模索 (実験試料も自分で買った…)

死ぬ気で活路を切り開いてきた。運よく実験で成果が出た。研究の魅力に目が見開かれてきた。M1の夏、本気で博士進学 (D進)を考え始めた。しかし、研究室に過去10年間、誰一人としてD卒者がいなかった。 (ココでホントにD進しちゃって大丈夫かなぁ)とめちゃくちゃ大きな不安に苛まれた。「D進して良かったですか?」と感想を先輩に聞きたかった。その肝心の先輩さえいないのだから誰にもアドバイスを求めようがない。心の声に素直に従いM1の9月、D進を決意[研究室生活春夏秋冬 M1・9月編]。その後、学振DC1に当たったり[学振DC1 申請書]海外のビッグジャーナルにアクセプトされたりして[海外のビッグジャーナルにアクセプトされた一部始終]何とか今日まで命を繋げてきている。

当時の私は困っていた。「誰か、自分を助けてくれよ…」と常時、救難信号を発信していた。手を差し伸べて自分を引き上げてくれる人などいなかった。どうやって助けてあげたらいいのか、もしかしたら分からなかっただけなのかもしれない。彼女にフラれ、ストレスで血を吐き、将来への不安から家で泣かずに済む日はほとんど無かった。何度も何度も(辞めたい)と思った。「ココで辞めたら自分の負けだ」と自身に言い聞かせて辛うじて踏ん張っていた。

自分のこれまでの生活を踏まえ、自分と同じ苦労を後輩にはできるだけして欲しくないと思った。だってメチャクチャ苦しかったもの。「同じことを同じ環境でもう一度やって」と言われたとしても、音速を越えソニックブームを発する勢いで「絶対にイヤだ!!」と即答するはず。

自分と同じ研究室の後輩ならすぐに助けてあげられる。しかし、全国の研究室の後輩はどうか?困っている人の元へその都度、出張するわけにもいかないだろうし、、、 日本の研究室学生の皆さんを何とかして助けてあげられる方法はないか?…あるじゃん、ブログが。ネットを使えば全国の学生をいつ何時でも助けてあげられる。しかも無料で!経済的にも困窮した学生が沢山居るなか、無料でサービスを提供してあげなきゃサービスを享受できない人がどうしても現れるから。

この記事を見た皆さんに一つだけお願い。自分のブログがもし少しでも助けになったと思ったならば、いつか、あなたの傍にいる後輩を同じように助けてあげてもらいたい。直接の指導でも構わないし、私のようにブログを作って不特定多数に発信してもいい。手助けの連鎖反応を起こしたい。私を反応の火付け役として、次の、そのまた次の”手助け人”に是非ともなっていただきたい。日本の研究室学生全員による壮大な慈善のドミノ倒し。みんなが生きやすい研究室ライフをみんなで一緒に作ろうじゃないか。

【哲学】自分自身、音の病気に日々苦しまされている。その私が頑張っている姿を見せることで同志を励ましてあげたい

私は『ミソフォニア』という音の病気に苦しんでいる。ミソフォニアとは”音嫌悪症”のこと。トリガーとなる音を聞いたら不安になったりカッとなったりする。自分が周りから24時間、絶え間なく音に攻撃されているような感覚。私の場合、鼻水をすする音が特に無理。咳払いや紙のページをめくる音も非常に苦手としている。大学受験は本当に辛かった。一浪したからなお辛かった。いくら勉強して学力を高めたとしても、本番、トリガー音を隣で発されたら回答が手につかなくなる。不安が募るったらありゃしない。勉強以外の重たいハンデを抱えて迎えた受験は心身に堪えた。

大学に入り、受験から解放されたおかげで一時的に症状が和らぐ。B4の4月に研究室へ入り、再びストレスフルな日々が続いたせいで症状がぶり返してしまった。受験時代よりも症状が重い。生きているのが辛く感じられる。死にたい。何も聞きたくない。鼓膜を突き破ってしまいたい。音に悩まず平然と暮らせる人が本当に羨ましかった。M2の2月に出会ったWEBライターのアルバイト、オフィスの音が自分に合わずにたった2か月で辞めてしまった。社長やお世話になっていた先輩には心配を掛けたくなくて嘘の理由で辞めたけれども。

生きるのに支障をきたす病気、治療法は未だ見つかっていない。私は持ち前のタフさと意地のおかげで何とか死なずに済んでいる。自殺を選ぶ人の気持ちも分かる。だって死んだ方が楽だもの。ミソフォニアから解き放たれる唯一の方法は死、ただそれだけだから。私自身、もし両親が既に亡くなっていたら自殺していた可能性がある。”産み育ててくれた人より先には死ねない”との一心で死を思い留まっている状態。

どうせ長くはない命。少しでも永く生きようとするより太く・短く使いたい。日々、自らの出しうる最高のクオリティーを発揮する。限界を超える。何度も超える。打ちのめされてもすぐ立ち上がる。くたばり伸びている時間などない。与えられた持ち時間は残り僅かなんだから。こうして頑張る私の姿を励みにして下さる方がいたら嬉しい。”自分と同じく音に苦しんでいる人でもこんなに頑張っているんだ、オレも/私も頑張らなくっちゃ!”と少しでも生きる力を得てもらいたい。

血を吐くほど無茶して学振DC1の内定を得たのも、留学先に身の丈に合わないオックスフォード大学を選んだのも、全ては全国の音に苦しむ同志たちの励みになればいいなと思ったから。決して自分のためではない。人のため、同志のために頑張らなくてはならない理由 (わけ)があるんだ。ミソフォニアの人間が行ける最高到達点をお見せする。そこから見える景色も届ける。「そんな景色を自分も見たいな…!」と生きる理由を得てくれる人がいると信じて。

最後に

当ブログを設立した理念や哲学については以上です。このサイトが日本の未来を少しでも良くすることを願い、これからも書ける限りひたすら記事を書き続けていこうと思っています。

かめ

本記事は羽田空港第三ターミナルの展望デッキで記しました。今から数時間後に飛行機に乗って英国・オックスフォード大学へ半年間留学して来ます

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