コケコッコー!!!

人類は700万年前に誕生した。魚からぽにょへの覚醒を経て、猿人→原人→旧人→新人→社会人と、リクナビネクストを使って順調にキャリアアップしていった。
先祖は家族を形成した。暖をとるために、あるいは心の温もりを求めて。竪穴式住居のなかで愛を育み、共有結合の果てに ばぶー を産み出した。ばぶー が ばぶたん になり、バルタン星人になるころ、かつて ばぶー だった子供も家族を作った。
”家族を作る”と申し上げたが、その手法は数えきれぬほどある。神や神父さんや神父さんらしき人の前で永遠の愛を誓う方法。見知らぬ他人を引っ捕まえて「この人は家族だ」と言い張る方法。結婚相談所に駆け込み、相談員へ無理難題をひっかけ、条件スクリーニングしてもらう方法。近年、テクノロジーの隆盛に伴い、 まっちんぐあぷり なるツールも出た。スマホ一台で家族が作れる。ただし、イケメン/美女に限る。
日本には一億人以上の人間がいる。男女比は、おおよそ半分半分。家族を作るのは容易いように思える。I have a man. I have a woman….. Uooo~~~!!! Pen pineapple apple pen. 相手を選びさえしなければいい。誰でもOKなら、即日家族を作れる。カップラーメンは3分で作れる。家族も3分で、といきたいところだが、人間社会は複雑怪奇なので何が有るか分からないし、少々の不確定要因を考慮して 3日 ぐらいはみておこう。
若かりし頃の私もそう思っていた。彼女や妻を得るのは簡単だろうと。現実はそう単純ではなかった。パートナーを得るのは、難しい。
男性は、相手から”セクハラ”と言われるのを警戒し、アプローチをためらうようになった。女性は女性で、自力でお金を稼げるようになったのと、SNSで上流貴族の生活を見て憧れたのか、今まで以上に相手に求める条件を上げた上昇婚を目論むように。令和の恋愛・結婚市場では、上位2割の男性を上位8割の女性が獲得競争している。下位8割の男は、そもそも見向きもしてもらえない。
かくいう私はどうなのか。北大博士課程を一年飛び級して修了した。地元・広島にて、県内No.1のぽんぽこりん企業に勤めている。出勤前に週6でランニングし、ジャンクフードを避け、健康管理に余念がない。家と会社を直行直帰。在宅勤務時は、30分に一度、四股を踏んで鍛えている。趣味は読書と文章執筆。この私の市場価値など、言わなくても判然としている。決まっているじゃないか、人間扱いされない側だ。そういう方面は、致命的にダメだった。
Uターン就職とは、地元に帰って働くこと。地元には実家があり、異臭はないが因習があり、酸いも甘いも入り混じった まだら模様 になっている。
北大時代は年に2~3回しか帰省しなかった。長期休暇と年末年始に顔を出して生存報告していた。札幌から広島まで移動するのは難儀。特級と新幹線で12時間かかる。在来線なら3日かかる。泳げば力尽き、佐渡島に流れつく。Uターン就職して以降、半年でもう10回は帰っている。アパートから実家まで、ほふく前進で3時間。自転車なら30分で着く。実家へ向かう途中、比治山の方から吹きおろす風に季節の匂いが混じり、ああ広島に戻ってきたな、と実感する。
帰省の回数が増えれば、当然そのぶん会話も増える。そして——問題も増える。
二十代後半の独身異常男性が実家に帰るとどうなるか、ご存じだろうか。父からも母からも「結婚はいつだ?」「孫の顔が見たいわぁ」と銃撃される。帰るたびに同じことを言われる。さも”結婚は義務だ” ”結婚するのはたやすいことだ” ”結婚すれば幸せになれる”と言わんばかりの口ぶり。結婚は結構、コケコッコー。いいから少しは休ませてくれ。
何度も言われるので慣れたつもりだったが、実際は、胸の奥がじんわりと重くなる。期待の光は、己を照らすよりも、影を長く伸ばしていく。
もちろん、両親が急かす気持ちも分からなくはない。私は一人っ子で、昔から期待されすぎるほど期待されてきた。
私は一人っ子である。両親と世論のご期待を一身に背負って、ときどきプレッシャーに押しつぶされながら、これまで精進してきた。博士課程から退院してひと息ついて、まだ疲れも抜けきっていないのに、もう次のライフステージの話をするのか。
外側だけは立派になっていったが、内側はまるで成長しなかった。どれだけあがいても、下位八割からは脱出できなかった。心だけ置き去りにして、大人の形だけが先にできあがってしまった。そんな自分が結婚だなんて、高望みにもほどがある。最後の望みで訪れた乗馬クラブにも、私に合う空席はなかった。そこにいたのは、世界線の違う人たちばかりだった。
自分の周りに女の人はいない。マッチングアプリではマッチングすら成立しない。私に結婚だなんて、ハードルが高すぎる。自分にはどうしてもできるとは思えない。そんなに結婚、結婚というなら、相手を連れてきてから話してほしい。父と母はお見合いで結婚したくせに、子供には独力で相手を見つけさせようとしているだなんて、ちゃんちゃらおかしいね。
私の気持ちなどおかまいなく、両親は結婚、結婚、コケコッコーとやかましく鳴き立てる。実家に帰るたびにコケコッコーされては私の神経が持たない。やめてくれないかな。Uターン就職決断を後悔するレベルで神経が参っている。
私が地元に帰ってきて以来、親は幸せそうだが、自分はむしろ不幸になった。今後もコケコッコーが続くようなら、広島から物理的に距離を置く選択肢の検討も加速する。実家に行けば神経は削られる。だからといって、働く場所まで嫌いなわけではない。むしろ好きだ。それに、あれ以上の良好な人間関係は望むべくもない。オフィスの中に居るときは楽しい。実家に行くと辛い。これが本質だ。
コケコッコー連続攻撃に対抗する術を考える。結婚迎撃システム・イージス ブライダルを導入するか。ダメだ、イージスシステムでは飽和攻撃に対抗できない。それなら、誰かに彼女や婚約相手のフリをしてもらって、一緒に実家を突撃するか。これも無理だ。私には肝心の”相手”すら見つけられないのだから。
そうか、結婚免疫をつければいいのだ。結婚と言われてもビクともしない強靭なメンタルを育めばいい。幸い、日本は出版大国。結婚について学べる専門誌がある。未婚なのに婚活に関して大上段からご高説を述べるYouTubeチャンネルもある。いきなり動画は刺激が強い。まずは紙媒体から入る。


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