やはり、宿に泊まるべきだった。アムスの空港で野宿した結果、寝ているか寝ていないか微妙な時間を一時間過ごしただけで全く眠れなかった。身体がガチガチに固まっている。頭痛に吐き気に内蔵痛のハットトリックを食らった。VAR介入の余地すらない、圧倒的無力感を味わった。
成田から13時間半のロングフライト当夜に野宿するからこんなことになる。少々旅費がかさばってもちゃんと宿に泊まった方が良い。幸せはお金で買えないかもしれないが、不幸はお金で回避できる。24時間テレビも愛はカネで買えると毎年全国放送している。そう、お金は出すべき場面で出さなければならない。
最悪な船出に顔をしかめつつ、今日はどこに行こうか考えた。チャッピーに一日プランを組ませたところ、美術館に行くのが**筋がいい**と返ってきた。筋トレマニアのチャッピーの言うことなら間違いないと思い、アムスの美術館入場チケットを予約した。
一日じゅう美術館で過ごすのは難しい。チャッピーに再度筋トレさせたところ、お酒好きはハイネケン・エクスペリエンスに行くのが**筋がいい**とのこと。アムスは世界的ビールメーカー・ハイネケンの誕生地。ハイネケンの工場見学ツアーを毎日やっているらしい。ビールはサッポロクラシック、ウィスキーはニッカ派なんだけれども、ま、細かいことは気にしなくていっかということで、ハイネケンのツアーも予約した。


地べたから起き上がり、歩いて電車駅へ。アムスの電車は地下で空港と接続しており、空港からエスカレーター一本で電車のホームに降り立てる。着陸時の景色といい、電車の接続の良さといい、新千歳空港とよく似ているわ。
怪しげな黄色い券売機を見つけた。クレジットカードを入れたらもう二度と出てこなさそうなオーラを放っている。アムス行きの電車は€7.1で、支払いはクレカのみ受け付けていた。さては、クレカ払いのみと言ってクレカを吸い寄せ、吐き出さない作戦だろう。私にも警戒心というものがある。
念のため他の券売機を見ると、支払いはクレカのみ受け付けているようだった。そうか、私のクレカとはアムスでお別れなのか。今までありがとな、次は闇市で会いましょう。蛮勇を振るってクレカを差し込んだ。難なく決済が完了した。私のクレカが、返ってきた。

オランダも先進国である。途上国のようなあくどい商売はしないらしい。疑い過ぎて申し訳ありません、大変遺憾であります。
エスカレーターでホームに降り、アムステルダム中央駅行きの表示を探した。電車は予定時刻の5分遅れで到着するとのこと。電光掲示板に何やらオランダ語で書いてあるが、ちょっと何が書いてあるか分からなかった。英語と同じアルファベットの言語だとは思えない。文字の並べ方が変わるだけでこんなにチンプンカンプンになるのか。
見て分からなければ、アナウンスも分からない。モゴモゴ何を言っているのか聴きとれなくて、チャッピーに聞かせても「ハッキリ喋ってください」と返してきた。チャッピーに分かんねぇのなら私にも分からんよ。


5分遅れだと思って悠長に構えていたら、3分遅れでやってきた。入線アナウンスも特になくて、横をビューンとすごい勢いで突っ込んできた。怖いじゃないか。5分遅れでスタートするのかと思いきや、扉が閉まるとすぐ出発した。
テキトーな席に腰を下ろす。まだ6時前ということで、車両内の乗客はまばらだった。シートは青ベースの怪しげな色合いで、紫外線殺菌される間際の野菜みたいな気分を味わえた。オランダって、ほんと青が好きだよね。どんだけフェルメールにあやかりたいのか。
乗車した列車は快速タイプだったようで、途中駅をビュンビュンすっ飛ばした。何個か申し訳程度に止まったけれども、通過駅の方が多かった気がする。アムス中央駅も飛ばさないでくれよ。まだ辺りは真っ暗だし、変なところで降ろされたら困るからな。私の心配をよそに、電車は快調に突っ走る。頼む、そろそろ止まってくれ…


祈りが届いたようで、電車が「仕方ないなぁ」とアムス中央駅に停車した。日頃の行いが良くて助かった。善行は積むべきである。未明のアムスは肌寒く、吐息がほんのりと白くなった。日本から持参したアームウォーマーですこし厚着したが、それでもまだ少し寒かった。
駅舎を出て、アムス中央駅を眺めた。茶色を基調とした洋風なデザインは、どこか東京駅を思い出させる。東京駅の方が大きくてモダン、アムスの方が小ぶりでオシャレ。こんなに洒落た建物が駅なのか。ヨーロッパって、なんかすごいな。


駅前大通を歩いてみる。すぐ、運河が見えてきた。川にはボートが停泊していて、人の気配はなかった。夜になったらこのあたりは大賑わいなのだろう。今夜が楽しみだな。
南に進むと、細い路地が分岐していた。テキトーな所でテキトーに進むと、素晴らしいクスリのお店があった。日本でマッシュルームはイタリアンの添え物によく使われるが、アムスでは気持ち良くなるために用いる。もちろん、アムスの使用法の方が正しい。たかが添え物では、マッシュルームの魅力の1割も引き出せていない。日本のシェフは一回アムスへ修行に行くべきである。
私がその嚆矢となるべく、意を決して店のドアをたたいた。残念ながら営業時間外だったようで、今晩の再来店を心に誓った。

それからブラブラ散歩していると、人類の繁殖の歴史を学べる博物館や、拷問について学べるお店があった。どれも営業時間外である。絶対、今晩、観に行くからな。
あたりが明るくなってきた。日の出を拝めないかと思い、明かりがさす駅の裏手に回った。
アムスの道路は特徴的で、車道・自転車道・歩道と分かれている。オランダは、人間より自転車の方が多く、自転車が人々の移動手段として広く普及している。オランダ人は身長が高いので、サドルを限界まで上げて乗っている。両足を伸ばしても地面につかないほど高くしている。そんなに高くしたら危ないだろうに、と老婆の心が熱くなった。
ものすごくどうでもいいのだけれども、北大の学部四年生だったとき、先輩と一緒に すすきの へラーメンを食べに行った。店の前に自転車を路チューして入店し、出てきたらタイヤが裂かれていた。タイヤだけなら良いが、サドルまで取られていた。サドルなんか取ってどうすんだよ。ブロッコリーでも差しとけってか。以来、自転車恐怖症をこじらせ、大学院博士課程修了まで徒歩生活を営んだ。


駅の裏手には川があり、盛んにフェリーが行き交っていた。水平線が見られるのではと期待し、川べりに近づくと、ちょうど太陽が水平線から顔をのぞかせた。
アムスの日の出は、目を焼くような眩しさだった。鮮烈な朝日が顔を照らし、頬がほんのり熱くなった。さっきまで寒さでかじかんでいたのに、むしろ暑くて額から汗がにじんだ。
太陽はゆらゆら揺れながら高度を増し、雲に包み隠された。日の出はほんの5分ほどだった。


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