ビールといえばサッポロクラシックだった私だが、ハイネケン工場見学ツアーでハイネケン党に鞍替えした。あんなにスッキリ飲めて気持ち良くなれるなんて魔法みたいじゃないか。空港野宿で寝不足なはずなのに、目は爛々と輝いていた。
スーパーで買った500mL缶を開け、飲みながら運河横を散策した。今なら何でもできる気がする。アムスから泳いで東京湾まで戻り、荒川を遡上してアパートまで戻れる予感がした。
マジでやってやろうかと思い、靴を脱ごうとした。酔っぱらってフラフラして、泳ぐどころではなかった。いま出発すると、北海からドーバー海峡を抜けたあたりで力尽きる可能性がある。北大で武士道をたたき込まれた身として、これほど屈辱的な結末はあるまい。せめてホルムズ海峡までは到達したいので、酔いがさめてから泳ごうと決めた。

一日目はアムステルダム空港で野宿した。ベンチで寝転ぶつもりでいたところ、手すりにブロックされて寝転べなかった。仕方なく床に寝そべっていたら、警備のおっちゃんに何度か起こされまともに眠れなかった。正味、一時間しか寝られなかった。転職記念で楽しく過ごすはずの海外旅行はファンタスティックな滑り出しとなった。
さすがに二日連続の野宿は厳しい。若くて元気で愛と希望と勇気に満ち溢れた20歳前後ならやっただろうが、年老いて社会の荒波に呑まれて現実を知った28歳の私には難しい。そこで、二日目はホステルに泊まった。
泊ったのはGenerator Amsterdam。Agodaで探したら★9だった。一泊あたり1万円とやや高いが、他のホステルはもっと高いか、安くても危なそうだった。海外には日本国内では考えられない魑魅魍魎がうごめいている。モノを盗んで平気でいるヤツもいれば、ひどい宿はシーツをめくると南京虫がいる。宿泊代をケチると酷い結末が待っているため、吝嗇世界ランク555555位の私も仕方なく高い宿代を払った。
スマホで地図を見てホステル前まで来た。玄関でチャイムを鳴らせば開けてもらえるそうなので、スイッチをダブルクリックした。中でピンポーンと音がして、誰も迎えに来てくれなかった。今日から同じ宿に泊まる同世代の外国人が来て、「来ないね」とつぶやいた。「もう一回押してみようか」「うん」「やっぱ来ないね」中から宿泊人が出てきて、空いた扉にふたりで滑り込んだ。

さすが一泊一万円も出した甲斐があって、清潔な寝床をあてがってもらった。シーツは洗濯したての匂いがして気持ち良く、枕も布団も20代Eカップのおっは〇いぐらい柔らかかった。顔をうずめると天国である。ああ、落ち着く。気持ちがいい。
出国以来、初めて靴ひもを解いた。靴下を脱いだらファンシーな臭いがした。部屋は6人部屋で、まだ誰もいなかったので、シャワーで身体を洗った。
ちゃんと服を着て出て、綺麗になった身体でベッドへ横になった。もう本当に気持ちがいい。重力に苦しんでいた背骨もお〇ぱいも大喜びだった。歩き回って疲れたよ。アラサーおじさんはもう動けません。このまま身体の重みで布団に沈んで布団になりたいです。おっは〇いになりたい。

せっかく海外に行っておいて、寝そべってばかりいるのも興ざめである。それに、時刻は17時を回り、若干お腹がすいてきた。老体にムチ打ってSMプレーのSじゃない方を制圧し、夕食を求めて外に向かった。
宿のすぐ前には森が広がっている。日本と同じような広葉樹があたり一面に植えられていた。木の下では市民が思い思いに安らいでいて、もの静かに本を読んでいる人や、スマホ片手に奇怪なダンスを踊る若年女性もいれば、楽しそうにピクニックしているカップルもいた。
雰囲気が北大の中央ローンと実によく似ている。学生時代は、北大の芝生で海外文学片手に寝落ちするまで本を読んだっけな。芝生と陽光があまりに心地よくて、毎回数ページしか読めなかった。これなら家で本を読んだ方がいい。寝に行っているだけじゃないか。カラマーゾフの兄弟を片手に、リュックを枕に居眠りする限界理系博士大学院生の姿はさぞおぞましかっただろう。ご迷惑をおかけしました。

北欧の信号は押しボタン式。スウェーデンの国際学会に行ったときも同じスタイルだった。渡りたければボタンを押しなさいと、こういう所から意志の強さを求められる。黙って突っ立っていても待ってりゃ青になる日本とは大違いである。北欧が厳しいのか、日本がやさしいのか。
歩行者信号が青になっても忙しい。青の時間が短くて、早歩きでなんとか間に合うレベルである。悠長に鼻くそをほじっていたら、道路の真ん中で赤になり、車から「ブー!!(はよ渡らんかい!!)」と猛烈なクラクションを浴びせられる。しかも横断中に信号までカチカチ鳴って歩行者を急き立ててくる。しんどいって。
一応、オランダ人ドライバーは信号を順守するようである。赤になりそうなとき突っ込んでくる人はおらず、どれだけ急ブレーキをかけてでも止まろうとする。逆に歩行者はゆるゆるである。隙あらば信号無視して渡る。警察まで無視してサッと渡る。オランダでは信号の概念が日本と違うのかもしれない。

17時半を過ぎても市内は明るい。太陽の角度と時計を見なければ「昼です」と言われても信じる。正午のNHKニュースが流れてきてもおかしくないほど明るかった。
ヨーロッパは、10月から日の出る時間が急に短くなる。12月なんて16時にはもう薄暗くなっているのだそう。9月は気温と日照時間のバランスが一番良い時期で、人々が最も活力高く過ごせる時期といえる。
さて、今晩は何を食べてやろうか。どのクスリを吸い、どこのお店でキャッキャウフフを楽しもうか。


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