朝からチャッピーに言われるがまま、山の上まで歩いてバルセロナを眺めた。朝日に照らされた茶褐色の街が、朝霧に覆われた海を背景に浮き上がっているようにも見えた。
これほどまでに素晴らしい景色を、人生で初めて眺めた。目を閉じても細部まで克明に思い出せるほど印象に残った。これから先、死ぬまで忘れることは無いだろう。
あまりの絶景に目尻が下がり、口元の締りまで緩くなった。そのため、胸元がよだれまみれになり、収拾がつかなくなった。山頂で風に当たりながら乾燥させようと思ったけれども、よだれのせいで足止めされるのもなんか悔しいので、下山する過程で自然に乾かす作戦に切り替えた。バルセロナは港町だが湿度は低め。よだれ乾燥にもってこいの街である。

海の方向へ一時間歩いた。おかげで服がサラサラになった、ありがとうございます。街中にあった水道の蛇口で頭を洗い、寝癖を直しつつ額の汗も洗い流した。たいして拭きもしなかったのに、ものの30分で乾いた。さぁ、いよいよサグラダ・ファミリアだ。
大学受験に合格した4日後、大学から入学案内書類が届いた。その中に第二外国語選択の案内が入っていて、6つある履修候補を希望順に書いて送ってくれとあった。韓国語・中国語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・ロシア語について、本屋で調べてみたところ、スペイン語が最も相性が良さそうだった。発音にせよ、文法の使い分けやすさにせよ、スペイン語が一番マシだと感じた。ホンマは二外なんて受けたくもなかったけれども、強いてひとつ選ぶならスペイン語だった。
家に帰ったあと、スペインってどんな国なのか調べてみた。フラメンコや闘牛のある情熱的な国で、パエリアに命を懸けているらしい。それに、何やらとんでもない建物があるようだ。百年以上も前から建設していて、未だに建て終わらないのだと。それって建築方法に問題があるのでは? 素朴な疑問が首をもたげたが、あえて口には出さぬことにして、そうかそうか、そんなに壮大な建物を作りたいんだな、スペインってロマンがあるなと前向きにとらえた。
スペインにすっかり魅せられた私は、スペイン語を第一希望として提出した。幸運にも希望が通って、スペイン語履修生として大学進学した。尖塔の街へ行ける日を夢見て、オールウェイズ何かにキレている講師の講義に耐えて単位をもぎ取ったのだ。
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バルセロナの街は建物でぎゅうぎゅう詰め。上を見上げると、視界を近くの建物がふさいで空しか見えない。だから、サグラダ・ファミリアを見たければ、サグラダ・ファミリアの根元に行く必要があるのだ。
チャッピーに「こっからサグラダまで歩いてどれぐらい?」と尋ねたら「すぐそこです!」と返ってきた。定量的に言ってくれと頼むと「東に200mです」と言った。そんなに近いのか。それにしては、サグラダの気配を感じない。世界的な観光地って、その何百メートルか手前から雰囲気が賑やかになるでしょ。ここはただの住宅街って感じで、200m先に何かあるとは到底思えなかった。



交差点を抜けると、左手前方にいきなりサグラダ・ファミリアが現れた。あまりに突然だったので驚く用意が間に合わず、え、、、、、と呆然とした。目の前に何か凄いものがあるのは分かる。あまりに凄すぎて、脳の情報処理領域がオーバーヒートして放心状態となった。人間って、本当にすごいものを見たら、言葉が出なくなっちゃうんだな。
3秒遅れて気持ちが追いついた。「うわぁ……」と言葉が漏れた。夢の国からいま出てきたみたいな完璧な造形。天を突くように伸びる尖塔には、無数の小さな穴が開いていた。何だかトウモロコシに見えてきた。そんなことを言っちゃだめだ、これはサグラダ・ファミリアなのだ。てっぺんには星や十字架が載せられ、足元では石の柱が複雑に入り組んでいる。凝ったトウモロコシだなぁ。
角を曲がると、印象がガラリと変わった。四本の塔が整然と並び、その下には白い骨組みのような屋根が突き出している。さっきまでの曲線だらけの外観から一転して、こちらは直線的で厳かな雰囲気。へぇ、面白い。同じ建物なのに、見る方向によってこんなにも印象が変わるんだ。
さらに歩いていくと、今度は壁一面を埋め尽くす彫刻群が現れた。石の中から人物が浮かび上がり、その周囲を植物みたいな装飾が取り囲む。ネットで調べてみると”生誕のファサード”というらしい。キリストの誕生にまつわる場面が表現されているそうだ。なるほど、言われてみれば聖書の挿絵にも見える。ココに来る前に聖書を勉強しておけばよかったな。
建物をぐるりと眺めているうちに、予約していた入場時間が近づいてきた。そろそろ中へ入ろうかしら。
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果たしてこれは現世なのだろうか、あの世なのだろうか。今まで見たことないぞ、こんな景色。どこまでが虚構なのか。こんなに美しい場所があっていいのか。さっきはトウモロコシとか言ってマジでごめんなさい、ガウディさん。
はるか向こうに祭壇があって、両脇には大木のように太い石柱が何本も立ち並び、天井を支えていた。柱の色は場所によって異なり、灰色のものもあれば赤茶色のものもある。どれも見上げきれないほど高い。こんなに大きな石を、いったいどうやって上まで運んだのだろうか。
天井には星形の模様が描かれていた。中心から放射状に広がる幾何学模様が、隣の模様と複雑に組み合わさっている。万華鏡をじーっと覗き込んでいるような感覚になった。



側面の窓にはステンドグラスがはめられていて、青や緑の壁もあれば、暖色系に統一されたところもあった。いずれにせよ、キラキラ眩いばかりに輝いている。差し込んだ陽光が石壁を淡く染め、内部に鮮やかな色彩を生み出していた。これなら晴れた日と曇った日とで、建物の印象が随分変わりそうだ。朝と夕方にも来てみたいな。
窓の装飾を眺めているうちに、ふと正面の祭壇へ目が向いた。十字架にかけられたキリスト像が、巨大な空間の奥にぽつんと浮かび上がっている。そういえばここは教会だった。あまりに建物が素敵だから、つい忘れるところだった。神さま、失礼しました。ちょっとだけお祈りさせていただきますね。今年の有馬記念こそ3連単が当たりますように。


地下にはサグラダの歴史博物館があった。帽子をかぶったガウディさんがお出迎えしてくれた。はじめまして。ガウディ曰く、「良い仕事をするには、まず愛情が必要で、技術はそのあと」らしい。やはり愛が大事なんですよね。時代は愛ですよ。皆さん、AIですよ、AI。
奥にはサグラダの年表があった。着工は1882年で、翌年にガウが設計を引き継ぎ、1926年に亡くなるまで建設に携わった。その後も工事は続けられたものの、スペイン内戦では設計資料が破壊されて大混乱に陥ったらしい。博士論文の提出間際に原稿データが消えた学生みたいな感じだろうか。
普通、データが消えたら諦めるよ。私なら泣きながらビールを飲んで、ウィスキーも飲んで、ぐでんぐでんに酔っぱらってラーメンでも食べに行くわ。しかし、彼らは諦めなかった。志を受け継いだ人々が、何世代にもわたって建設を続けてきた。ひとりの人間が思い描いた夢が、その人の死後もこの世で生きているだなんて、ロマンチックにもほどがある。
日本の明治15年に始まった工事が、令和8年の今年、ひと区切りつこうとしている。今年でついに主要な塔の建設が終わるらしい。ガウディさんも天国で喜んでいるんじゃないかな。いや、進捗にイライラしてんのかな。意外とせっかちかもしれないし。ガウディさん、そんなに急かさないであげてください、皆さん一生懸命働いていますから。



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