故郷の磁力

大学受験浪人を終え北大生になったとき、最初の一ヶ月は実に寂しかった。なんせ、住み慣れた故郷の広島を離れ、知り合いゼロの北海道に移ったのだ。果たしてオレはやっていけるのかと不安だった。心配を募らせてはいたものの、マイペースなのは相変わらず。一ヶ月間ボーッと過ごした結果、部活にもサークルにも入りそびれてソロ学生生活が確定した。
札幌に進学してまずやったのは、広島人としての矜持を守ることだった。日常会話で積極的に広島弁を用いたり、広島に関する書籍を乱読して知識を深めたりした。私には広島の赤い血が流れている。血液の主成分はおたふくソースである。関西風お好み焼きなど小麦爆弾であり、もはや芋煮と称していただきたい。広島から遠く離れた土地で故郷を常に意識していた。
札幌の住み心地は最高だった。アパートからほふく前進30分の至近距離に研究室があり、そこでは読みたい論文を無限に読め、先生だって過労死ライン寸前まで使い放題だった。ありがとうございます。研究室へ行く前には、趣味のランニングで汗を流した。ぶっちゃけ、研究より陸上競技に力を入れていた。
札幌で学部から博士課程まで過ごし、住めば住むほどますます札幌を好きになった。痛い思いを数多く味わい、苦しい時間も長かったけれども、全部ひっくるめて糧になる素晴らしい時間を過ごせた。
身も心も札幌に染まった私だが、故郷から感じる磁力は強烈だった。広島に帰りたいと考え、博士修了後にUターン就職を決断した。北国で八度の冬を越してもなお、眼裏には瀬戸内の陽だまりが残っていたのだ。
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今年の9月、広島から東京に引っ越した。博士課程を出てUターン就職したものの、会社の事業内容や将来性に疑念が生じ、動くなら早い方がいいと思ってジョブチェンジした。
転職してから一か月が経った。前の会社で抱いていた不満が解消され、実に晴れ晴れとした気分である。一社目なんか、初日から辞めたかったもんな。入社式の最中から”なんか違うなぁ”と首をかしげていた。一社目に比べれば、二社目は天国である。天国どころか、もはや高天原である。瓊瓊杵尊と高千穂山頂へ天孫降臨したいぐらいだ。
関東転職してから、ひとつだけ新たな問題が生じた。なんか無性に広島が恋しいのだ。ふとした瞬間に広島の情景が脳裏をよぎり、「あっちの方がいいよなぁ…」とぼやいている。
東京は広島の何倍も大きい。街の至る所に交通網が張り巡らされ、広島なんかよりずっと便利である。しかし、どこもかしこも人だらけで、人があまりに多くて酔う。電車に乗るたび、ウィスキーのショットを飲んだ後のようなフラフラ感を味わう。ちなみにウィスキーはニッカ一択ですからね。広島の戸河内も好きなんですが、こればっかりはニッカの圧勝です。
大宮あたりならまだマシかな、と期待して足を伸ばせど、混雑度合いはどこも似たようなもの。広島も札幌も人口100万人以上の大都市だが、両都市は面積も相応に大きいため、ここまで混雑するのは稀だった。人に押しつぶされる毎日に、もみじ饅頭のプレス工程を重ね合わせては嘆息する。
会社での仕事内容も待遇も、生活の利便性も、東京の方が明らかに優れている。ただ一点、広島の外に居るのが生活満足度向上を妨げるボトルネックとなっていた。
そこで、閃いた。


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