昨日訪れたビーチの解放感が忘れられず、また味わいたくて浜辺に向かった。ホステルからビーチへは歩けば10分で、ほふく前進なら30分で着く超至近距離である。これはもうビーチに行ってくださいと言われているようなものだし、行くしかなかろう。
冷凍ピザの塩気がまだ口の中に残っている。水を飲んでもヨーグルトで共洗いしてもまだしょっぱい。どころか若干ヒリヒリしてきた。喉の奥がイガイガする。なんか変なモノでも入っていたんじゃないか。でももう食べちゃったし、どうしようもないわと、半ば諦観が混じった気分だった。
食べ残したピザを、野性のハト二羽に託した。口をつけたからには残さず食べろよ? ひとかけらでも残したら罰金払ってもらうからな。ハトたちへカタルーニャ語で入念に伝えて、ビーチの方面に歩いた。砂浜の場所は、地図を見ずとも分かった。海のにおいのする方へ行けばいい。

19時台から20時台に移ろうとしているところだった。まだ空は明るく夕方のような雰囲気で、眠気はほとんど感じなかった。浜辺ではまだ大勢の人が遊んでいて、ビーチバレーしたり浅瀬で泳いだりと、皆が思い思いに過ごしていた。
ビーチの横にある芝生に腰を下ろし、海とビーチ客をボーっと眺めた。海から吹く風が心地よく、身体の隅々まで力を抜いて寛げるほどのリラックス効果があった。気温が下がってきたおかげで、半袖・長ズボンの服装がちょうど良くなってきた。
そういえば、海で遊んだことが、人生を通して一度も無いかもしれない。中学二年のカッター研修でクラスの何十人かと一緒にボートを漕いだことはあるが、他に海で作った思い出をパッと思い浮かべられない。
記憶をたどっていくと、ひとつ見つかった。
高二のとき、当時付き合っていたひとつ年下の彼女と宮島の花火大会に行った。付き合い始めて2週間でデートに出かけ、そこで初めて手をつないだ。女の子の手ってこんなに柔らかいのか、と驚いた。マメだらけの私の手で彼女を傷つけないか心配で、おっかなびっくり遠慮がちに手をつないだのを覚えている。彼女とは花火大会以外にも、カープの試合観戦や映画デートにも付き合ってもらった。ありがとうございます。
私にとって海は花火で、花火には初恋の記憶が絡みついている。もう10年以上も前のことだから、思い出すのもいい加減やめにしたいのだが、潮風の香りをかいだ途端に10代の出来事がよみがえってくる。どうしようもない。


地中海の夕焼けを眺めていると、飛行機が何機も視界を横切った。向かって右側にバルセロナ空港があり、ひっきりなしに離着陸しているのだ。飛行機をさばいてもさばいてもまたやってきて、航空管制官もさぞウンザリしているだろう。
空の橙色が薄くなっていく。オレンジが白へ、そして灰色へと変わる。シームレスな色彩の変化に、時間が経つのを忘れるほど見入っていた。どういうわけか、時はゆるやかに流れ、一瞬一瞬をやわらかく呑み込んでいった。芝生についていた手からアリが一匹、肩までよじ登ってきて、一緒に夕日を眺めていた。
バルセロナのビーチでは、まだたくさんの人が賑やかに遊んでいる。男女でイチャイチャ過ごすカップルも徐々に増えてきた。複数人で遊ぶ人が99%で、私のようなソロプレイヤーは数人いるか・いないかだった。こういう所に来ると、独り身で過ごす寂しさを味わう。日本なら一人でヘッチャラなのに、海外に居ると「家族っていいな」とか「友達や恋人みたいに、一緒に過ごせる人が居るって羨ましいな」と思う。

幼少期にDVを、思春期に学校でいじめを受けていた影響で、人間を信じられない性格になった。人間とは裏切る生き物で、いつ如何なる時でも隙を突いて襲ってくる存在だとみなしてしまう。人と関わるのが怖くて、一人で過ごしてきた。誰ともつながれない寂しさより、ひとりで居られる安心感の方が大きかったのだ。絆と書いて”しがらみ”と読み、安寧を崩す地雷のようなものとみなして敬遠してきた。
彼女ができても事情は同じだった。確かに付き合えて嬉しいし楽しいけれど、いつ他の人に乗り換えられるか分からない以上、相手にありったけの愛情を注いだ挙句フラれるのが怖くてソワソワしていた。こういう自分だから、当然彼女とは長続きせず、付き合ってから5か月目に別れた。
大学生になって、新しく彼女ができた。傷ついたっていいじゃないかと開き直って付き合うと、私が心を開くにつれ、ふたりの関係は深化していった。月日の移ろいとともに、人間関係の温かさのようなものまで感じられはじめた。信頼できる相手と一緒に居られるというのは、これほどまでに心強いものか。彼女と一緒なら何だってできそうな気がした。彼女にはフラれてしまったが、貴重な学びを与えてくれて、本当に感謝している。
以来、幾多の荒波を乗り越えてきた。喘息を乗り越えてマラソン2時間42分を記録した。喀血を克服して博士課程の一年飛び級修了を成し遂げた。就職した会社に不満があったから、力技で転職してステップアップした。不器用ながら突っ走ってきたが、描いてきた人生の軌跡には自分なりに納得している。
いま28歳で、12月には29歳になる。自分ひとりで生き抜く術はもう習得したと思う。これからは、誰かを信じて、誰かと一緒に生きる喜びも味わってみたい。いつか大切な人と肩を並べて、こんな夕焼けを眺められたらいいな。そうだよな、アリさん。
おらんやんけ。


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