「論文執筆が辛すぎる」
「どんだけしんどいんだコレ…」
分かります。首がちぎれるほどうなずきたくなる。
北大の博士課程を早期修了した化学系企業研究者かめです。博士課程在籍中、査読付き英語筆頭論文を五報記しました。
一番最初に英語論文を書いたのはB4の12月。あの時の苦しみの壮絶さは、脳裏にこびりついて離れません。いま学術論文を初めて執筆している方は、このあまりの過酷さに驚いているのではないでしょうか。こんなの聞いていない。知っていたら記そうとは思わなかった!騙された、誰か助けてくれと。
実のところ、論文執筆中の苦しみは克服できます。この記事では、論文作成時に伴う産みの苦しみを乗り越える方法を解説しましょう。
かめそれでは早速始めます!
産みの苦しみを乗り越える方法は2つある


あの独特な苦しみを克服する方法は2つあります。
- 経験値の蓄積
- マインドセットの切り替え
論文執筆経験がたまると、論文をスラスラ書けるようになります。
辛いものは辛い。しかし、辛さの総量が許容範囲を超える前に書き終えてしまうのであまり辛さを感じません。執筆経験の増大に伴い、許容範囲自体も広がっていくでしょう。だんだん早く書き終えられるようになり、我慢できるストレス量の閾値も徐々に上がってくるのです。
指導教員曰く、論文を二十年間書き続けても、未だにすこし辛いみたいです。しかし、辛さは年々和らいできていて、今が一番辛くないのだそう。我々もひたむきに論文を書いていって、いつか楽に記せるようになる日が訪れるのを待つしかありませんね。
もう一つの方法は、考え方を切り替えてみること。
いくら論文執筆経験を積むにつれて楽に記せるようになるとはいえ、辛いのは「いま、この瞬間」。現在進行形で感じている辛さをどうにかしたくてこの記事をご覧になっているのですものね。
そこで次の章では、論文執筆時に不可欠なマインドセットをお届けします。コレを知れば今までの辛さがまるで嘘のように引いていって、たちまち楽になってくるでしょう。
【誤解】論文執筆は”ゼロからイチ”ではない


皆さん、たぶん誤解していると思います。論文執筆はゼロからイチを産み出す(ゼロイチ)ものだ、と。周囲からもこのように言われてきたでしょう。論文執筆は、無から有を産み出す営み。だから辛いのだ、辛くて当たり前なのだと。
少し考えてみて下さい。もしも論文執筆がゼロイチだったら、引用文献など要らないのではないでしょうか。地球開闢以来、誰も唱えたことのない説を唱えるにあたって、引用すべき論文も参考になる専門書も存在しないはずだからです。しかし、実際の論文には参考文献が何十個もついています。それは、一つ一つの論文が過去の知見の延長線上にある何よりの証です。
たとえどのように真新しい説を提唱するにも参考文献が欠かせません。先人たちの英知を寄せ集め、それに自分なりの付加価値を与えたものが学術論文なのです。
論文はゼロイチなんかじゃありません。自分の手元へ無数の0.01(先行文献)をかき集め、集積物へ自ら0.01(オリジナリティー)のスパイスを振りかけて1にする営みです。巨人の肩に乗らせていただくことで論文を形にできるのですから。
誤解が解けましたか? 見通しが少し良くなってきたはずです。
【体験談】執筆よりもリジェクトの方が何倍も辛い


論文を書くより遥かに辛いイベントがあります。それは、論文がリジェクトされてしまうこと。
一生懸命書いた論文には己の魂がこもっています。もはや自分とは一心同体。一つ一つの論文は、ハリー・ポッターでいえば「分霊箱」と申し上げても過言ではないでしょう。そんな大切な論文が掲載拒否に遭ったならば、論文だけでなく自分のことまで否定された気になるでしょう。泣きたくなりますよ。論文執筆の比にならないほど辛いです。
私自身、同じ論文をM2では三回連続で、D1では四回連続でリジェクトになった経験があります。精神はズタボロ。泣く気力もありません。衝動的に大学院を辞めたくなりました。なんでこんな辛い思いをせなアカンのでしょう。ていうか、四回連続リジェクトって、どんだけ悲惨なんだって。
皆さんは、私のようにリジェクトされてしまわぬよう、価値のある、しっかりとした論文を書き上げて下さい。また、投稿先を間違えないように。投稿先には身の丈に合ったジャーナルを選ぶことをオススメします。

















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