北大博士課程を修了後、メーカーの開発部門で働いています。開発部門といっても業務は多岐にわたりますが、私の場合は、技術開発と量産開発の両領域を担当しています。
そんな自分は、社内の技術研究所(技研)の方々と頻繁にやり取りします。実験を依頼したり、技術的なことで相談を持ち掛けたり。彼らは研究職。私は開発職。同じ会社の同じ理系人材でありながら、働き方があまりにも違いすぎて、最初は本当に戸惑いました。
はじめて17時過ぎに技研の建物を訪ねたとき、フロアに誰もいなくて驚きました。皆、もう帰ってしまわれたのです。私の部署では、17時など、ようやく午後の部がスタートするくらいの時間感覚なのに。今日は祝日だっけと本気で考えました。普通の平日だったんですけどね。
本記事では、開発部門の人間として研究職の方々と関わる中で感じた違いを率直に綴っていきます。これから就職活動を控えている学生さん、あるいは転職を考えている社会人の方にとって、少しでも参考になれば幸いです。
仕事の自由度と裁量
研究職と開発職の違いを語るうえで、避けて通れないのが裁量権(仕事の自由度)の話。
技研の人と話していて驚くのは、彼らの仕事の進め方が圧倒的に自由だということ。こういうアプローチを試してみたいんですけどと上司に相談すると、よほど的外れな提案でない限り、「いいんじゃない、やってみれば」と返ってくるらしいのです。”やってみれば”だなんて、羨ましい。なんと甘美な言葉でしょうか。
研究職には明確な納期がないことが多く、失敗が許容される空気があります。そもそも研究とは、失敗を重ねながら知見を蓄積していく営みなので、ある程度の遠回りは上司も織り込み済みなのです。そのため、自分の頭で考えて試行錯誤する余地が大きくなります。
技研では、成果が出れば技術報告書や特許出願につながり、運が良ければ学会発表の機会もあるでしょう。企業によっては学術論文の出版まで視野に入るかもしれません。博士課程を修了した身としては、大学の研究室と変わらない生活ができて羨ましいなと感じます。
翻って開発職はどうか。端的に言うと、裁量はかなり小さいです。何をいつまでにやるかは上から降ってきて、どうやるかについても、周りと連携を取ったり細かく承認を取ったりする必要がある。
なぜか。納期があるからです。
開発部門は量産化開始までに仕事を終わらせなければなりません。量産を始める日は数年前から決まっていて、営業が顧客に約束していて、工場のラインも生産技術部が押さえてある。よって、納期は開発部門の都合で動かせるような代物ではないのです。
開発部隊に求められるのは、思考能力ではなく処理能力。これは自虐でもなんでもなく、構造的にそうならざるを得ません。与えられたタスクを、決められた手順で、期日までに完遂することが求められるのです。開発部門とは、処理能力の高い人間が優秀とされる世界。じっくり物事を突き詰めていく研究の世界とは正反対と言っても良いでしょう。
もちろん、開発業務の中で工夫の余地がゼロというわけではありません。納期に向けてショートカットする方法を探すことは良くあります。でも、「やってみれば?」の精神で試行錯誤できる研究職と比べてみたとき、時間の面でも手段の面でも自由度の差は歴然としています。
求められるスキルと職場環境
開発職の仕事は、自分の部署だけでは完結しません。設計、生産技術、品質管理、購買、製造現場などと連携を取りながら量産化を目指します。ここで重要になるのが、専門外の人にも分かるように説明する力ではないでしょうか。
私は電気化学が専門です。博士課程では、次世代型二次電池の電解液中物質輸送現象と金属電析の相関性について研究してきました。いまの仕事も専門性をフルに活かして働いています。
開発の仕事をしていると、現場の方とやり取りすることがあります。ここで、私が「リチウムイオンの脱溶媒和過程が律速になっていて~」と説明しても、相手は「お前、何言うてんねん」と怪訝な顔をするだけです。当たり前です。彼らは電気化学の専門家ではありません。会社は大学ではありませんし、大学レベルの専門性を振り回しても迷惑になるだけです。
異なる職種や部署の方々に意図を伝えるには、とにかく噛み砕くこと。図を描いたり、比喩を使ったりして、相手の知識レベルに合わせて伝わる言葉を選びます。相手に伝える力がないと、開発職は務まりません。逆に言えば、開発職で数年働けば、このスキルは自ずと身につくでしょう。いや、身につかざるを得ない。
一方で、技研のような研究部署では、周囲の人間も自分と同じような専門知識を持っています。技研の方と打ち合わせしていると、ミーティング中に専門用語がポンポン飛び交いますね。私は専門ドンピシャの仕事なのでどうにか議論についていけていますが、もし他部署の人がこの会話を聞いたら、たぶん何を言っているか分からないはず。
もちろん。専門家同士が専門用語で会話するのは自然なことです。イチイチ噛みくだいて説明するのも面倒くさいですからね。問題は、専門性を前提とした環境に慣れきってしまったら、相手に伝える力が育ちにくいということ。技研の人が他部署に異動になったとき、技研トークしかできなければ苦労するかもしれません。相手に専門性を求めない、何も知らない前提でお話しする姿勢が大切になってくるでしょう。
会議の頻度と資料作成
業務の進捗確認や報告に関する文化も、研究職と開発職では大きく異なるようです。
開発職の日常を一言で表すなら、会議、会議、会議です。朝イチの進捗確認会議から始まり、午前中に課題共有の打ち合わせ、昼休みを挟んで午後は他部署との調整会議、夕方には上司への報告会議。気づけば会議で一日が終わっている。私が属しているのは会議部署なのでしょうか。「あれ、今日、何をやったっけ」と、自問自答を週に3回くらいしています。
私のような新入社員でも会議の頻度は高いです。毎日少なくとも二回、計2~3時間は会議が入っています。
聞く側だけならまだ良いのですが、自分が報告する側になることも。当然、報告するためには資料が必要ですよね。パワーポッターになる必要があります。また、資料を作るには時間が必要です。しかし、会議が多すぎて、資料を作る時間がほとんどありません。だから残業して資料を作る。その資料を報告する会議がまた入る。無限ループです。
近年、オンラインツールが普及し、会議がオンラインになりました。出社中に会議へ参加すると、ヘッドセットを一日中つけっぱなしになってしまいます。そんな日は、とにかく耳が痛い。物理的に締め付けられます。イヤーパッドを高級なものに変えたら少しマシになりましたが、今度は音の聴きすぎで耳が痛くなりました。
会議のために会議の準備をして、会議が終わったら次の会議の準備をする。私たちは会議のために生きているのかもしれませんね。モノづくりをしたくて入社したはずが、資料作りに邁進しているだなんて…
技研の方にこうした話をすると、「大変だね」と同情されます。その目には明らかに、自分はそうじゃなくてよかったという安堵が浮かんでいて、こちらが悲しくなってくる。
研究職の会議頻度は、開発職と比べると圧倒的に少ないようです。定例会議はほとんどなく、あっても週に数回程度だそう。あとはプロジェクトの進捗に応じて適宜行われるくらい。今週、会議が3回しかしかなかったなという週も珍しくないそうです。私からすると、本当にちょっと何を言っているのか理解できません。
会議が少ないということは、それだけ本来の業務に時間を割けるということ。実験したり、論文を読んだり、データ解析したり、妄想を拡げたり。考える時間は、技術者にとっても大切です。既存の壁を打ち破るイノベーションの種を探す時間なのです。しかし、開発職には思考の余白が圧倒的に足りていません。考える時間がなく、博士課程と比べても脳に余裕がなくなりました。
残業時間とワークライフバランス
ここまで読んでいただいた方は薄々お気づきかもしれませんが、研究職と開発職の残業時間には大きな差があります。
開発職の月間残業時間は平均30時間程度。繁忙期、量産直前のいわゆる追い込み時期には50時間を超えることもザラにあります。業界によっては、もっと多いですよ。いま流行りの半導体業界、特に製造装置メーカーは、月間80~100時間ものハードな労働を行っているようです。賞与で何十ヶ月分も貰えるぶん、命を削るようなウルトラハードな働き方が求められるのです。
私は月間25時間でヘロヘロですが、よく80時間も残業できるなと感心します。同じ人間とは思えません。でも、人間なんでしょうね。ホント、尊敬します。自分がディスコや東京エレクトロンで働いている姿など、到底思い描けないですもん。
一方、研究職はというと、残業時間は圧倒的に少ないですね。技研の方に聞いてみたところ、月5時間未満がアベレージらしい。中には残業ゼロ時間の方もおられるとか。お願いです、すこし代わってもらえないでしょうか。一か月で構わないので、席を代わってください。
残業時間の差は、私生活の質に直結します。定時で帰れるなら、趣味の時間が取れる。家族との時間が取れる。自己研鑽の時間も取れる。つまり、健康で文化的な人間らしい生活が送れるのです。これって、当たり前のことのようで、実は当たり前ではありません。開発職の自分にとって『定時帰り』は眩しいほどの贅沢です。
技研の先輩に週末は何をしていらっしゃるんですかと尋ねてみました。すると、「ジムに通ってる」とか「資格の勉強をしている」とか、副業でスモールビジネスをやっているとか、色彩豊かな答えが返ってきました。
それに比べ、私の週末は漆黒でモノトーン。平日の疲れを癒すために寝ているか、溜まった家事を片付けているか、あるいは洗濯をしているかの三択です。同じ会社の人間のはずなのに、時間の使い方がまるで違うようです。
まとめ
ここまで、研究職と開発職の違いを4つの観点から比較してきました。改めて整理すると、以下のようになります。
| 観点 | 開発職 | 研究職 |
|---|---|---|
| 裁量・自由度 | 小さい。上司の承認が必須 | 大きい。やってみればが通じる |
| 求められるスキル | 伝える力、調整力 | 専門性。伝える力は育ちにくい |
| 会議の頻度 | 高い。会議のために生きている | 低い。研究に集中できる |
| 残業・WLB | 残業多い。WLBは犠牲になりがち | 残業少ない。人間らしい生活 |
こうして並べてみると、研究職のほうが圧倒的に良い環境に見えるかもしれません。正直に言えば、私もそう思う瞬間があります。会議に追われているときとか、残業が続いているときとか、17時過ぎに技研のフロアが視界に入ったときとか。
しかし、研究職にもデメリットはあります。専門性が高すぎて他の仕事に応用が利かないリスク。コミュニケーション能力が鍛えられにくい環境。異動になったときの適応の難しさ。そして何より、研究がうまくいかなかったときのプレッシャー。成果が出なければ、研究者としての存在意義を問われることになるでしょう。
開発職は、確かに忙しい。ですが、多様な人と関わる中でコミュニケーション能力が磨かれます。プロジェクトを完遂したときの達成感は格別ですし、自分が関わった製品でお客さんを喜ばせられたときの達成感は何物にも代えがたい。地獄のような日々の先に、それなりのやりがいはあるのです。たぶん、たぶんね。
研究職と開発職の違いを並べてみましたが、どちらが良いとは一概には言えません。大切なのは、自分が何を重視するかを明確にすることではないでしょうか。自由度や裁量を重視するなら研究職。多様な人と関わりながらものづくりに携わりたいなら開発職。ワークライフバランス最優先なら研究職。コミュニケーション能力を鍛えたいなら開発職。
もし、この記事をご覧になって「開発職の方がいい!」とお感じになられた方がいらっしゃるようなら、もろ手を挙げて大歓迎いたします。ようこそ、こちら側へ。Teams Meetingでお待ちしています。

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