広島生活春夏秋冬vol.15 一年目・1月編|エビングハウス勤労意欲減衰モデルの実機検証とぺペロンニンニク服用に伴う精神回復曲線の変則的挙動

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年末年始の長期休暇後、労働者の勤労意欲が著しく減退する現象が広く知られている。しかし、当該現象の回復メカニズムについては、未だ十分な検討がなされていない。

本研究では、丙午元年の正月において28歳独身会社員を対象とし、勤労意欲減衰の経時的変化およびニンニク服用介入の効果を追跡調査した。被験者は自身を実験台とし、健康で文化的な生活を営んだ。なお、実験温度は室温である。

休暇最終日にサザエさんシンドロームの典型的症状を呈し、出勤当日には一過性の精神的乖離現象が確認された。介入としてスペイン産ニンニクを夜間投与したところ、翌朝の起床時より顕著な回復傾向を認めた。一方、呼気中のアリシン濃度上昇に伴い、職場における社会的距離の拡大が観測された。

本研究は、ニンニクが労働復帰を促進する一方で、対人関係に深刻な悪影響を及ぼすこと、つまり ぽんぽこりん のトレードオフをもたらすことを示唆している。なお、本稿における『ぽんぽこりん』とは、筆者が広島にて従事する開発業務の通称であり、詳細は機密保持の観点から非開示とする。丙午(ひのえうま)

ピカピカの新品よりも、手垢のついた馴染みあるモノに囲まれている方が落ち着く。書籍も、家電も、布団やスーツも、同じものを大切に大切に、機能が損なわれるまで使い続ける。物持ちはだいぶ良い方だと思う。

電動歯ブラシは、大学に入った九年前から同じものを使っている。途中で何度かもう限界だろうとは思った。毛先などとっくの昔に開いて、今はただのプラスチックの棒で歯茎を擦っている。それでもなかなか捨てられない。口は禍の元という。口臭ケアで防げるトラブルなら喜んで回避させていただく。とはいえ、さすがにそろそろ替えブラシぐらいは買い変えたい。

スーツも、大学入学式のためにと親に買ってもらった濃紺の一張羅をまだ使っている。ランニングのおかげで上半身が痩せ、下半身の筋肉が増えた。おかげで大学入学時と体型がほとんど変わっていない。九年前のものをまだ着ていられる。そろそろジャケットの腰のあたりが、リュックとの摩耗で毛羽立ってきた。もうじき飛べるようになるだろうか。羽化まであと数年。それまで大切に着ようと思う。

B2の冬、ウニクロのダウンジャケットをゲットした。あまりに着心地が良くて、ダウンの空気が抜けてもまだ着用している。フードをかぶればウニえもんになれる。ポケットからはレシートとかティッシュとかいったガラクタが次から次へと出てくる。いつまでもウニえもんのままではダメだと思い、ウニえもん脱却に向けて、ダウンジャケットをもう一着買った。それはそれで気に入っている。とはいえ、やはり、ウニえもんの着心地と安心感には敵わない。

同じものを使い続ける人間にとって、年号が変わるのは、部屋の家具を勝手に動かされるようなものだ。

2025年が終わった。元日の朝、打ち上げられたかのような勢いで初日の出が昇り、新年が幕を開けた。「2025」に慣れきった身として、「2026」と書くのはどうにも落ち着かない。どうか今年も2025でお願いできないか。西暦に”6”があるのが気持ち悪い。4や9はいい。6はお尻がむず痒くてたまらない。

人間はチンパンジーである。とくに正月はチンパンジー度を増して、「今年はビッグマックを100個食べるぞ!」などと高らかに宣言してしまう。悲しいかな、元旦に立てた目標に限って成就しない。テンションがハイな時には誰しも気が大きくなる。ついつい何でもできそうな気になり、己に不相応なハードルを設ける。案の定、順当に撃沈する。

私自身、M2の正月に「今年こそ一人でスターバックスに行けるようになるぞ」と意気込んだ。ぽりぽり・ぷくぷく・ぽんぽこりんフラペチーノを克服し、次は本場アメリカのスタバを攻略するぞと目論んでいた。どうやら生理的に越えられぬ壁だったらしい。スタバに正対するたびに陽キャのオーラに跳ね返されては入れなかった。目標は誕生日に立てた方がいい。冷静に世界を見つめて考えに考え抜いた目標の方が相応しい。

広島の正月は極寒だった。

一日はキンキンに冷え込んだ。冴え返る冬晴れの朝、玲瓏たる空気のもと、7時から10kmスロージョグした。外は冷蔵庫の中よりも寒い。手先があっという間にガリガリくんになった。日差しを浴びて体温を取り戻す。朝日が首筋を撫でると、地面に奪われた熱を太陽からの輻射熱が補填してくれる。地面と太陽が私の体温を奪い合っている。私にもようやくモテ期が訪れたか。

足裏がアスファルトの冷たさを訴えてくる。私の体温は足裏を通じて地面へ、地面から地殻へ、地殻からマントルへと伝わり、やがて地球の核に届いてプレートテクトニクスに貢献する。私のランニングが日本列島を動かしている。年間数センチほどは動かしている自負がある。地殻をちょっと動かしすぎたなと思ったら、少々逆走していい具合に戻しておく。

二日の夜から銀世界になった。最初は粉雪、それから細雪、仕上げに牡丹雪が降り注いだ。外の気温は氷点下。地表に降り立った雪がしんしんと、音もたてず整然と積み上がっていく。

翌朝、ベランダが真っ白になっていた。唐揚げ社宅のタワマン最上階から街を見降ろすと、屋根が曙光に照らされて、まばゆく輝き散らしていた。大学でワイワイ騒いでいる陽キャを見たときと同じ感覚だろうか。この世界の輝度は高すぎる。もっと落ち着いた雰囲気の方がいい。ランニングコースにも雪が積もっていた。これでは走れない。スロージョグを取りやめる。

にしても、寒い。寒すぎて皮膚がアボカドのように激しく逆立ってくる。

あのね、神さま。ふざけるのもいい加減にしていただきたいんですよ。ここは広島だといっているじゃないですか。ぶちあつで常夏で、ファンタスティックな、スターバックス王国なんですって。こっちはですね、店員さんへ『焦がしキャラメル・モカ・フラペチーノ』のホットを頼んでいるんです。なのにどうしてわざわざキンキンに冷えた『ベリー・ヘビー・ウルトラウェット・ぽんぽこりんスプラッシュスノー』を出してくるんですか。

まさかとは思うが、冬将軍が訪れたのか。知らないんですか。あなたね、広島は出禁になっているんですよ。「来たらダメです」と何度言ったら分かるんです? 来るなと言っているのに来るのか。じゃあ、いっそ、もっと来て下さい。年に三十回ぐらい来ても構いません。いやいやいやいや、そんなに来ないでください。冬将軍のあなたには北海道の方がお似合いです。ゲレンデで難コースを直滑降してロマンスの神さまになってください。

・・・・・・・

さて、今年は60年ぶりの丙午(ひのえうま)。丙は火、午は馬。侵略すること火のごとく、動かざること馬のごとし。

馬は一秒たりとも止まっていられない。ヒマを見つけては右往左往している。厩舎の中では寝たり起きたり。放牧時はビュンビュン走り回る。止まれと言ったら怒り出す。人の手を振りほどいて、各々の気が済むまで後ろ脚で飛び跳ねて大暴れ。

小4から高3まで乗馬をしていた。放牧された馬を思い返してみると、まるで私のようだなと思ってしまった。在宅勤務時、20分に一度は立ち上がって四股を踏む。馬と過ごす時間が長すぎて私も馬になってしまったのか。誰が鹿じゃ、ボケ。うそです、ごめんなさい。馬さんも鹿さんもおバカさんも大好きです。

この一年は、望むと望むまいと、世の流れは大きく変わる。2025年以前と2026年以降とでは別世界になると思っておいた方がいい。なんせ、今年の6月にはワールドカップがある。我らが日本代表は四年前にドイツとスペインを破った。今年、またあの興奮を味わえるかも。今度こそメッシやクリロナを倒せるかも。Jリーグもいよいよ秋春制に移行する。普段からサッカー観戦に勤しむ私にとって、このうえなく重要な一年になる。

テクノロジーの進化も見逃せない。AIがどこまで進化するか。どのメーカーが全固体電池を量産するか。核融合実用化にどこまで近づくか。いよいよ量子コンピュータの出番が来るか。

世界が模様替えしていくなか、自分は広島でぽんぽこりんの開発業務に勤しむ。最先端のテクノロジーに手を触れられそうに見えて、指先がかすりもしないこの境遇が歯がゆい。

もともとは世界を変える側に立ちたくて選んだ仕事だった。今は会社が経営危機で、R&D費が削られて満足に仕事を進められず、ショーウィンドウ越しに最先端のテクノロジーをボーッと眺めている。ガラスの向こうで世界が加速しているのが見えるのに”カイゼン”しかさせてもらえず、おまけに靴底が地面に貼りついて動けない。

ショーウィンドウに近づいて、ガラスに額をくっつける。冷たい。おでこから体温が奪われていく。ガラスよ、あなたはいつも私から奪ってばかり。どうしてそんなに熱伝導率が高いのだ。体温を返せ。あと青春も返せ。ついでにビットコインの含み損も何とかしてくれ。どんだけ下がれば気が済むんだよ。ちょっとぐらいは上げて売り時を作ってくれよ。

大学院時代、留学中にオックスフォードで研究していたとき、世界はもっともっと近かった気がする。手を伸ばせば届くところに知の最前線があり、伸ばした手は確かに何かを掴んでいたし、掴んだものを胸に抱えて「自分は今ここにいるのだ」と実感できていた。今は手を伸ばしても空振りする。素振りと空振りの単振動を繰り返している。野球部時代よりバットを振っている気がする。そういえば帰宅部だった気もする。

先月、28歳になり、指の間から砂がサラサラとこぼれ落ちていく。時間が、握っても握っても隙間から逃げていき、足元に小さな山を形成する。そよ風が吹くたび、時は泡沫(うたかた)のようにどこかへ消えていく。砂時計の砂は落ち切ってもひっくり返せばまた使える。しかし、人生の砂はひっくり返せない。焦っている。かなり焦っている。今のままではいけないと思っているが、どうすればいいか分からないとも思っている。

自分の人生を易々と諦められるほど、まだ己の可能性を見捨ててはいない。人類が科学技術でどこまでいけるのか、世界の第一線に立って確かめてみたい。世界を動かすビッグテックの傍観者になるのではなく、ショーウィンドウを叩き割って内側に侵入し、彼らとタイマンを張って勝負できる場が欲しい。

丙午の一年は色々な意味で「挑戦」の一年にしたい。

自分の殻をぶち破る。できない理由よりできる理由を探す。楽観思考とネガティブ・ケイパビリティを養う。「自分には絶対的な力がある」と理屈なしに信じられるようになる。日々、ほんの少しずつでいいから前進する。目標達成へ徹底的にコミットし、意志と意識を一点集中させる。

20代も終盤に差し掛かってきた。20代を思い残すことのないよう、この一年は馬のごとく、最初からトップスピードで駆け抜けていきたい。

新年、明けましておめでとうございます。

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