論文をトランスファーするメリットとデメリット

北大と国研で研究している化学系大学院生かめ (D2) です。研究室に配属されたB4以来、筆頭論文を六報出版してきました。最多連続リジェクト記録は四回。五度目の投稿でアクセプトされた論文も。

インパクトファクター [IF] の高い雑誌へ投稿した際、十中八九リジェクトを食らいます。仮に査読へ回ったとしても、査読の過程でリジェクトを食らう可能性が高いでしょう。リジェクト後、雑誌を出版する学会の方からトランスファー (transfer) のお誘いを受ける場合が。「同じ学会系列の別の雑誌へ投稿し直さないか?」というラブコールです。そこで提案される投稿候補雑誌のIFは初回投稿時のものよりも低め。トランスファーの誘いを受けるか否かは我々投稿者側に委ねられています。

私自身、M2の5月、Cell系列のIF42の学術雑誌へ査読の末リジェクトを食らった際、雑誌会社からIF9程度の雑誌へトランスファーしないかと誘われました。「トランスファーすれば査読無しで、しかも掲載料無しで載せてあげるよ♪」との魅力的な条件付きのオファー。結局、我々のチームは、後述するデメリットを鑑みて誘いをお断りしました。三回連続のリジェクトを乗り越え、IF24の雑誌へのアクセプトを成し遂げたのです。

この記事では、論文をトランスファーするメリットとデメリットを解説していきます。

  • 論文投稿に関する知識を集めたい方
  • トランスファーの誘いを受けたものの、トランスファーするか否か決めかねている方

こうした方々にピッタリな内容なので、ぜひ最後までご覧いただければ幸いです。

かめ

それでは早速始めましょう!

目次

メリット

論文をトランスファーするメリットは以下の三点↓

  • フォーマットを再度整える手間を省ける
  • 少なくともエディターズキックはされない
  • 結果的に早くアクセプトされる

それぞれについて解説します。

フォーマットを整え直す手間を省ける

論文投稿で面倒なのがフォーマット調整。学会や雑誌会社によってテンプレートや文献引用の様式が異なり、投稿先を変える際に諸々の調整で時間を取られてしまいます。写真の拡張子を変えるぐらいで済むのならまだ楽。厄介な場合、別ファイルに分けていたSupplementary Informationを本編中に入れなければならなかったり、『Broader Context』という要旨みたいな文章を長々と書かねばならなかったりします。フォーマット調整には3日から5日必要。調整ミスがないか確認するのにもう1~2日かかるでしょう。別の雑誌へ投稿し直すたびにフォーマット調整の手間を要します。ハッキリ言って超面倒くさい。リジェクトされて失意のもとフォーマット調整するものだからなおさら辛い…

トランスファーの誘いに乗った場合、フォーマットを整え直す手間をかけずに次の投稿へと臨めます。論文がトランスファーされる先は同じ学会の系列雑誌だからです。雑誌の発行元が同じであれば論文のテンプレートも基本的には同じ。リジェクトされたそのままの形で論文を再投稿可能。コレってすごく嬉しいシステムなんですよ。なんせ、フォーマット調整時間がゼロで済みますから。アクセプトに自身の将来がかかっている博士学生や学振DC1申請前のM2には特に有難い。フォーマット調整みたいな厄介な作業をしたくない面倒臭がりな学生さんにもピッタリ。

少なくともエディターズキックはされない

論文がリジェクトされてしまった際、我々の頭をよぎるのは「またリジェクトされたらどうしよう…」という不安。自分の研究を丸ごと否定されたような気がして悲しくなってきますよね。私自身、D1の9月から2月にかけて四回連続でリジェクトを食らいましたが、あの時は本当に呆然とさせられましたね。リジェクトされるたびに胸を長槍でグサッと貫かれたような鋭い痛みに苛まれたのです。言葉にならないほどの無念や悲壮感が胸からこみあげてきました。「自分の研究に価値はあるのだろうか」「本当に博士課程を修了できるのだろうか」と疑心暗鬼に。おかげで論文投稿が怖くなりました。”もしまた次もリジェクトされたらどうしようか”と投稿前から早くもネガティヴモードに。

トランスファーの誘いに乗った場合、我々の論文はほぼ間違いなく査読へ回ります。雑誌編集者によるリジェクト [エディターズキック] を食らうことはほとんどありません。リジェクトされた雑誌をA、トランスファーされた雑誌をBとしましょう。トランスファーとは、雑誌Aの編集者が『この論文の出来ならこれぐらいの雑誌 (雑誌B) に通るだろう』と見込んで誘いをかけてくるのです。もしも雑誌Bすらアクセプトされる見込みがなければ、わざわざトランスファーなど提案してきません。リジェクト濃厚な論文を雑誌会社内でトランスファーしても時間と手間の無駄になるからです。

トランスファーを希望する方は、エディターズキックを気にせず安心して再投稿できます。編集者の壁さえ乗り越えられればアクセプトまでもうあと少しです!

結果的に早くアクセプトされる

トランスファーを選べば、論文のフォーマット調整や編集者による査読の時間がかかりません。別の雑誌へ投稿するなら追加で1~2週間程度かかった時間をほぼゼロに抑えられます。そのことがアクセプトに至るまでの時間が短縮されるでしょう。一刻も早く成果が欲しい学生や若手研究者には有難い制度。私の場合、M1の1月末にIF42の雑誌へ投稿してM2の5月にリジェクト&トランスファーの誘いを受け、三度のリジェクトを挟んでM2の10月にアクセプトされました。もしもあの時トランスファーの誘いへ乗っていれば5か月早くアクセプトに至ったわけです。ひょっとしたら学振DC1の申請に間に合ったかもしれません。DC1に通っていて良かったです。学振に落ちていたら、トランスファーを選ばせてくれなかった指導教員へキレていたことでしょう。

デメリット

論文をトランスファーするデメリットは以下の二点↓

  • もっとIFの高い雑誌にアクセプトされる機会を損失する
  • トランスファーするかしないかで指導教員と揉める可能性がある

それぞれについて解説します。

もっとIFの高い雑誌にアクセプトされる機会を損失する

トランスファーを選ぶということは、初回投稿先よりもランクの低い雑誌での論文出版を目指すということ (進次郎構文笑)。IF40以上のジャーナルに投稿したにもかかわらず、リジェクト&トランスファーされればIF5~10程度の標準的なジャーナルへの投稿を提案されます。仮にIF42の雑誌ではリジェクトでも、IF20の雑誌には載るかもしれません。IF20が無理ならIF15に、それが無理でもIF12の雑誌へは載る可能性が。論文のトランスファーを選んだ場合、もっとIFの高いジャーナルへ掲載される機会を捨てるのを意味します。それでも良いというならトランスファーを選ぶ。それが嫌だというならトランスファーを断るしかありません。

一般に、IFが高ければ高いほど論文の注目度は高まる傾向が。論文をより多くの方へ読んでもらえ、引用してもらえたり共同研究を持ちかけられたりする確率が高まるのです。高IFジャーナルでの出版を連発しているグループは高額な科研費を集めやすい。懐が潤えば高額な実験装置を導入でき、より革新的な論文を書けてますます懐がリッチになる仕組み。富める者はますます富む。貧しい者はますます困窮する。アカデミアの世界にも資本主義が通底している。選択と集中の原理がもたらされた以上はこの流れを止められません。

論文で一番大切なのは中身。本来、IFの高低に科学的価値は何もありません。でも悲しいかな、人間はありとあらゆる分野の論文を内容で吟味できるほど万事に精通してはいないのです。少し分野が異なるだけで何をやっているのやらわからなくなってしまいます。私は液系電池の研究をしているものの、全固体電池の研究はサッパリ分かりません。論文を読んでもおぼろげな理解にしか至らないし、正直、ちょっと何を言っているのかも分からない。そんな時、論文内容の権威性を担保してくれるものの一つがIF。IFの高い雑誌に載った論文なら「何かよう分からんけど凄いんやろなぁ」と眺められます。全く知らない分野の論文を読む時でも雑誌のIFで先入観が入るのです。こうした機序が学振DCや科研費の申請をする時に審査員へ影響を及ぼすのは言うまでもありません。

論文をトランスファーすれば、高IF雑誌への掲載チャンスをみすみす手放してしまいます。時間に余裕があるならトランスファーではなく、別の高IFジャーナルへチャレンジしてみるのも一案。

トランスファーするかしないかで指導教員と揉める可能性がある

高IFジャーナルにアクセプトされて喜ぶのは、指導教員と研究者志望の学生のみ。指導教員は科研費採択のアドバンテージを得たことによって、学生は研究職のポストを得やすくなって喜びます。しかし、必ずしも万人が喜ぶとは限りません。研究職にまるで興味がない学生にとって、自分の記した論文が掲載される雑誌のIFなどどうでも構わないのです。

IF40だろうがIF1だろうが、論文出版数は同じ一報に変わりありません。Natureでも怪しげなハゲタカジャーナルでも本数は同じ。修士課程のJASSO第一種奨学金返済免除に関係するのは論文出版”数”。IFではなく本数が重要なのです。本数を稼げるならIFにこだわらないでしょう。否、高IFジャーナルほど査読期間が長くて掲載まで時間がかかるため、高IF雑誌への投稿を渋って低IFジャーナルへ投稿したいと考えるはず。仮に一度目の高IFジャーナルへの投稿を了承したとしても、二度目の高IFジャーナル投稿は受け入れません。高IFジャーナル行脚を繰り返していたらいつまで経ってもアクセプトされませんから。トランスファーの誘いには喜んで乗るでしょう。業績数を稼げるのならばIFの高低など気にしません。

読者さんが研究職志望の学生なら問題は生じません。高IFジャーナルにリジェクトされた後、次もまた高IFジャーナルへ投稿するのを許容できるでしょう。読者さんが非・研究職志望なら問題が生じます。【絶対にトランスファーしたくない指導教員vs.絶対にトランスファーしたい学生】という図式が成り立つからです。論文の投稿先で揉めに揉め、先生との関係性に亀裂が入ってしまうな違いありません。先生は我々へあの手・この手を駆使してトランスファーを思いとどまらせてこようとします。私がトランスファーの誘いを受けた際も指導教員とかなり揉めました。最終的には指導教員に懐柔されてトランスファーの辞退に至っています。トランスファーのお断りからアクセプトへと至るまでに追加で5か月間。この5か月に何の意味があったのかは未だにあまりよく分かりません。

最後に

論文のトランスファーには、明確なメリットとデメリットが存在します。

メリットとしては、フォーマット調整の手間が不要な点、エディターズキックを回避できる点、そしてより早期のアクセプトが期待できる点が挙げられます。一方で、デメリットは、より高いIFを持つジャーナルへの掲載機会を失うことと、トランスファーの判断を巡って指導教員と対立する可能性があることです。特に後者については、研究職志望か否かで学生の立場が大きく異なります。非研究職志望の学生は論文数を重視してトランスファーを望むでしょう。一方、研究職を目指す場合はIFを重視して高IFジャーナルへの再挑戦を選ぶ傾向があります。

トランスファーするかしないかの選択は、キャリアプランや研究室の方針と密接に関連する重要な判断となります。皆さんにトランスファーの機会が訪れた際は本記事の内容を思い出してご検討ください。

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