博士転職活動記vol.14|会社員二年目・7月 最終面接ウィーク

~前作~

六社連続で書類蹴りされてから、我流で進めたらマズい結果に終わると思い、転職エージェントを利用し始めた。転職の軸を考え直し、条件に沿った五社へ同時エントリー。二社連続で書類不採用だったあと、三社連続で一次面接を通過した。

私の手元には三枚のカードがある。自動車大手のH社・自動車部品のT社・そして素材メーカーのX社である。どの企業も事業内容が魅力的で、電池の研究をやりたい私の希望を叶えられそうだった。

三社のどこに行っても、弊社より給与が良くなる。平均年収からして弊社と300万円近く違う。そもそも、弊社の年収は業界最底辺レベルであり、そこそこの規模の企業なら、どこに行っても年収アップになる。最初が低ければジャンプアップも容易で、そこだけは弊社に行って良かったポイントかもしれない。ありがとうございます。別に嬉しくはない。

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最終面接を前に、転職エージェントと面談した。志望順位や内定獲得後の意思決定についてなど詳細を話し合った。

志望順位は横一線である。どの企業に行ってもやりたいことはできるし、待遇がかなり改善されそうだ。最終面接後に提示される待遇を見てから行き先を決めたいところである。

広島市内で生まれ育ったためか、近くに川や海があった方が落ち着く。弊社の工場は海に隣接しており、オフィスで何か嫌なことがあっても、海を見て気持ちを落ち着かせられた。T社の工場は自然豊かな所にある。周囲を山と海に囲まれ、穏やかな生活ができそうだった。H社とX社は近くに山しかなく、せめて川さえあればなぁ、治水工事で川をひいてくれないかなぁ、などと無茶苦茶言ってみたりした。

新卒就活では、内定を得てから返事するまで一ヶ月程度は待ってもらえた。それに対して転職活動は、内定獲得から意思決定までの猶予期間が一週間である。企業が中途採用募集をかけるときは、入社後すぐ活躍できる即戦力を求めている。一日でも早く人材を確保したいし、確保できる目途を早くつけたい。そのため、企業側が転職者の意思決定を待てる期限が新卒就活より短く定められているのである。

転職面接は平日に行われる。どの企業も返答期限が一週間ということは、三社とも同じ週に面接を受け、行先を週末に考えて翌週に返答する必要がある。現職の仕事をやりくりしながら、三社の最終面接を受ける時間を無理やり捻出した。

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最初の最終面接は月曜日、自動車部品メーカーT社の面接だった。朝8時半からオンラインで面接いただき、弊社始業までに決着をつける作戦である。

面接内容は一次面接とほとんど同じで、やる気と熱意を見せられるよう意識してアピールした。具体的な業務内容を伺い、ミスマッチがなさそうだと確認し、双方とも笑顔で面接を終えられた。画面を閉じた瞬間、「まぁ、さすがに通った、よな」と頷いた。

次の面接は水曜、自動車大手のH社である。弊社が定時退社日であるのを利用し、終業後に帰宅して19時半から面接いただいた。H社の社員さまは車が大好きなようで、「一緒にやりましょう!」と熱烈歓迎いただいた。私はそこまで車が好きじゃないし、やるのは電池のはずなんだけれども、ま、細かいことは気にしなくてもいいかと思い、「ぜひお願いします^ ^」と返した。穏便に済ませるのが一番である。

T社とH社からは、面接の翌日に内定をいただいた。両社とも高く評価していただいていたようで、これまでやってきたことが多少は報われたのかなと思い、頬を緩めた。だが、待遇面では大きな差があった。

T社は期待より低い提示額で、残業を30時間/月計算で給与計算していた。おまけに独身者の住宅補助がないらしく、残業代と家賃補助を考えれば、弊社より低年収になる。残業が月30時間以上ってマジなのか。人事担当者に確認したところ、マジらしい。しかも、30時間は最低ラインで、ほとんどの社員は月40時間以上残業しているとのこと。さすがに月40時間は残業したくないな、T社はナシだなと切った。

H社は弊社より明確に好待遇だった。弊社と同程度の残業時間で、弊社より良い給与と長い家賃補助期間を提示してきた。数字だけ見ればH社の方がいいが、H社はH社で事業内容がカオスである。自動車を電動車に一本化すると言ったかと思えば、やっぱり無理ですガソリン車も作りますと言い、最近はAIデータセンター用電池を作ると発表した。経営方針のたび重なる変更は、柔軟性の証とも受け取れるし、軸がないとも言える。これほどドラスティックに事業内容が変わるならば、いずれ電池部門を切り捨てる可能性もあって怖いなと思い、H社は要検討程度に留めた。

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最後に、金曜、X社の面接を受けた。X社の研究所まで足を運び、対面で受けてきた。

X社に限らず、これから勤める可能性のある会社は、一度ちゃんと見ておきたかった。どのような場所にあり、雰囲気はどんな感じかとか、社員の顔つきやオーラを確かめてから意思決定したかったのだ。実際に会社訪問することで、外部からは見えなかった会社の内情をうかがい知れるだろう。

現職も職場見学させてもらったとき何となく違和感を抱き、その直観が正しかったと入社後に分かった。実地を訪れるのは大切だと思うし、X社には対面での面接を希望した。

金曜朝、スーツに身を包み、自転車でJR最寄り駅へ。通勤電車に揺られながら、もうあと少しで広島を離れるんだな、なんか寂しいなと感慨に浸った。新幹線に乗り込み、東京まで4時間ダラダラと過ごす。後ろの方で子供が行儀悪くギャーギャー騒いでいて、三河安城あたりで親子ともども放り投げてやろうかと思ったものの堪え、耳栓・ヘッドホン・アイマスクで音をシャットアウトした。あー、うるさかった。

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東京駅に降り立ったとき、無性にマックを食べたくなった。マックなど高校二年生以来食べていないのに、急に食べたくなった。やはり、資本主義の中心地に降り立つと、そこら辺の感覚も変わってくるのだろうか。10年ぶりのマックは、ウマすぎて気絶しそうになった。なぜかガーリック系のバーガーを頼んでしまい、口がものすごく臭くなった。どうすんだ、これ。

トイレで口を二十回ほどゆすぎ、口に手を当て臭いを確かめた。三度の口臭試験でニンニク臭の有意な低下を確かめ、ネクタイを結び直してからJRでX社の最寄り駅へ。駅からはタクシーを使うよう指定されていたが、街の雰囲気を確かめておきたく、歩いて研究所に向かった。X社の周りには何でもある。スーパーもあれば本屋もあり、運動できそうな公園まで見つけた。無いと思っていた川もあった。オックスフォードを流れるテムズ川のように泥みたいな色をしていた。

寄り道に寄り道を重ね、X社へ着くのに一時間もかかった。

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X社の面接もテンプレ通りの内容だった。一部イレギュラーな質問をされたものの、日々の量産開発で生じるトラブルの方がよっぽどイレギュラーだし、難なくアドリブで対応できた。面接結果は追って連絡すると言われ、ありがとうございましたと告げ、面接室を後にした。出て3分後、控室に面接官のマネージャーがダッシュでやってきて、「内定です」と告げた。こういう時に本当に追ってくることってあるんだなと驚いた。

マネージャー様からは、会社や事業を紹介いただいた。求人票に掲げられている素材以外にも様々な電池材料を手がけているらしい。どの材料も魅力的で面白く、電気化学博士の血が騒いで質問を止められなくなった。ああ、やっぱり材料をやりたかったんだなと再認識した。自分の居場所は、ここかもしれない。

帰りも歩いて帰ると言い張る私を、人事担当とマネージャーが「頼むからタクシーで帰ってくれ」と宥めてきた。そこまで言うならと二足歩行を諦め、四輪車で駅前まで瞬間移動した。車なんかに乗っていたら、人間ダメになっちゃうな。車なんかなくなってしまえとムチャクチャ言った。駅前のロータリーで降りて見上げると、空がうっすら茜色に染まっていた。

スマホケースから交通系ICカードを取りだそうとカバーを開いたとき、転職エージェントからメール通知があった。X社からのオファーレターを転送してくれたらしい。開いてみると、待遇面で目が飛び出そうになり、読み直すにつれ目玉が飛び出てきた。現職から200万円も年収が上がる。弊社やH社と違い、恒久的な家賃補助制度もあるらしい。

X社は空前絶後の爆益中で、ある分野で世界シェアを独占している。高付加価値な商品で潤沢なキャッシュを確保し、そのお金を今後の事業の柱を育てるべく投資している。素晴らしいサイクルだと思う。熱効率1の永久機関じゃないか。弊社は経営危機にあえいでいるのに、業界が違えば、取り巻く環境はこれほどまでも違ってくるのか。

T社とH社とX社を並べ、志望順位はX社が第一位となった。もし転職するならX社なのだろうなと考えた。

そう、もし転職するならば。

第十四章の学び
・残業月30時間は無理
・気になる会社は見に行くべし
・面接前にニンニクを食うべからず
・広島のお好み焼きはうまい

~次作~
Coming soon…

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