- 博士一年・3月 まだ誤差の範囲
- 博士二年・6月 賽は投げられた
- 博士二年・2月 天は人の上に年収を作る
- 会社員一年目・4月 置かれた場所で、咲けるのか
- 会社員一年目・6月 パワー・ポッター
- 会社員一年目・7月 失われた研究生活を求めて
- 会社員一年目・10月 活字をくれと、叫ぶ秋
- 会社員一年目・12月 もうあと一年、踏ん張ろう
- 会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え
- 会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが
- 会社員二年目・6月 21時の天体観測
- 会社員二年目・6月 会社員二面相
- 会社員二年目・6月 奥の手は、人の手
- 会社員二年目・7月 最終面接ウィーク
- 会社員二年目・7月 送信は、揺られるままに
- 会社員二年目・7月 お時間、よろしいでしょうか?
- 会社員二年目・7月 去り際の芝は蒼い
- 会社員二年目・8月 有意差あり
~前作~
博士論文を仕上げるまでは大変だった。投稿論文が何度もリジェクトされて実績を作れないし、やっとの思いで書き上げた論文に致命的な誤りが見つかり最初から書き直しになったりもした。最終審査に向けた予備審査会では、予定の倍以上の時間をかけて質疑でみっちり絞られた。
あまりに辛すぎて、博士課程をやめようと何度も思った。お金を払ってこんな大変な思いをするなど、自分はどこまでドMなのだろうか。とはいえ、ここで辞めたら広島就職は叶わないわけで、望む未来を掴み取るには何としても踏ん張らざるを得ない。
全編英語で206ページもの博士論文を仕上げた。どうにかこうにか学位審査会を突破し、博士課程の一年短縮修了が決まった。
最終審査会を終えた直後、嬉しさとプレッシャーから解き放たれた快感がない交ぜになり、何も言えぬまま放心状態になった。飛び級が自分事には思えなかった。留学中に何も研究業績を積み重ねられず、ただでさえ時間が限られていた自分が、一年も飛び級できたなんて信じられなかった。おかしいなぁ、変だなぁ、本当に終わりなのか…? などとハトのように首をかしげていた。
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学位審査会の翌月、札幌のアパートを引き払い、広島に戻って新生活の準備を進めた。学生時代まで無しで済ませていた洗濯機と掃除機を買い、物干し筋トレ用にぶら下がり健康器を手に入れ、自室を欲しいもので彩った。
勤め先は広島イチのSHUCDEC(スーパー・ハイパー・ウルトラ・超・どんだけ・エクセレント☆カンパニー)。ひとり暮らしの新社会人に対し、賃料の8割を負担してくれる唐揚げ社宅制度を設けている。学生時代まで家賃を全力で顔面受けしていた自分にとって、出費を数万円も浮かせられるのは有難い。
おまけにすごく良い物件が見つかった。広島湾と宮島を一望できるオーシャンビューのタワーマンションの最上階である。自己負担分は月1.5万円で、おまけに築浅ときた。窓に網戸が無いのだけネックだけれども、それ以外は何の不満もない。広島生活は最高の滑り出し。
私は博士課程からストレス解消のためDAZNでサッカー中継を見るようになった。広島にはサンフレッチェ広島なるプロチームがあり、サンフレッチェを応援している。ストレス発散するつもりが、負けてストレスをためるときもあるけれども、おおむねスッキリする試合を見せてくれた。
3月からはJリーグの新シーズンが始まった。広島に帰ってきたからには、スタジアムでホームゲームを現地観戦しなければならない。毎試合確実に観戦できるよう、年間パスを購入しておいた。スタジアムでは声を張り上げたいので、立ち見もジャンプもなんでも可能なサポーターズシートで観戦している。目の前で応援団の方が大旗を振り回すせいで何も見えず、得点シーンは周囲の歓声で判断することになるが、細かいことは気にせず通っている。
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SHUCDECへの就職を目前にして、気分がどんどん高まってきた。八年ぶりに地元に戻り、大好きな街に根を張って新たな歴史を積み上げていくのだ。広島は全国最悪レベルの転出超過が続いているというから、自身の働きにより企業を魅力的にし、少しでも広島を盛り上げていけたらいいなと願った。
入社一週間前に、札幌で学位授与式に参加した。喉から手が出るほど欲しかった博士号を手にして目元が熱くなった。辛かった時間にも意味があったのかもなと、数々の悲惨な出来事に対して前向きな意味合いを見出せた気がした。
授与式から研究室に戻って、私と一緒に研究室を離れる修士学生と話をした。彼らが新生活に向けて希望を語るのを聞き、自分もしっかり頑張りたいなぁと笑みを浮かべた。
彼らが就職する会社について、ラボの本棚に置かれていた就職四季報で調べてみると、初任給が30万円以上だった。少子化の影響で企業は人材を集めにくくなっており、待遇改善により優秀な人間を一人でも多く集めようと躍起になっている。私は博士課程在籍中に日本学術振興会特別研究員DC1として国から月20万円もらっていた。同世代で700人しか採用されない特別研究員でも20万円なのに、企業に行けば一年目からそんなにもらえるのか。羨ましい。
ここでふと、就職先の初任給を知らないことに気付く。私は広島×専門性で仕事選びしていて、年収など考えたこともなかった。勤務先の給与を就職四季報で調べてみたところ、隣で喋っている修士の学生たちより月4万円低かった。平均年収は400万円近く違うし、年間休日数も家賃補助の適用年数も全然違う。彼らとのあまりの待遇差に愕然とし、ショックで言葉を出せなくなった。え、マジかよ。
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博士になったら無条件にそれなりの給与を貰えるだろうと甘く見ていた節がある。実のところ、給与は業界と企業で決まる。儲かる業界に行けば誰でも高給で、地方の低利益率企業に入ったら給与を低く抑え込まれるのだ。魅力的な待遇を得たければ、魅力的な待遇を用意してくれる会社を選ばなければならなかった。飛び級で博士号を取得しておいて、そんな簡単なことにも思い至らなかった。
人生はお金だけでは決まらない。お金以上に大切なものはたくさんある。しかし、お金がなければ行動の幅が限られてくるのもまた事実。そのうえ、お金をたくさん持っていればいるほど、お金に不安を抱かずに過ごせるだろう。つまり、お金に頓着したくなければ、高給取りにならなければならない。
来月から望み通り広島で働ける。これまで培ってきた専門性を思う存分活かせるだろう。とはいえ、給与が低すぎやしないか。自分につける値札として、あまりに安すぎやしないか。この給与を直視して、一生懸命働けるだろうか。
企業入社を一週間前にして、早くも暗雲が垂れ込めてきた。
~次作~
Coming soon…


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