博士転職活動記vol.5|会社員一年目6月 パワー・ポッター

  1. 博士一年・3月 まだ誤差の範囲
  2. 博士二年・6月 賽は投げられた
  3. 博士二年・2月 天は人の上に年収を作る
  4. 会社員一年目・4月 置かれた場所で、咲けるのか
  5. 会社員一年目・6月 パワー・ポッター
  6. 会社員一年目・7月 失われた研究生活を求めて
  7. 会社員一年目・10月 活字をくれと、叫ぶ秋
  8. 会社員一年目・12月 もうあと一年、踏ん張ろう
  9. 会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え
  10. 会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが
  11. 会社員二年目・6月 21時の天体観測
  12. 会社員二年目・6月 会社員二面相
  13. 会社員二年目・6月 奥の手は、人の手
  14. 会社員二年目・7月 最終面接ウィーク
  15. 会社員二年目・7月 送信は、揺られるままに
  16. 会社員二年目・7月 お時間、よろしいでしょうか?
  17. 会社員二年目・7月 去り際の芝は
  18. 会社員二年目・8月 有意差あり

~前作~

昔からスペシャリスト気質だった。特定の仕事に没頭するのが得意で、狭く・深く潜り込む性格である。野球で喩えたらレフトしか守れないタイプで、それ以外のポジションはてんでダメだけれども、レフトの守備は任せろといった形である。

研究部門への配属を希望していたなか、開発部署に配属された。業務は量産開発系で、様々な人間と連携しながら設計仕様を決めていくポジションである。

量産開発部門では、守備範囲の広さが求められる。守備のうまさは合格点レベルで良いから、一定水準以上のレベルでどれだけ多くの位置を守れるかが大切なのだ。守備位置は時間ごとに変わる。前から飛んでくるボールも、硬式野球ボールだったり、ラグビーボールだったり、跳ねまくるスーパーボールだったりする。どんな守備位置を任せられても器用にボールさばきできる必要がある。器用にこなせる人から順に出世し、ますます器用さが求められていく。

職人タイプの自分にオールラウンドプレイヤーなど無理である。わんこそばのわんこ抜きぐらい難しいことを言っている。そうはいうものの、部署配属されてしまった以上は頑張るしかない。

・・・・・・・

もちろん、学生時代に培った専門性をそのままの形で活かせるなどとは考えていなかった。大学と企業では目指す方向性が異なるから、学術的知見を企業にアジャストさせる必要がある。電池の動作原理を知っているなら、どう使えば長持ちさせられるかとか、どうすれば劣化を抑えられるかといった実用面に目を向けるのだ。

企業のフレームワークを身につけられれば、仕事で何をすべきか理解できる。レフトだけしか守れなかったのが、ライトも守れるかなぁ、ぐらいになる。両翼守備のコツを理解すれば、何となくセンターも守れるようになる。

量産開発のスピード感に対処すべく、思考方法を根本から見直していった。これまでのやり方に拘泥していたら置いていかれてしまいそうで、なりふり構っていられなかった。

幸運にも、専門性は多少役立った。会議で何が議論されているか理解する糸口として重宝した。実際、配属一週目から会議で発言できたし、いくつか重要な仕事を任せてもらえた。

いま、技術系部門はどの会社も人手不足である。一年目から仕事をあてがわれてガンガン働かされる。配属初月にしてTo Doリストがパンパンになり、忙しすぎて目が回った。仕事の多さはある程度覚悟していたけれども、まさかこんなに多いとは思わなかった。OJTとは”前が分でレーニング”の略だと知ったのもこの時である。

・・・・・・・

そこそこ大きなメーカーの技術系総合職で、実際のモノに触れられる社員はごくわずかである。実験や検証作業は、下請け企業やサプライヤーさんが担うケースが多い。

Tier0の我々が何をするかといえば、手を動かしてくださる方々への指示書や仕様書を作る。日々作っているのは図面であり、エクセルであり、パワーポイントである。触っているのは製品ではなく、マウスコントローラーかホワイトボードのマジックペン。

最近ネット界隈で パワーポッター なる造語が普及している。資料作成に明け暮れる社員を揶揄したネットスラングである。正味、弊社の大半はパワーポッターだ。もちろん私もパワーポッターで、スリザリンでもグリフィンドールでもなく、どちらかといえばハッフルパフ寄りのポッターである。ありがとうございます。大企業では現場で手を動かす機会が限られ、どうしてもパワーポッターになりがちになる。

モノづくりに携わりたくてメーカーに入ったところ、資料を作ることになった。これが一年目だけならまだ良いのだが、先輩に尋ねると、これから何年勤めても資料作りが主業務らしく、ゲロを吐いた。眼精疲労で席を立つたび、自分は何をやっているのだろうかと悲しくなった。こんなはずじゃなかったんだけどな。何が面白いのだろうか。

仮説ベースで実験して、データを見て検証してといった、研究室では当たり前にやっていたことをやりたい。モノに触れぬまま数字に触れても、実験値の肌感覚が育まれない。なんだか地に足のつかない空中戦に放り込まれた感じで、自分のデータを扱っている気がしなかった。

・・・・・・・

生成AIのおかげで、業務のスピード感には対処できた。だが、仕事に幅を求められるのと、データだけを見て設計検討する仕事には慣れられなかった。

研究所の方はどうなのだろうかと気になった。量産部門では行えない、手触りのある仕事ができるのだろうか。さすがに研究所ならできるだろう。なんせ研究する場所だもんな。研究まで外部委託していたら、流石にもう意味が分からないでしょ。

気になって、新人研修で仲良くなった研究所配属社員に連絡した。話を聞いてみると、研究所の方では確かに研究をやっているとのことだった。研究は研究でも、生産技術の研究をしているらしい。より早く・より歩留まり良く製品を作るための検討を行っているのだとか。より良いモノを創る、本来の意味での研究業務はほとんど無いのだそう。私が入社時にやりたかった仕事は、この会社にどれだけ長く居たところでやれる見込みがないと分かった。

望みが少しでもあるなら耐えられる。我慢の果てにご褒美にありつけるなら、いくらだって我慢できる。私は学生時代にフルマラソンをやっていたが、42.195kmで終わると分かっているから全力で走れるのだ。

頑張ったところで望みがなければ、何を目指して頑張ればいいのか。ドMでもないのに、なぜ辛い思いをして働かなければならぬのか。42.195km先に底なしの落とし穴があり、それを承知でフィニッシュまで走れるか。

せっかく博士号まで取ったのに、死ぬまでずっとオフィスでパワーポッターなのかとやり切れない気持ちになった。確実に研究できる企業に行っておけばよかったと、強く強く後悔した。

第五章の学び
・メーカーで作るのは資料と心得るべし
・苦手分野は頑張っても半人前止まり
・広島のお好み焼きはうまい

~次作~
Coming soon…

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