博士転職活動記vol.7|会社員一年目10月 活字をくれと、叫ぶ秋

  1. 博士一年・3月 まだ誤差の範囲
  2. 博士二年・6月 賽は投げられた
  3. 博士二年・2月 天は人の上に年収を作る
  4. 会社員一年目・4月 置かれた場所で、咲けるのか
  5. 会社員一年目・6月 パワー・ポッター
  6. 会社員一年目・7月 失われた研究生活を求めて
  7. 会社員一年目・10月 活字をくれと、叫ぶ秋
  8. 会社員一年目・12月 もうあと一年、踏ん張ろう
  9. 会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え
  10. 会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが
  11. 会社員二年目・6月 21時の天体観測
  12. 会社員二年目・6月 会社員二面相
  13. 会社員二年目・6月 奥の手は、人の手
  14. 会社員二年目・7月 最終面接ウィーク
  15. 会社員二年目・7月 送信は、揺られるままに
  16. 会社員二年目・7月 お時間、よろしいでしょうか?
  17. 会社員二年目・7月 去り際の芝は
  18. 会社員二年目・8月 有意差あり

~前作~

部署配属されて半年が経った。相変わらず書類作りが中心で、なんか違うんだよなぁと違和感を覚えていた。仮に不満の声をあげたとしても全社的に同じような状態であり、行き場のない辛さを抱えて煩悶した。

開発は先行開発と量産開発に大別される。
先行開発は、できることを増やす仕事である。新たな機能や技術を検証し、商品性を向上させていく。私の所属チームでは量産開発をしており、安定性や品質を高められるよう検討を重ねる。

所属チームの中で先行開発的なプロジェクトが立ち上がり、私も関わらせていただけることになった。量産開発ではマウスとキーボードにしか触れられなかったが、先行開発の仕事で ほんの少しだけモノに触れられる機会を得られた。実験してデータを集め、仮説を見直しつつ次のアクションを決められた。そうそう、こういうのがやりたかったんだよ。ようやく研究っぽい仕事に携われて胸が躍った。

実験設備は、開発部署とは別の所にある。実験をするときは社内バスで数十分かけて移動する。他のメンバーは移動が大変そうだった。もうちょっと近い所で実験できたら便利なのにねとこぼしていた。私からすれば、移動時間が良い気分転換になり、むしろ長距離移動できるのが有難かった。オフィスでパソコン画面を凝視するより、バスで車窓から景色を眺める方が気持ちがいい。

・・・・・・・

実験は実験で大変だった。

まず、利用できる実験設備がごくわずかだった。所属チーム以外にも多くのチームが同じ設備を使いたがっており、利用可能なスペースはお気持ち程度といったところ。これだけ場所に限りがあると、一度に回せる実験の数を絞り込まねばならない。先輩と二人でやりたい実験リストを眺め、どの実験をやるか精査し、必要最小限の実験を仕掛けた。大学の研究室の方がまだ多くの実験を回せるのではないだろうか。

実験にはもちろん試料が必要となるが、使える試料数にも限りがあった。業績改善に向け、全社的にコストカットするよう求められており、不必要な経費はもちろん、必要なお金もなるべく使わないよう下達されていた。その指令からは開発部署も免れられず、我々は開発費の申請額を絞りに絞った。お金がないと、実験試料を調達できなくなる。当然、仕掛けられる実験数はごく僅かである。

企業就職する前は、会社に入ればもっと大胆に仕事できると思っていた。貧困にあえぐ国立大学と違い、企業はキャッシュリッチで太っ腹だから、大学時代のようなひもじい思いをしなくて済むと思っていた。どうやら見込みが甘かったようだ。企業に行って、前よりもっと苦しくなった。貧乏で苦しいながらに自由があった境遇から、もっと貧乏でもっと苦しくて制約だらけになってしまった。

救いがあるのだかないのだか分からないが、苦しいのは、会社に居る全員がみな同じである。予算削減と業績改善を目指して、各々が精いっぱい仕事に取り組んでいる。こんなところで自分が弱音を吐くわけにはいかない。周囲の士気を下げる言動は、組織人として許されない。

辛いながらに耐えられたのは、人間関係がすこぶる良好だったから。皆さん本当にやさしくてユーモアがあり、近所の面白いお兄ちゃん・おっちゃん的な存在として慕わせていただいた。この会社は、人間関係に限っては完璧だった、人間関係だけは良かったのだ。

・・・・・・・

企業はリスクをなるべく回避したい。慎重には慎重を期し、何らかの前例や参考例に基づいて行動していく。だから我々は、前例や学術的エビデンスを見つけ、上役を説得して実験を承認してもらう。何か良い成果が出たら、特許にできないか模索する。すでに他社が特許を押さえている場合は、どうすれば特許をかいくぐれるか考える。

技術開発業務では、学術論文を参考に実験設計した。様々な論文を調査して学説をまとめ、どのような形で製品に技術を織り込むか検討した考えていた。一日複数報の論文にあたって、有望そうなものをリストアップする。研究室時代の情熱が戻り、表情が活き活きとしてきた。研究から半年離れたあいだに各分野で多くの進展があったようで、「すげぇな、最近はそんなことまで分かっているのか」と驚いた。

楽しく論文を読んでいた所へ、ここにも経費削減の波が押し寄せた。論文購読料が、根こそぎカットされたのだ。

そもそも、論文を読むにはお金がかかる。雑誌の有料サブスクみたいなもので、無料で読める部分はアブストとイントロのみ、肝心の本編は購読料を払ってようやく閲覧できる。学生時代は論文購読料を大学が払ってくれていて、論文を好きなだけ読めた。就職後も上期までは購読料を企業が支払ってくれていて、大学時代と比べれば読める論文の幅は狭まるも、まぁまぁな数の論文を読めた。論文を読むのに不可欠な学術調査環境が、失われた。

論文購読料を削られたら、オープンアクセスの論文しか読めなくなる。重要そうな論文を開いても、「購読料を払ってくれ」とメッセージが出てきて、ブラウザバックせざるをえない。ポケットマネーでパッと払えるなら払うが、雑誌一社あたり年間数万円もの購読料を雑誌ごとに払うのは難しい。

仕方がなく、無料で読める論文を探して学術調査を進めたが、当然、ロクに調査できるわけがなく、外部から学術的知見を得るのが難しくなった。どうしても読みたい論文があれば、研究室の後輩に頼んで論文PDFを送ってもらった。何度か後輩にお願いを重ねるうち、企業にまで入って乞食のような振る舞いをしている自分が情けなくなり、やがて外部調達も諦めた。

博士号ホルダーが論文にアクセスできなければ魂が削られる。アカデミアとの接点が断たれたように感じ、無性に寂しくなる。研究者としての気力がみるみるうちに失われ、やる気があったはずの技術開発プロジェクトへ真剣に取り組めなくなっていった。

・・・・・・・

技術開発を進める別チームから、開発費を稼ぐため科研費に申請しようという話が出た。私が学振DC1で科研費獲得経験を有することから、科研費申請書の執筆アドバイスを求められた。

お役に立てるのは嬉しいのだが、科研費ってアカデミア研究者のものじゃなかったのか。企業はアカデミアに資金を提供して共同研究する立場なはずのに、なぜアカデミアからお金をもらおうとしているのか。そもそも、開発すらまともに進められない我々が、アカデミアへ如何なる知見を提供できるのか。

お金がなくても知恵を振り絞れば何か新しい仕事はできる。だが、肝心の知恵の源泉が枯れていたら、私にはどうすることもできない。北大博士課程を飛び級して学位を取った自分が、まさか半年でここまで落ちぶれるとは思わなかった。

活字をくれと、叫ぶ秋。

第七章の学び
・研究環境は入社前に確かめておくべし
・辛い時期を支えるのは人間関係である
・広島のお好み焼きはうまい

~次作~
Coming soon…

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