博士転職活動記vol.10|会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが

  1. 博士一年・3月 まだ誤差の範囲
  2. 博士二年・6月 賽は投げられた
  3. 博士二年・2月 天は人の上に年収を作る
  4. 会社員一年目・4月 置かれた場所で、咲けるのか
  5. 会社員一年目・6月 パワー・ポッター
  6. 会社員一年目・7月 失われた研究生活を求めて
  7. 会社員一年目・10月 活字をくれと、叫ぶ秋
  8. 会社員一年目・12月 もうあと一年、踏ん張ろう
  9. 会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え
  10. 会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが
  11. 会社員二年目・6月 21時の天体観測
  12. 会社員二年目・6月 会社員二面相
  13. 会社員二年目・6月 奥の手は、人の手
  14. 会社員二年目・7月 最終面接ウィーク
  15. 会社員二年目・7月 送信は、揺られるままに
  16. 会社員二年目・7月 お時間、よろしいでしょうか?
  17. 会社員二年目・7月 去り際の芝は
  18. 会社員二年目・8月 有意差あり

~前作~

会社員になって一番辛かったのは、日に日に増していく閉塞感だった。毎日同じ場所で同じ人と働き、毎月同じ額の給与を受け取り、一日ずつ老人に近づいていく単調なリズムが息苦しかった。

量産開発には、研究のようなイレギュラーな出来事が少ない。商品にイレギュラーがあってはならないから、ミスがないかとか、あらゆる使われ方で動作するか確かめるといった守りの側面が強く出る。

もし何らかのイレギュラーがあるとすれば、不具合対処や緊急対応といったネガティブな事柄である。そのときは、通常の業務を脇に置いてでも全速力で対処する。量産部署ではイレギュラーがレギュラー化しており、時間に追われ、周囲からは詰められ、のんびり屋の自分はますます辛くなる。

量産開発は組織的に行うものである。チームの一員として円滑に仕事を回すよう求められる。学生時代までは許された個人プレーも、企業に入ってから難しくなった。

中学から博士課程修了までの間、部活にもサークルにも入らず課外活動していた。中学と高校では乗馬に励み、大学ではひとりで外を走っていた。個人プレーばかりしてきた自分が、組織的な動きを求められる量産開発業務に適応するのは、原理的に不可能だったのかもしれない。

量産開発が向いていないのは承知している。自分の適性と真逆の能力を求められるのだから、向いているわけがない。そんなの分かりすぎるほどに分かっているけれども、生活費を稼ぐために耐えてきた。

普通の人なら、何かあっても最後は実家に戻ればなんとかなる。私は実家で親にいじめられて育ったので、実家に戻ったら精神的な死を迎える。この世のどこにもセーフティーネットのない私は、自力で活路を切り拓いていくしかないのだ。

・・・・・・・

辛いものは辛い。意識を変えても辛い。どうしたらいいのかと考えた。ひょっとして、生活の中で会社が占める比重が大きくなりすぎているのではないか。会社が全て!!! みたいな状態になっているせいではないか。仕事を楽しめているなら、それで構わない。仕事がさして面白くないのに、仕事、仕事、仕事、だとそりゃ辛くなるわな。

会社員が会社のウェイトを下げる方法はないか。ある。それは、会社以外で活動する機会を設けることだ。これまで週末のサッカー観戦で気分転換してきたつもりだったが、どうやら憂さ晴らしが足りないらしい。どこまでストレスが根深いんだ、と思う。ストレスフルな博士課程を上回るほどイライラを募らせていた。

広島へUターン就職した理由のひとつに『高校時代までやっていた乗馬を再開したい』との想いがあった。通い慣れた場所で再び馬に乗り、馬上で風を切って走り、障害物を飛び越えるあの爽快感をまた味わいたいと思ったのだ。

博士課程を飛び級で修了した自分だが、ぶっちゃけ研究より乗馬の方が得意。中三から高三まで国体に出場し、四年連続で優勝/入賞した。初恋も乗馬クラブで、だった。高二のとき、ひとつ年下の可愛い彼女ができ、イチャイチャして楽しい時間を過ごさせていただいた。ありがとうございます。乗馬クラブに行けば、量産開発で自信喪失していた私を復活させてくれるのではないか、また出会いがあるのではないかと期待し、会社員一年目の八月から乗馬を再開した。

確かに乗馬は面白かった。マンネリ化した会社員生活へ強烈に刺激を与えてくれた。馬は意志を持った生き物なので、指示に逆らうことがある。業務でロジック一辺倒になっていた身には、このイレギュラーさが新鮮だった。乗馬から十年離れていたとはいえ、騎乗するにつれ技術を取り戻し、一か月も経てば馬を手足のごとく扱えるまでになった。

残念ながら、乗馬もマンネリ化した。馬が指示に逆らうパターンを読めてきて、事前対処で難なく制圧できるようになった。

あと、乗馬少年時代のパフォーマンスまで感覚を戻すのは難しいと分かった。基本操作は問題ないのだが、細かい所で技術が抜け落ち、思い出せそうな感覚がない。なら新しく学び直せばいいのではないかと思ったけれども、そもそも指導員が不在で、誰かに教わろうにも教われなかった。なぜ自分はこんな簡単なこともできないのか、ともどかしさを味わい、ストレス発散のために始めたはずの乗馬でストレスを募らせるようになった

乗馬クラブには、老若男女問わず様々な会員さんがいる。高校時代の記憶では男4:女6だったのが、十年ぶりに戻ってきてみたら男1:女9になっていた。「出会いの宝庫じゃ!」とハッスルしたかったところ、異性は女子高生以下かマダム以上しかおらず、私と同世代の若年層女性が皆無だった。さすがにJKやJCと付き合うわけにはいかない。人妻に手を出せば、旦那さんに殺される。ということで、出会いも見つけられそうになかった。

皆さんのご想像通り、乗馬には結構なお金がかかる。クラブ会費からして月2万円弱。馬に乗る服装を揃えるのに数万円かかり、鞍や頭絡などの馬具はウン十万円、ヘタをすれば百万円オーバー。乗馬は好きだし、続けたいと思っているが、やり続けるには稼ぎが少なすぎる。それに、同じお金を費やすならば、海外旅行や非日常的レジャーなど他にも娯楽があるような気がした。

一年目の12月初旬に乗馬クラブを退会した。頼みの綱だった乗馬に可能性を感じず、深く落ち込んだ。

・・・・・・・

一年目の冬、同期たちが不敵な笑みを浮かべていた。仕事の繁忙期でも のほほん としており、いったい何なんだコイツらは、関西お好み焼きでも食っとけと言いたくなった。ゾンビタバコでもやってんのかと尋ねてみたら、どうやら彼女ができたらしい。マッチングアプリで異性と出会い、現在熱烈交際中とのこと。夜を徹して毎日電話する猛者もいて、それはそれで心配になった。

彼らを見て、ふと閃いた。会社員生活の鬱憤は、パートナーが見つかれば解消されるのではないか。そういえば、私も遠く昔に彼女がいて、当時は毎日がエブリディで楽しかった。一緒に歩いたときの手のぬくもりは今でも思い出せる。高二の夏に彼女と行った宮島の花火大会、楽しかったな。またあの充実感を味わいたいなと願い、Withをダウンロードして活動開始した。

Withを使い始めて三ヶ月、誰ひとりとしてマッチしなかった。マチアプ第一人者の同期に苦情を伝えたところ、「そんなもん使うけぇダメなんよ!」と激しく罵倒された。ありがとうございます。異性とマッチしたければ、会員数の多いPairsを使うのが鉄板なのだとか。そういうのは最初に言ってくれないか。三ヶ月と一万円を無駄にしたじゃないか。

気を取り直してPairsを始めると、驚くほど沢山のいいねが来た。広島のどこにこれほど多くの女性がいたのかと思うほど、沢山の方にいいねしてもらえた。やはり、大企業勤めはモテるらしい。さすがは24時間テレビ、愛はお金で買えるとはよく言ったものだ。「自分がモテているわけじゃないんだぞ、調子乗んなよ」と戒めながらやり取りを重ねた。

やり取りしていくうちに、飽きてきた。マチアプに居る女性の趣味が、カフェめぐり・ディズニー・推し活にパターン化されているのだ。もうちょっと共感しやすい趣味の方はいないのか。カフェを巡ってなにが楽しいんだよ。夢の国なんかあるわけがない。推し活って、あなた、「男性アイドルが好きです!」と言われて男が喜ぶとでも思っているの?

有象無象とコミュニケーションを取った中で、一人だけ合いそうな方とマッチした。趣味が読書と絵を描くことらしく、好きな本が一致して大いに盛り上がった。おすすめの本を紹介し合い、今度、会って話しませんかと約束した。遂に私にも彼女ができるのか。気が早いぞ、顔面にクマよけスプレーを塗りたくるぞ。

密会を約束した数日後、Pairsに通知があった。どうやら相手にパートナーができたらしく、彼女が退会してしまった。こんな素晴らしい相手とつながるなんて高望みだったのだろうと心を慰めつつ、またカフェめぐり・ディズニー・推し活とやり取りする気力もなく、いつしかPairsを開かなくなって退会の日を迎えた。

・・・・・・・

今のままではいけないと思っている、だからこそ、今のままではいけないと思っていると考え、閉塞感を脱却すべ動いてきた。行動は結果につながらなかった。成果ゼロどころか、徒労感を背負って疲れ、前向きに未来を考えるのが難しくなった

相変わらず、一年目春に痛めた右足首の靭帯損傷は治らず、ランニングを再開できないでいる。運動は体幹筋トレ程度で、身体を動かさないものだから食欲まで落ちて体重が4kgも減った。せっかく故郷へ帰ってきたのに、戻ってきてから何ら良いことがない。ああ、もう嫌だ。

広島を選んだのは間違いだったのか。間違いを認め、次に進むべきなのか。乗馬でもプライベートも散々なら、せめてキャリアでは夢を見させてほしいんだけどな。

第十章の学び
・会社員に乗馬は高すぎる
・マッチングアプリはPairsが正解
・広島のお好み焼きはうまい

~次作~
Coming soon…

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