博士転職活動記vol.9|会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え

  1. 博士一年・3月 まだ誤差の範囲
  2. 博士二年・6月 賽は投げられた
  3. 博士二年・2月 天は人の上に年収を作る
  4. 会社員一年目・4月 置かれた場所で、咲けるのか
  5. 会社員一年目・6月 パワー・ポッター
  6. 会社員一年目・7月 失われた研究生活を求めて
  7. 会社員一年目・10月 活字をくれと、叫ぶ秋
  8. 会社員一年目・12月 もうあと一年、踏ん張ろう
  9. 会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え
  10. 会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが
  11. 会社員二年目・6月 21時の天体観測
  12. 会社員二年目・6月 会社員二面相
  13. 会社員二年目・6月 奥の手は、人の手
  14. 会社員二年目・7月 最終面接ウィーク
  15. 会社員二年目・7月 送信は、揺られるままに
  16. 会社員二年目・7月 お時間、よろしいでしょうか?
  17. 会社員二年目・7月 去り際の芝は
  18. 会社員二年目・8月 有意差あり

~前作~

街路樹の若草色がまぶしくなった。前向きな気持ちを取り戻し、心機一転頑張ろうと決意した。置かれた環境はそう簡単に変えられない以上、置かれた環境で快適に過ごす方法を考えて過ごした方がいい。

何かが好きで熱中できるのならば、無理やりにでも熱中し続け、いつの間にか好きになるケースもあるのではないか。嫌よ嫌よも好きのうちという。量産開発の仕事は嫌いだが、好きになれる部分を愛してあげれば、そのうち好きになるかもしれない。

素早くタスク処理することが求められる量産開発だが、探求的業務が皆無というワケでもない。設計データが不十分ながらも何か数字を仮置きしなければならないとき、化学反応メカニズムに基づき妥当な値を設定する。何か不具合が起こったり、意図せぬ実験結果が得られたときも、どのような予想外の事象が起こったのか検討に検討を重ねる。仮説ベースで作業する機会もそれなりにある。あるというか、自分にあてがわれた業務を、隙あらば自分好みのものに作り替えてやる。

会社員であるからには、上から流れてくる仕事を選り好みせずにこなしていく。月々それなりの賃金をもらっているのだし、お金の対価として労働力を捧げなければならない。とはいえ、あくまで捧げるよう求められているだけで、どう捧げるかは自分次第。思考停止で作業をこなしていってもいい。快適さを求めてオレ流の働き方をしてもいい。

弊社は業界内でも働き方の自由さに定評がある。いつ来ていつ帰っても構わない。世間が続々と出社回帰する風潮に逆らい、完全リモートワークもできる。広島本社へ山口西部から新幹線通勤する方もいる。北海道住みのIT系社員だっておられる。どんな服を着て行ってもいい。弊社では、生活の色彩を自由に決められる余白がある。

・・・・・・・

博士課程を一年飛び級で修了したから、博士課程の同期とは学年がずれている。4月、博士時代の同期が企業就職した。知り合いに初任給を尋ねてみると、私の初任給より5万円高かった。中には10万円以上も多くもらっているヤツまでいた。嘘だと思って調べてみると、どうやら本当らしい。

早期修了した自分の方が多くの研究業績を挙げているのに、なぜここまで金銭的に報われないのだろうか。1万円や2万円なら誤差の範疇だが、5万円や10万円ってどういうことだ。月とすっぽんどころか、月とすっぽんぽんぐらい違うではないか。初任給でこれほど差があるならば、年次を重ねるにつれ、ますます差をつけられるだろう。係長になる頃には年収数百万円ぐらい違っているのではないか。

もちろん、人生は誰かとの比較で成り立っているわけではない。たとえ低年収でも、生活が充実しているなら万々歳だ。それに、自分の価値と年収が釣り合っていると感じられたら、それはそれで素晴らしいに違いない。

私はやりたいことに携われているわけでもなく、私生活はズタボロで、もっと恵まれた待遇を得られたはずなのにと頭を抱えている。主観的な材料が揃っている状況に客観軸まで持ってこられたら、給与に目を背ける方が無理というものだ。

他にも行ける会社はあったなかでわざわざUターン就職を選び、この会社に入るため文字通り血を吐きながら研究し、数多の試練をくぐり抜けて飛び級し、晴れがましい気持ちで弊社の門を叩いたにもかかわらず、
やりたかった研究には携われなくて、続ける理由を探すためにやり甲斐を探し、給与はイマイチで散財できるレベルにもなく、趣味のランニングは右足首靭帯損傷で断念、そしていま、学位に相応しい待遇を得ている連中に劣等感を抱いている。

なんて惨めなのだろうか。ここまで苦心しつつも歩みを進めてくれた過去の自分に、どう申し立てすればいいのか。

・・・・・・・

5月、チームでいつもお世話になっていた先輩Aさんが長期休暇を取った。Aさんは圧倒的にシゴデキで、自分の十倍以上も会社員戦闘力が高く、グループの大黒柱的な存在として多方面から頼られていた。Aさんが抱えていた仕事は膨大で、Aさんの仕事をチームメンバー全員で分担しながらこなすことになった。

Aさんの仕事を引き継ぐ前は、仮説ベースで仕事を進める時間的余裕があった。量産開発業務に追われながらも、立ち止まって少し考える時間が残されていた。引き継いで以降は隙間時間まで失い、考えているのか考えていないのか、どっちなんだい、という曖昧なスタンスになった。考えようとしても、忙しすぎて考えられない。ならばとAIに考えさせようとしたが、創造的なプロンプトを作るのも難しかった。創造性を司る脳の領域が機能不全に陥っていたのだ。

いま携わっている製品は、量産化に向けて開発が佳境に入りつつある。オフィスのそこかしこで激烈な議論が交わされ、仕様決定に向けてチューンアップが進んでいた。会社の命運をかけた製品であるから、開発部員はみな真剣なまなざしで業務を進めている。これからさらに忙しくなりそうな予感がした。開発スケジュールを見るかぎり、暇になりようがないほどギッチギチに納期がセットされていたのだ。

開発は時間との勝負。競合他社に先んじて製品をリリースすべく、全員が常時フルスロットルで働くよう求められる。

私は昔から忙しいと焦ってしまい、頭が正常に働かなくなる。親譲りのマイペース気質にもかかわらず、中学受験で親から絶えず「もっと早く解きなさい!」と急かされ、そのときに身体へ焦りが植えつけられた。誰かから急かされた途端、頭がフリーズして動かなくなる。

自分の気質を理解している以上、締め切りだなんて窮屈なことを言わず、もっと悠長に構えさせてほしかった。というか、もっとゆっくり仕事を進められる部署に配属してもらいたかった。当然、開発部署で「もっとゆっくりやらせてください!」と言えるはずもなく、周囲のペースに合わせたくても合わせられずに疲れ、ますます追いつけなくなった。

ペースダウンして落ち着いて仕事できそうな場所を探したが、見つけられなかった。弊社の技術系職種は、量産開発・生産技術・製造の三択で、どれも非常に忙しい。また、そもそもそも社内異動はベテラン専用の制度だし、もし自分に合う場所があっても異動できない。

弊社でこれから頑張っていくビジョンを描けなくなった。弊社に居場所がないように思えて、この先どうしようかと苦しくなった。

初夏にして、希望は潰え。

第九章の学び
・業務が俗人化したチームは危うい
・忙しいと、考える時間が奪われる
・広島のお好み焼きはうまい

~次作~
Coming soon…

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