博士転職活動記vol.4|会社員一年目4月 置かれた場所で、咲けるのか

~前作~

二か月間もの春休みのおかげで、博士課程で被った精神的疲労はおおかた回復した。鬱の一歩手前まで追い込んでいたこともあり、就職前にじっくり休んだおかげでメンタルヘルスが劇的に改善した。

心が壊れる前に修了できて良かったなと思う。もし一年飛び級に失敗していたら、おそらく修了まで至らずに退学していただろう。狂気と栄光は紙一重の差しかなく、今回は運よく良い方のくじを引き当てられたに過ぎないのだから。

4/1、通勤路の桜は満開を過ぎ、薄紅の花びらが川面を流れていた。朝9時にスーツで入社式へと向かい、社長の訓示に耳を傾けながら「とうとうサラリーマンになっちゃったか」と何とも言えない気持ちになった。

配布資料のカレンダーを見ると、長期休暇として10連休が3回設けられており、学生時代のような一ヶ月単位の大型連休は見当たらなかった。つまり、週に5日働き、土日を挟んでまた週5で働くのを延々と繰り返すわけである。学生時代は毎日研究していた。会社員生活は、博士課程に比べれば遥かに楽なはずだ。しかし、自らの意志で毎日働くのと、週五で誰かに働かせられるのとは、モチベーションの湧き方が違う。

会社員には組織の歯車としての役割が求められる。組織全体のパフォーマンスをどこまで高められるかが焦点となる。当然、出る杭は打たれ、創意工夫は前例に基づく範疇に収まる。抑圧の対価として高い給与が支払われる。給与額に納得できるならまだ我慢できるだろう。同じタイミングで同じ研究室を離れた修士学生より安い給与となると、我慢を重ねるにも限界がある。

要するに、私は会社員に不向きなのだ。

・・・・・・・

入社式翌日から新入社員研修が始まった。いくつかのクラスに分かれてオリエンテーションを受け、基礎的なビジネススキルやマナーなど社会人に不可欠な技術を磨いた。初歩的なレクリエーションが多く、こんなことで給与をもらっていいのだろうかと罪悪感に苛まれた。

研修ではディスカッションやスピーチを行う機会がたくさんあった。おそらく、言語化力やコミュニケーション能力の向上を意図したものだろう。言葉にする力は年齢と経験がモノを言う。歳を重ねれば重ねるほど脳が成熟し、言いたいことを相応しい言葉で表現できるようになる。私が皆の前で何か話すたびに「すげぇ…」と感嘆の声が上がり、ひょっとして自分は話すのが得意なのかと錯覚するほどだった。小さい頃は吃音だったのにね。

新入社員研修の次は、技術系社員と事務系社員に分かれて研修を受けた。弊社が扱う製品の仕組みを中心に、マーケティングや生成AIの使い方などといった興味深い話をたくさん伺えた。今まで弊社の製品には全く興味がなかったけれども、話を聞けば聞くほど面白くなってきて、この会社に入ってよかったのかもなと前向きになれた。

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ポジティブな気持ちは一週間で壊れた。

技術系社員研修終了後、いよいよ配属先が発表された。入社前の内定者懇親会で開発系部署への配属がほのめかされていたなか、やはり開発系グループへの配属となった。せっかく博士号まで取って入社したのに、研究所に送ってもらえなかった。

私より高学歴で研究力のある人材が研究所配属なら分かる。学振DC1・北大博士課程早期修了・筆頭論文六報を超える人間がいたなら「まぁ仕方がないか」と諦めがつく。ラボ配属は修士卒ばかりで、名前を調べても論文や学会発表歴は出てこない。配属先はクジか何かで決めているのだろうかと勘ぐった。おそらく研究適性のある自分を開発部署に配属させた意図を教えてほしかった。

思い返せば、北大で研究室に入ったときも希望通りのテーマを得られなかった。配属前に指導教員と面談してテーマを確約してもらっていたのに、不可解な理由で別テーマとなって歯がゆさを味わった。留学は上手くいかないわ、開発に配属されるわ、もう踏んだり蹴ったりである。

これだけ我慢してきたのだから、そろそろやりたいことを素直にやらせてもらいたい。日頃の行いが悪いのだろうか。前世でどれだけ悪いことをしたら、こんな酷い目に遭うのだろうか。

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技術系社員研修も終え、部署への本配属を迎えた。本来なら「ようやく仕事に携われる!」と浮足立っているはずだが、配属先が不本意であるがゆえ、どうにも気乗りしなくて困った。

会社員に配属のアクシデントはつきものである。会社員という生き方を選んだのだから、どこに配属されようとも受け入れなければならない。仕方がない、そういう運命なのだから、と胸をなだめすかした。

せっかく開発部署に入るのならば、開発力を磨いてやろう。色々な仕事を幅広く手掛け、研究も開発もできる総合力の高い技術エンジニアを目指してやる。もし量産開発ができるようになれば、見える世界も変わってくるのではないか。苦手なことから逃げ続けるのも違うだろう。ここらでちょっと真正面から向かい合い、時間をかけてじっくりスキルアップしてみようか。

開発部署に配属されておきながら「研究がやりたかった…」と不満をこぼせば周囲が不愉快だろう。それに、開発をやりたくて開発に配属された人も多いし、開発をやりたかったのに生産技術や品質保証へ回されて無念な気持ちになった人もいる。そうであるならば、置かれた場所が不本意であろうと、自分なりに最善を尽くさなければならないと思った。

予想通り量産開発系チームに配属された。狭く・深くを得意とする私に広く・浅くが求められた。量産が苦手なのは百も承知、不得意分野へどこまで食らいつけるか自分を試してやろう。

第四章の学び
・置かれた場所によっては咲けないかもしれない
・配属先は入社前に確認すべし
・広島のお好み焼きはうまい

~次作~

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