博士課程ってどんなところなのか、外から見ているだけだとなかなか分かりませんよね。研究が好きな人が行くところでしょ、くらいのイメージの方が多いのではないでしょうか。もちろんそれも間違いではありません。
ですが、実際に足を踏み入れてみると、想像とはだいぶ違った景色が広がっています。私は北大で博士号を一年飛び級して取得しましたが、あの2年間は人生で最も濃密で、最も情緒不安定な日々でした。
今回は、博士課程を経験した人なら深くうなずいてしまうであろう“あるある”を12個お届けします。これから博士課程に進む方も、今まさに渦中にいる方も、どうぞ肩の力を抜いてお読みください。
かめそれでは早速始めましょう!
①進学前は必ずビビる
博士課程への進学を決めた人が最初に通過する関門は恐怖心です。先生や先輩からは「何とかなるから大丈夫だよ」と温かい言葉をかけてもらえるけれども、正直なところ、半信半疑なんですよね。だって、ネットで検索すれば、何とかならなかった側の体験談がわんさか出てくるから。
Googleで博士課程と打ってみましょう。スペースを開けてみてください。すると、『博士課程 後悔』とか『博士課程 やめたい』だなんて検索候補がずらずら出てきます。私も初めて博士課程について情報収集したとき、思わず「うわぁぁ……」と情けない声が出てしまいました。
ちなみに私も例に漏れず、博士課程進学にビビり散らかしていました。あのときの自分に何とかなったよと伝えてあげたいですが、きっと半信半疑で聞き流されるでしょうね。
②進学した途端にはしごを外される
進学前はあれほど「博士はいいぞぉ~」「絶対おいで」と勧誘してきた先生方が、いざ博士課程に入った途端にスッと距離を取り始めます。研究で困って相談に行っても、「自分で考えてごらん」の一点張り。分からないから聞きに行っているのに、考えろと言われても困りますよね。
あの優しかった先生はどこへいったのでしょうか。中身だけ別人になってしまったのでしょうか。君の名は。の展開ですね。パラレルワールドには、先生の中身をした女子高生がいるわけです。きっと、着慣れない制服や結び慣れない長髪に、何ということだ……と頭を抱えていることでしょう。
まぁ、全然そんなことは無いんですけれども、先生が急に冷たくなったら、皆さんは戸惑うかもしれません。安心してください、嫌われたわけではありません。先生方は皆さんのことが大好きですよ。
指導教員は、博士学生を一人前の研究者に鍛え上げなければなりません。博士課程を修了する頃には自立して研究できるぐらいの力をつけてもらう必要がある。そのために、あえて学生に手を貸しすぎないようにしているのです。愛のある放置プレイです。いや、愛を隠した放置プレーでしょうか。
もちろん、本当にどうしようもなくなったときは、相談すればちゃんと助け舟を出してくれます。ただし、先生に相談してもどうにもならない展開もあり得ます。そのときは潔く諦めましょう。
③休むことに罪悪感を覚える
学士や修士と違い、博士課程は結果を出さなければ修了できません。修了するには、専攻ごとに定められた規定本数以上の論文を出版する必要があります。土下座や泣き落としの通用しない、結果だけをシビアにみられる世界です。
この論文がなかなかの曲者。一日や二日でできるようなものではありません。実験データを地道に集め、論旨を組み立て、文章を書き上げ、査読に出してアクセプトを勝ち取って、ようやく世の中にお披露目となります。ここまでに年単位の時間がかかる。Natureクラスのハイレベルな論文だと、査読だけで一年かかることもあるようです。
そんな重たいミッションを抱えている状況で、まだ十分な成果を出せていない段階で(今日は休もうかな)と思えるはずがありません。同期や後輩が土日も研究室に来ていたりすると、なおさら休めなくなります。別に誰かに出社を強制されているわけではないのですが、なんとなく行かなきゃいけないような気になってしまうのです。
頭では休息も大事だと分かっている。休まなければいつか壊れると分かっている。それでも、心の中のリトル指導教員が「まだ休んでいい身分じゃないだろ?」と囁く。耳を貸さず、いっそ無視してしまえばいいのだけれども、そういうわけにもいかず、休日に研究室の扉を開いてしまう。博士課程の罪悪感は、誰に植え付けられたわけでもなく、自分で自分を追い込んでいくところに厄介さがあります。
④後輩の研究指導をする
本来、学生の指導は先生の仕事です。ところが先生は学内業務に外部資金の申請に学会の運営にと忙殺されていて、とても手が回りません。その結果、「ちょっと面倒見てあげてくれない?」と博士学生にお鉢が回ってきます。
正直に言いますね、クソ面倒くさいです。自分の研究だけでも手一杯。それなのに、後輩に基礎から説明して、実験のやり方を教えて、データの見方を指導してとなると、時間がいくらあっても足りません。
自分が伝えたいことをうまく言葉にできず、歯がゆい思いをすることも。同じことを何度も聞かれると、さすがにちょっとイラッとすることもあります(もちろん顔には出さないけれども)。
ですが、悪い側面ばかりではありません。後輩に教えるにあたって、学問の基礎をイチから見直す機会を得られます。また、自分の考えていることを相手に伝えるため、概念を言語化する力が錬磨されるでしょう。
それに、面倒くさいと言いつつも、後輩が成長していく姿を見ると、(ああ、やってよかったな)と思います。自分の場合、教えていた後輩が卒論発表会で優秀賞をとりました。あれは本当に嬉しかったな。

















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