「博士課程へ所属せずに博士号を取得できればいいのにな…」
職場で研究に励みながら、このような夢物語のような願いを抱く方は少なくないでしょう。博士号の取得には通常、大学院博士課程での数年間の在籍が必要です。しかし、仕事を辞めて学生に戻るのは現実的ではありません。家族を養う必要がある場合、収入が途絶えるのはマズいでしょう。、また、せっかく築いたキャリアを中断させるのは勿体ないと感じる方も多いはずです。
そんな悩みを解決できる制度が日本には存在します。それが「論文博士」制度です。この独自の仕組みによって、大学院に通わずとも学位取得への道が開かれているのです。
北大博士課程を早期修了した化学系大学院生かめ(D2)です。この記事では、論文博士について解説します。課程博士や会社員博士との比較も交えて考察しますのでぜひ最後までご覧ください。

それでは早速始めましょう!
論文博士は日本独自制度


論文博士とは、博士課程に在籍することなく、研究業績だけで博士号を取得できる日本特有の制度。諸外国では一般的に大学院博士課程での研究活動が学位取得の必須要件となります。しかし、日本の大学では、企業や研究機関での研究成果を博士号取得に結びつけられる特殊ルートが用意されているのです。
申請のプロセスは綿密な準備を要します。
まず、取得を希望する大学の教授と事前相談を行います。この段階で、研究テーマと大学の専門分野との整合性、業績の十分性、今後の研究計画などが詳細に議論されるでしょう。大学側も論文博士の受け入れには慎重です。申請者の研究が当該分野に真に貢献できるか、学術的な指導が可能な範囲か、といった観点から審査されます。
予備審査では、業績リストと博士論文の草稿を提出します。この時点で10万円程度の審査料が必要です(北大は8万円)。審査料を見て「高いな」と思うかもしれません。しかし、博士課程へ入ると年間数十万円かかります。学費が十万円程度で済むと思えば安い買い物ではないでしょうか。予備審査通過後、本審査に向けた博士論文の改訂が求められるのが通例です。全行程を通じて、申請者の研究者としての資質が厳しく問われることになるでしょう。
学位取得要件は課程博士よりも厳格


論文博士の取得要件は通常の課程博士より厳しく設定されています。課程博士では2〜3報程度の査読付き論文が要求されるのが通例。それに対し、論文博士では5報以上の実績が必要とされる場合が多いのです。これは、客観的な指標である「論文数」だけで研究能力を証明する必要があるためです。大学院での日常的な研究指導を受けていない以上、研究力を示せるものは業績の数を置いて他にありません。
課程博士と同様、論文博士でも予備審査と本審査が行われます。審査過程での評価基準も高度です。予備審査では、申請者の研究が博士号に値するかが詳細に検討されます。ここでは研究成果の量に加え、成果の質も厳しく問われるでしょう。本審査では、さらに踏み込んだ審査がなされます。論文内容の詳細な検証に加え、関連分野の深い知識や将来の研究展望まで、課程博士と同様の総合評価が行われるのです。
会社員博士制度との違いは?


「会社員博士」という制度も存在します。これは、企業に在籍したまま博士課程へ進学し、学位取得を目指す仕組みです。一見、論文博士と似ているように思えますが、実際には根本的な違いがあります。
会社員博士制度では、企業に籍を置きつつ大学院博士課程にも所属します。多くの場合、会社が学費を全額負担し、研究時間の確保にも組織的な配慮がなされるようです。指導教員との定期的な面談、研究室のゼミへの参加、学内の研究設備の利用など、通常の博士課程学生と同様の環境が提供されます。また、この制度を利用できる人材は各企業で厳選される傾向が。将来の幹部候補生や主任研究員としての活躍が期待される優秀な社員が選抜されるのです。企業側も大学側と連携して、研究テーマの設定から学位取得までを組織的にサポートする体制を整えています。
論文博士は大学院への入学を必要としません。この制度は、企業の福利厚生に依存せず、個人の意思で挑戦できる道として大変貴重な存在といえます。
懸案は実務と研究活動との両立


論文博士を目指す場合、企業での実務と研究活動の両立が最大の懸案と言えるかもしれません。
研究職の方はまだマシでしょう。日常業務が論文と結びつく可能性が比較的高いですから。非研究職の方(例えば開発職の方)は大変です。日常業務に追われる中で研究時間を確保し、文献調査や実験を計画的に進めねばなりません。また、企業の報告書と学術論文は、記し方の作法が全く異なります。論文博士制度で学位取得を目論むにあたって、アカデミックな成果物の書き方を習得し、研究成果を学術的な文脈で再構築する作業も求められます。
企業内の研究には守秘義務による制約がつきまといがち。オープンにできる部分とできない部分があり、それがアカデミアと決定的に異なります。この問題は、適切な知的財産戦略を講じることで克服可能かもしれません。特許出願後の学術発表や、基礎研究部分に焦点を当てた論文化など、企業の利益を損なわない形での成果発信を模索してみて下さい。企業の強みは、最新鋭の研究設備や大規模データへのアクセスが可能なこと。アカデミアよりもオリジナリティーある研究を能率よく進められる環境が備わっています。
まとめ
論文博士制度は、日本独自の柔軟な学位取得の仕組みとして、多くの研究者にチャンスを提供しています。取得要件は厳しめ。審査料の負担や業務との両立など様々な課題も存在します。しかし、働きながら学位を目指せる点は、会社員研究者にとって大きな魅力と言えるでしょう。
博士号取得を目指す道は一つではありません。各自のライフスタイルに合わせて最適な方法を選択することが重要です。論文博士制度は、研究者としてのキャリアを築きながら学位取得を目指せる制度。実務と研究の両立は確かに容易ではありませんが。しかし、その過程で培われる独自の視点や実践的な研究アプローチは、ゆくゆくは社会へ大きなインパクトを与える起爆剤となるに違いありません。
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