広島生活春夏秋冬vol.17 一年目・3月|最初で最後のマッチングデート。職務経歴書薄層問題を直視し、二年目に向けて桜の根を張る

目次

とはいうものの

転職サイト登録のために、経歴を棚卸ししてみた。

■職務要約

電気化学の原理的理解を製品実装へと落とし込む力を強みとする。
大学院博士課程では、日本学術振興会特別研究員DC1として次世代二次電池の基礎研究に従事し、筆頭著者として査読付き論文六報を発表。これらの業績により、博士課程を一年飛び級して修了した。ぽんぽこりんの弊社では、主担当として車両搭載用リチウムイオン電池セルの機能設計・評価業務に従事。電気化学的知見に基づく実験計画や数理モデル構築を進め、車載用電池の制御開発基盤を整備している

■活かせる知識・スキル

  • 電気化学の原理的理解と実務への変換力
    博士課程ではリチウムの電析・溶解現象を分子レベルで研究してきた。現職ではその知見を電池劣化診断や制御論理構築に活用している。学術論文で扱われる反応モデルを、製品開発の設計判断へ翻訳できる点に強みがある
  • 数理モデリングとデータ解析
    博士課程では、複雑な電気化学現象を数理モデルに落とし込み、実測データとの整合性を検証する手法を習得した。弊社ではこの能力を応用し、電池挙動の数理モデル構築やPythonによるデータ解析自動化を進めている。
  • 部門横断的な技術リード
    セル充電状態の管理基準値策定にあたり、車両開発・購買・品質保証など五部門と連携して技術リードを務めた。各部門が異なる前提で主張する数値の根拠を整理し、電気化学的な妥当性を基準に合意形成した
  • 国際経験と語学力
    オックスフォード大学への3.5ヶ月間の研究滞在と国際学会での発表経験を通じ、実務に支障のない英語運用力を養った。TOEIC L&R 840点、英検準一級。
  • 多角的な視野と持続力
    日商簿記二級、総合旅行業務取扱管理者、貿易実務検定C級を取得し、財務諸表や国際取引の観点からも判断できる素地を築いてきた。また、中高時代に馬術競技で全国優勝し、大学院時代にフルマラソンで2時間42分を記録した。専門外の知識を体系的に習得する意欲と、長期的な目標に粘り強く取り組む姿勢を大切にしてきた

■自己PR

私の強みは、研究で培った知見を実務に応用し、成果へと結びつける力である。
博士課程では次世代二次電池の研究を進め、最先端の計測技術を用いてリチウム電析機構を解明した。課題設定から成果発信まで一人称で推進し、仕事を最後までやり抜く力を磨いた。弊社では、その力を実務に活かし、研究成果を製品開発や業務改善へ転換している。
加えて、海外経験で国際的なコミュニケーション能力を身につけた。簿記・旅行業務取扱管理者・貿易実務といった資格取得を通じて、研究単独では得られない多角的な視野を養った。中高時代から続けてきたスポーツを通じて粘り強さを鍛え、困難な課題にもめげずに長期間向き合い続けられる。
これまでの経験で磨いた探究心・実装力・持続力をもとに、新たな環境で技術と事業の接点に立ち、社会や産業の発展に寄与する価値を創出していく所存である。

・・・・・・・

もっともらしい文章ができた。なかなか悪くないんじゃないか。

職務経歴も整理してみた。

学振DC1として国に二年奉職し、ぽんぽこ弊社に一年勤めてきた。これまで一貫して電池に携わってきた。B4で研究室配属されて以来、かれこれ六年も電池の研究開発をしている。電池と六年も過ごしていると、思考回路まで電池と似てくる。低SOCのときは機嫌が悪く、パフォーマンスが低い。高SOC状態で長期保存されると、それはそれで容量劣化する。ときどき具合が悪くなってショートし、夜空を盛大な打ち上げ花火で彩ることも。

さて、転職サイトにアップロードするか… と書類をPDF化して、ふと思った。なんかしょぼいな。自分って、思っていたより全然たいしたことないじゃん。なんて薄っぺらい経歴書なのだろうか。フカヒレよりも薄い。カントリーマアムよりも薄い。ヘタをすればコン… なんでもない。

私がこれまでやってきたことといえば、鼻毛の塔で論文を読みふけり、会社でちょっとキッザニアした、以上。社会に通じる実績なんてこれっぽっちもない。私にたいした実績が無いのは明白である。当事者の私がそう思うのだから、求人先の人事はなおのこと(コイツ、カスやんワロタ)と捉えるだろう。

求人サイトに登録後、直々にオファーを送ってくれた二社と電話面談した。どちらも電池関連のメーカーで、事業内容は興味をそそられるものばかり。少なくとも弊社よりかはよほど先進的。弊社が手作りのイカダで大海原へ漕ぎ出そうとしているなら、彼らは最新鋭のクルーザーで波を切っている。もしもその二社に移ったら、いまより仕事がずっと面白くなる。電話面談の途中、喉元を通り越して、歯茎の3ミリ前まで「オファー受けます」と言葉が出かかった。

言葉を抑えつけたのは、私の中にまだ残っていた理性だった。もしここで会社を移っても、おそらく次の会社でまた同じ不満を抱く。人間の欲望に際限はなく、満足したかと思ったら、次の瞬間には物足らなくなっている。弊社も転職候補先も同じメーカー。同じ業種である以上、同じ結論に至る可能性は高く、ジョブチェンジにも早晩限界が来る。

それに、一年足らずで会社を移ると、私の履歴書が汚れてしまう。以降、キャリアの節目で事あるごとに一社目の早期離職理由を尋ねられるのだ。余計な十字架を背負って今後の人生を重苦しく生きるのは、嫌だった。

・・・・・・・

確かに弊社の環境はひどい。R&D予算が抑えられ、行うべき実験を行えない。壊れた設備の修繕費もいつ回ってくるか分からない。承認、承認、承認のオンパレード。論文購読料をカットされ、外部から最新の知識を手に入れられない。先行する競合他社の特許をかいくぐるため、とんでもなく回りくどい方針で製品仕様を組む必要がある。おまけに給与も同業他社以下。フロアの空気はドヨンとしている。先進的な仕事に取り組むのは難しい。

それでも、いまの環境でできることはある。

制約だらけのカオス空間では最適解を導く力を育める。周りの社員と議論するなかで、自身の考えを伝え、合意形成に至らしめる力を磨ける。また、恵まれた最大手企業に居ては培えない泥臭さも手に入れられるだろう。そしてなにより、成果を性急に求めず、長期的視野で仕事に取り組む姿勢を養える。博士課程早期修了を狙うにあたって、ちょっとせっかちになりすぎた気もする。ここらで一度小休止して人生を見つめ直すのもアリだろう。

弊社も大企業の片割れである。三年勤めればそれなりの市場価値を得られ、いまより社会に有用な人材になれる。弊社で技術の最先端を追えなくとも、ヒューマンスキルの研鑚はできるだろう。一応、私も化学系博士。専門性と技術理解はそれなりにある。泥よりもドロドロしている弊社で、技術者に不足しがちな対人関係能力を構築していきたい。それこそが自分のキャリアを重層的にしてくれるはず。

弊社に採用されたとき「特別採用です」と伝えられたが、配属ガチャがないだけで待遇は何も特別ではない、という変態ムーブをかまされた。入社二週間後には早期退職者を募集し始めるわ、三年連続三度目の組織変革をするわ(甲子園かよ)と大混乱の一年だった。辞めてやろうと10,000回ぐらい思った。

だが、博士課程で疲弊していた私へ一番最初に居場所を与えてくれたのは弊社だった。アカデミアは女子枠で私の応募可能ポストを奪ったが、弊社は「だったらこっちにおいでよ」と居場所を与えてくれた。オックスフォードで苦しくて放浪していたとき、なぜか市街中心部に弊社のお店があって、それをみて(自分も頑張ろう、頑張るしかない)と心を奮い立たせられた。競合他社より給与が少ないとはいえ、一年目にして手取りで日本人の平均年収以上の待遇を与えてくれた。そうそう、唐揚げ社宅制度で我が住環境を守ってくれたのも弊社だった。

ハッキリ言って、弊社のことは嫌いだ。仕事面で好きになれる要素が見当たらない。でも、それ以上に好きだ。人間関係も、カオスすぎるにもほどがあるだろうという面も、全部ひっくるめて好きだなのだ。この場所で、もうあと二年頑張りたい。さすがにもう二年でお腹いっぱいだから、あと二年を目途に頑張っていきたい。まとまった成果を挙げ、人間としても成長して、もっとスケールの大きな人物になりたい。

3月31日、転職サイトからログアウトした。

1 2 3 4

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

カテゴリー

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次