博士課程進学(D進)を決めた頃、私の研究への情熱はみなぎっていました。ところがD進後、研究や留学で歯がゆい思いを重ね、気付けば情熱の火が消えかかっていたのです。燃え尽きた状態からどうにか立ち直り、最終的にはフルペーパーを三報出版し、博士課程の早期修了にまで至っています。
この記事を読んでいる方の中には、研究で燃え尽きた方がいらっしゃるかもしれません。「もう研究なんてやりたくないよ」「これ以上は頑張れないよ」と青息吐息で苦しんでいるでしょうか。
燃え尽きた経験があるからこそ分かります。辛いですよね。めっちゃ辛いはず。自分の未来へ懸ける期待が大きければ大きいほど、裏切られたときの失望も深くなります。燃え尽きられるほど頑張れる真面目な方だからこそ、絶望の底が深刻なものになってしまう。
研究で燃え尽きたそこの貴方へ、これから燃え尽きた状態から復活する方法をお伝えします。以下の内容は全て、私が試して効果のあったものばかりです。情熱を取り戻す術を4つ、順にお話ししていきますね。
一時的に研究と距離を置き、研究以外のことを楽しんでみる

皆さんは少し頑張りすぎかもしれません。平日は皆勤賞。土日祝だって皆勤賞の方もいるでしょう。真面目な人ほど研究室に足を運ぶ頻度が高くなりがちです。平日だけでは時間が足りず、休日まで研究に費やしてしまう。
人間はたまに休まないと早晩、体を壊します。我々はロボットでもAIでもありませんから、酷使した肉体と精神を休める時間がどうしても必要なのです。
研究にばかり時間を割く生活も危うさをはらんでいます。研究が順調なうちは良いのですが、行き詰まって八方塞がりに陥ったとき、逃げ場がありません。何を試しても好転しない状況に心を病んでしまいかねないでしょう。
研究以外の世界を一つでも持っていれば、研究が不調なときに別の場所で羽を伸ばせます。けれど土日も毎日研究室へ通っている生活では、別の世界に身を置きようがないのです。
研究で燃え尽きてしまったら、まずは研究と距離を置いてみてください。今まで研究だけに割いていた思考資源を、研究以外へ解放してあげましょう。体を動かすでも、本を読むでも、映画館や美術館に足を運ぶでも、何でも構いません。皆さんの頭に、研究以外のことを気ままに考えさせてあげてほしいのです。
研究室皆勤賞だった方は「休んでもいいのかな」と罪悪感にかられてしまうかもしれません。いいんですよ、たまには休んだって。周りの会社員を見てください。土日祝は平気な顔で休んでいるでしょう。世の中の大多数は「休日に休まなくてどうするんだ」と捉えていますから。
我々が燃え尽きてしまったのは、休むべきときに休まなかったから。 休むべき日にちゃんと休む。体へ休養習慣を植え付けるところからスタートしましょう。
博士課程へ進学した理由を思い返す

D進を決意した頃の我々はキラキラ輝いていました。研究だって大成功するに決まっているし、留学先でも華々しくやれるに違いない。何だってうまくいく気がしていたのです。
博士課程の闇を何一つ知らないM2に穢れは一切ありません。なんと初々しかったことか。溢れんばかりの情熱は間欠泉のように天高く吹き出し、M2のときは何にでもなれると本気で信じていました。研究者にだってなれるし、その気になれば起業だって海外移住だって夢じゃないと。
博士課程に入ると、厳しい現実を嫌というほど突きつけられます。論文は何度もリジェクトされ、人間関係はこじれ、留学先では手痛い失敗を味わう。散々な目に遭った結果、D進前に抱いていた夢が木っ端みじんに砕け散ってしまいました。大志を抱いた少年の胸に「社会」という短剣が突き立てられたのです。
研究で燃え尽きたときは過去に立ち返り、D進を決意した理由を思い出してみてください。あなたがD進した理由は何でしたか。海外留学してみたかったから、自分の限界に挑戦してみたかったから、理由は人それぞれでしょう。修士課程修了後、大半の学生が企業就職を選ぶ昨今、あえてD進を選ぶには何らかの強い動機があるはずです。我々は、敷かれたレールから外れる勇気を奮い立たせる「何か」を研究に感じていました。 では、研究の何に魅せられたのだろう、と思い返してみてほしいのです。
私の場合は知的好奇心でした。「知る」という行為そのものに魅せられたのです。
研究では勉強と違い、教科書に記されていない領域にまで手が届きます。人類初の知見が自分の手の中で見つかる快感に病みつきになり、D進を決めました。ところが燃え尽きてしまったとき、「知る」をおざなりにしていた自分に気付きます。博士修了要件を突破するために業績を集めなければならず、知的好奇心を大切にしている余裕を失っていました。正気に戻ったときには心が「もう無理や…」と音を上げていたのです。
自分の気持ちに気付いて以降、業績集めよりも「知る」を大切にするよう心がけました。たとえどれだけ些細な発見でも、「知る」を実現できたら素直に喜ぶ。小さな喜びの積み重ねが、モチベーションを少しずつ取り戻す燃料になってくれました。
博士修了後の未来に想いを馳せる

B4時代は勢いだけで乗り越えられます。M1やM2の時期は指導教員に洗脳され、脳に快楽物質が溢れてルンルン気分で研究を楽しめるでしょう。
ところがD進後、洗脳が解けてしまう。業績や才能の不足から、どう頑張っても研究者にはなれないと気付く瞬間が訪れるのです。研究熱心な人ほど、挫折時のショックは深刻なものになります。研究者志望の学生が研究者への道を断たれたとき、いったい何を楽しみに生きて行けというのでしょうか。
私自身、D進当初は研究者志望でした。海外の研究所でバリバリ研究をし、世界に伍する成果を出していきたいと願っていたのです。しかし、海外就職の足掛かりとして臨んだD1後期のイギリス留学で、希望を打ち砕かれた。使用予定の実験装置が全て壊れていて何一つ実験できず、ラボには文字通り誰もいない。友達を一人も作れないまま日本へ帰る羽目になったのです。留学のために四年間かけてお金を貯め、英語の勉強を頑張ってきました。羽田空港に帰ってきたとき、国際線ターミナルの展望デッキで「今まで何のために努力してきたのか」と立ち尽くしたのを覚えています。
厳しい現実を直視してばかりでは心が疲弊して当然です。博士課程の標準修了年限は三年。三年もあれば、人は無限に悩めてしまいますから。たまには現実逃避する時間も必要です。謙虚に内省して自尊心を傷つけ続けるよりも、研究なんてほったらかして好きなことを空想しましょう。
私は悩んで苦しかったとき、博士修了後の未来に想いを馳せました。残念ながら研究者にはなれなさそうだけれど、企業就職して人並みの人生を歩むのも悪くないんじゃないか、と。風向きが変われば国研で働けるかもしれない。企業で頑張っていれば大学に呼び戻されるかもしれない。仕事のことなどどうでも良くなるほど素敵な妻に出会えるかもしれない……
未来は決して一つじゃありません。 自分の気の持ちようで何色にだって彩れるのです。現実逃避を続けるうちに心が少しずつ元気を取り戻していきました。
自分次第で到達可能な小さい目標を再設定する

研究者になるとか、海外で就職するとかいった目標は壮大で美しい。しかし、達成するまでに乗り越えるべき障害があまりに多く、高すぎるのが問題です。しかも、私のように目標を叶えられない可能性だってあります。ポストの数が限られた研究者になれるかどうかは、ある意味ギャンブルの要素を含んでいるからです。近年では研究者採用時に「女性枠」が設けられるケースも出てきており、男性研究者にとっては研究を頑張っても性別で門を閉ざされる場面が珍しくなくなりつつあります。
博士課程は、自分の力だけでは手繰り寄せられない目標があまりに多い。そんな世界に身を置いている以上、博士在籍中の目標を再設定し、手の届くところに旗を立て直すのがおすすめです。コツは二つあります。一つ目は、なるべく小さい目標を定めること。二つ目は、自分の努力次第でどうにかなる目標を作ること。
目標達成までのスパンが長すぎると、途中で挫折する確率が高まります。長くても半年、可能なら一か月や一週間スパンで届く目標を設けてみてください。他人の評価に左右されず、自分の努力量だけでクリアが決まる目標を用意するのです。
私が燃え尽きてしまったときは、目標設定の段階で間違えていました。①海外で②研究者になるという二つの難題を同時に抱えたのが失敗の元凶です。夢破れ、挫折を経験し、目標を変えました。自分が心から面白いと思う論文を三報書こうと。投稿ジャーナルのIFは不問。出版できたら勝ち。
面白い研究をしていれば、まとめる論文も必然的に面白くなります。面白い論文は、標準的な雑誌ならまず間違いなくアクセプトしてもらえるのです。まずは一報書く。次に二報目。最後に三報目。先のことは考えず、目前の一報に心血を注ぐ。自分次第で到達可能な小さい目標を再設定したおかげで、研究の楽しさが戻ってきました。一報アクセプトされるたびに博士修了が近づくので、幸福度もうなぎ上り。なんとか病むことなく博士課程を乗り越えられました。
最後に
燃え尽きた直後の私は、三報も論文を書くなんて想像すらできませんでした。研究室の椅子に座っているだけで精一杯だった日もあります。それでも気付けばフルペーパー三報を出版し、早期修了の書類に判を押してもらっていました。
振り返ると、燃え尽きていた時期に無駄な日は一日もなかったと思えます。休んだ日も、過去を振り返った日も、空想にふけった日も、全部ひっくるめて博士課程でした。だから今つらい方も、焦らなくて大丈夫です。燃え尽きた灰の中にまだ火種は残っていますから。マイペースで構わないので、ゆっくり息を整え、また立ち上がりましょう。

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