広島生活春夏秋冬vol.10 一年目・10月後編|鶏むね肉に圧力ネコパンチ! 残業代をトンカツに換え、親の入院に人生を想う

目次

電気圧力鍋

吾輩は家電異常者である。理性はもうない。

北大生活八年間を通して洗濯機無しで済ませてきた。アパートの近くにコインランドリーがあった。普段は週一で風呂場にて手洗いを行い、月に一度、コインランドリーにて本気の洗濯を行った。

匂いの件で周囲からクレームが出たことは無い。臭くなる食べ物を食べていないせいか、服もさほど臭くはならない。あるいは、私が臭すぎて、周囲がクレームを発するのを諦めたのかも。いや、さすがにそこまで臭くは無いだろう。まだ27歳だぞ。臭くなるには早すぎる。

会社へ通勤しているとき、稀に異臭を放つおっちゃんに出くわすことがある。加齢臭がハンパない。大迫ぐらいハンパない。あの匂いを嗅ぐやいなや、たちまち気分が悪くなり、会社に着いても一時間は業務に手を付けられない。おっちゃんらには、カレー臭を発している自覚はない。私自身、自覚はないだけで、既に発しているのかもしれないけれども。そうではないと信じたい。27歳でカレー臭は辛すぎる。

私は普段からランニングしている。においの源は、汗で地面へ流れ落ちているはず。臭くなるなら、私ではなく、北大メインストリートの方。毎年秋になると臭くなる。あれは銀杏か。私には銀杏が生えていたのか。

洗濯機は八年間ずっと無しで済ませてきたが、さすがに冷蔵庫は無しでは済まされなかった。B1からD2の7月まで無しで耐えてきた。野菜や炊飯済みのお米や納豆など、冷蔵保存必須の食べ物を野ざらしで放置し、腐ってしまったものを無理やり食べる。何度もお腹を壊してしまった。それでも冷蔵庫を買うのを我慢した。冷蔵庫とは、人類最大の甘えである。あんなものに頼っているから胃腸が弱くなるんだ。

学生時代の最後に、『文明的な生活』というものを味わってみたくなった。日本国憲法では生存権が保障されている。私にも生存権ぐらいあるのではないか。冷蔵庫があれば、食べ物を腐らせずに済む。500g入りのナチュラルチーズを、何日間もフレッシュなまま味わえる。冬以外にもアイスを食べられる。

とうとう我慢できなくなり、学生生活修了間際のD2・8月に冷蔵庫を買った。

ヨドバシカメラから冷蔵庫が届き、最初に詰め込んだのは、ハーゲンダッツアイスクリーム。スーパーで樽みたいな300mLのストロベリー味アイスを購入し、口角と目尻を直角にしながら、冷凍庫にダンクシュートした。三時間後、キンキンに冷えたアイスを食べようとしたところ、全部溶けてイチゴジュースになっていた。冷蔵庫にコンセントを差すのを失念していた。気を取り直して電源をON。五時間後、カチコチに凍ったアイスとご対面。”氷”面にスプーンを突き立て、ゴリゴリ削りながら食べた。大学生活初めてのアイスは、硬くて、甘くて、やさしい味がした。

洗濯機も冷蔵庫も無しで済ませてきた自分だが、なぜだか電気圧力鍋は持っていた。M1の4月にAmazonで購入した。家電ジャングルのなかで8,000円のタイムセール掘り出し物を発見し、ポチった。

当時、鶏むね肉の摂取に どハマり していた。茹でたアイツを300g食べて寝れば、翌朝にはランニングの疲労が全回復している。こいつは凄いと、毎日のように食べていた。味は気にしない。疲労が回復すればそれでいい。幸せなら、それでOKです。佳子さま、どうもありがとうございます。

鶏むね肉は、分厚い。最厚部は5cmを越える。厚みを減らすべくネコパンチしても、半分程度までしか薄くならない。厚いと、内部まで熱が通らない。鳥にはカンピロバクターが潜んでいる。ちゃんと熱して殺菌してから食べなければ、後でどえらいことになる。熱して熱して熱して、馬車馬のように熱することで安心して食べられる。私はワークライフバランスを捨てます。次から生食します。ダメです、絶対に。

どうすれば鶏むね肉を最深部まで加熱できるか。検討に検討を重ね、珍味を吟味した。

最初は茹で時間の延長で対処した。熱が肉の内部へしっかりと拡散するまでじっくりコトコト煮込んでやる作戦で行った。うまくいく場合もある。だが、熱が内部へ通り切らず、生煮えになるケースもあった。肉の内側が、桜色なのである。そんな茹で胸肉を食べた翌日には、決まって腹を下して遺憾だった。

茹で時間の延長や火力の増強も試した。どれも根本的な解決法にはならなさそうに思えた。いかんせん、茹でに再現性が無い。成功する時もあれば失敗する日もある。そんなのでは、アスリートの私は困るのだ。絶対に腹を下さない状態で鶏肉を食べたい。中までしっかり火を通したい。どうしたらいいかと考え、すったもんだして、たどり着いたのが電気圧力鍋だった。

水は加圧により沸点上昇する。圧力鍋は、その化学法則を活用し、食べ物を高温状態で調理する。常温・常圧では100 ℃が限界だ。我らが電気圧力鍋は、なんと120 ℃で調理できる。いくら肉厚の鶏むね肉とはいえ、120 ℃まで上げられたらひとたまりもない。内側まで完璧に火が通る。調理前にネコパンチして薄くしなくてもいい。圧力鍋は、私のネコパンチを代行してくれる。いや、そもそも圧力鍋自体がネコなのである。コンセントを差したら動くネコ。便利なこと、テレワークのごとし。

究極的には核融合炉で調理したい。一億度を越えるプラズマ状態で調理できれば完璧に殺菌できる。鶏むね肉を入れて核融合したら、バチバチに焼き切れて食べられなくなる。鳥と鳥が融合して、ペガサスやフェニックスが生まれるリスクがある。電気代も懸念材料だ。一度の調理で数億円かかる。さすがに億は出せないな。子ども銀行券でも渡しておこうかしら。

そんな便利でファンタスティックな電気圧力鍋だったが、D2の2月に突然事切れた。パーツの経年劣化で圧力がかからなくなったのだ。電気圧力鍋が電気鍋になった。圧力モードにしてもプシューッといって、そのあとシュンとなり、うんともすんとも言わなくなる。これでは鶏むね肉が生煮えになる。レバニラやラザニアなら可愛いものだけれども、ナマニエはちとマズい。新しく圧力鍋を買う必要に迫られた。

ここで、家電異常者の悪癖が再発した。広島にUターン就職し、唐揚げ社宅のタワマンへ入居すると、『電気圧力鍋など甘えだ』と考えるようになった。鶏肉を乗り越えることで強くなれる。生煮えでも食える。食えると思えば食える。胃腸を強くすればいい。必要なのは電気圧力鍋ではなく、知徳併進・質実剛健な消化器官ではないか。

3月から9月まで七カ月間、電気圧力鍋なしで済ませてきた。さすがに調理がうまくなったのか、ラザニアやナマニエにはならなくなった。なんだ、圧力鍋など要らないじゃないか。やはり甘えだった。甘えていいのはベビーカーの中までだぞ、ばぶー。

調理面での問題は解決された。ところが、また別の問題が投下された。

私は帰ってきてすぐにご飯を食べたい。帰宅後に調理するのは面倒臭い。作り置きは念頭にない。我が家には電子レンジが無く、作って冷やしておいても温められない。キンキンに冷えた鶏むね肉は、サハラ砂漠ぐらいパサパサしている。冷たいものを食べると、身体が奥から冷え、リカバリーによろしくない。だったら電子レンジを買えよ。嫌だよ、あんなもん、買わないよ。それこそ甘えではないか。

電気圧力鍋には予約調理機能がある。朝、具材を切って入れてセットしておけば、玄関を開けると出来立てホヤホヤのぽんぽこりん夕食が待っている。帰宅後の調理から解き放たれる。火の番からも解放される。人民の、人民による、人民のための調理革命だ。甘えだなんだと言っていられない。便利なものは使う。やられたらやり返す。倍返しだ。紅衛兵だ。文化大革命だ。

今度は長く使えるものを買いたい。四年と言わず、その次のオリンピックまで持つぐらいの丈夫なものが欲しい。ジャングルで11,000円の圧力鍋を見つけた。2.2L・直列四気筒のターボ。見た瞬間、ビビッときた。””これだわ……!””と。圧力鍋の支払いは、ボーナスを手に入れた12月の自分がやってくれる。頑張れ、自分。なんとかなるさ。

半年ぶりの電気圧力鍋。使い方はもう慣れたものである。

届いた当日、早速チキンカレーを作ってみた。水と具材とスパイスを入れ、帰宅時間にタイマーセット。弊社から帰ってきて鍋を開けると、黄金色の美品が待っていた。肉は柔らかく、切らずに丸々一本入れたニンジンは甘い。同じく切らずに入れたジャガイモは、中までカレースープ色になっていて、バターを乗せて食べたら、今までで一番美味しいジャガバターになった。

家電を『甘え』と切り捨てるのは間違いなのかもしれない。便利なものは使う。使わなければ損だ。電子レンジとて例外ではない。あれを家に招き入れれば、何か違った世界が見られるのかもしれない。いや~、でも電子レンジは要らないよな。あんなもん、何に使うというのか。

1 2 3 4

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

カテゴリー

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次