すっきりした
実はこっそり半年前からマッチングアプリをやっていた。この半年間でゼロマッチングなら、今後異性との接触を諦めるつもりで取り組んでいた。
アプリは過去に、M2からD1の一年間やったことがある。課金して いいね を押しまくったけれども、結局ゼロマッチングで終えた。ただでさえ辛い博士課程が、誰とも繋がれなかったせいでますます辛くなった。まだ、誰かと会って話して、それで振り向いてもらえないのなら反省のし甲斐もある。誰ともマッチング成立しなければ、何が悪かったのかさえ分からない。収入が低いせいか、見た目が悪いせいか、将来性を感じさせられないせいか。
もし、収入の低さや境遇の不安定さが問題なのだとしたら、私の抱えるボトルネックは企業就職で払拭されるだろう。勤め先は広島イチのぽんぽこりん企業。肩書上は最強なはず。これでもダメなら私個人の問題ということになる。問題点を浮き彫りにしてくれた方がスッキリする。マッチングが成立すればそれでいいし、しなければしないでもう望みを持たずに済む。
ひょっとしたら事態は会社員になれば好転するかもしれないし、致命傷を負って終えるかもしれない。なんでこんなもん始めたのだろうと悔やむ可能性もある。でも、やらない後悔 より やる後悔 の方がいい。逃げるのだけは嫌なんだよ。撃沈上等。天上天下唯我独尊。色即是空、空即是色。
去年の10月からwithを始めた。3月最終週の月曜までゼロいいね。日に日にアプリを開くのが億劫になるなか、それでも「半年だけは頑張れ」と言い聞かせて耐え抜いた。アプリ画面には、AIがご親切に選んでくれたオススメの異性が表示されるのだが、もう既に私の側からいいねを押し、サイレントお祈りされた方ばかりが映った。一度いいねを押した相手に再度いいねすることはできない。中国地方の同世代女性ほぼ全てにいいねして、全員から無視された。南無南無。
学生時代はゼロいいねを貧乏な境遇のせいにできた。会社員になった今の自分に逃げ道はなく、ゼロいいねは自分の問題なのだと突きつけられた。ぽんぽこりんの条件を身にまとっても、誰からも振り向いてもらえなかった。自分は、誰からも必要とされていない。恋愛市場価値はゼロなのだ。
今月最終週に差し掛かり、一周回って気持ちが楽になってきた。もうあと一週間でアプリから解放される。お前は無価値だと突きつけられずに済む。辛くてしんどい毎日を、耐えがたきを耐え、忍びがたきをしのぎ、ついに終わりが見えてきた。一生ひとりなのはものすごく寂しいけれども、”そういう運命だったんだろうな”と割り切って生きていきたい。
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…とエンディングモードに入っていたのに、最終週の月曜日、とうとう女性側から 1いいね もらえた。最初は何かの間違いだと思って身構えた。きっと、相手はいいねを押し間違えたに違いない。私なんかに いいね する人がいるわけないじゃないか。半年間。ゼロいいねだった自分に、今さらいいねする人なんかいるもんか。
おそるおそるチャットを始めた。自分と共通項がたくさんあって、いいなと思っていいねしてくれたらしい。お相手のプロフィールを確認してみると、驚くほど共通項がたくさんあった。互いに人間で、人間といってもホモ・サピエンスで、二足歩行で、広島に住んでいて、社会人で、聞く歌もよく似ている。どうやら性格までそっくりらしい。一度会って話しましょうかとなって、土曜、紙屋町の人気カフェで話してきた。
弊社の新人研修ぶりに女の人と会話した。ふだん、職場で男相手に浴びる声の周波数より1.5オクターブ高い音波を浴びた。お相手は奥手な方だったので、自分から積極的にリードしていった。牽制球でアウトにならぬよう、オフサイドラインをコントロールしながら積極的なボール配球。自己開示と相手への問いかけなどを織り交ぜ『会話』をすることができた。前夜にClaudeと壁打ちした成果が出た。AIさん、どうもありがとうございます。
ちょっとしたハプニングもあった。
趣味の話で沈黙が怖くて、ついウッカリ「今朝27kmランニングしてきました」と口を滑らしてしまった。また、食事の話でついウッカリ「9年連続毎日魚の缶詰を食べているんです」とニッコニコで話してしまった。札幌へ大学進学した理由を「広島が暑すぎたから」と言い、舌の根の乾かぬうちに、広島に戻ってきた理由を「札幌が寒すぎたから」だと言い放った。さぞかし身勝手なヤツだと思われただろう。お相手は何度もケラケラ笑って楽しそうだったから、まぁもう何でも良いけれども。
一時間半ほど話して散会した。相手と別れた直後に雑談力のなさを痛感し、丸善で話術の本を買って帰った。夕方、家でお礼チャットを送り、本を読んでいるうちに寝落ちした。
結局、数日経ってもお返事はなかった。私は”ナシ”とのご判断なのだろう。
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期限を決めてアプリを始め、期限ぎりぎりに1いいねをもらえた。会えはしたが交際には程遠く、アプリ開始前の振り出しに戻ってきた。
この半年で自分には価値が無いのだと、胸が痛くなるほど思い知らされた。同期や先輩が次々と相手を見つけていくなか、自分は1いいねをもらうので限界だった。本当に惨めな時間だった。生まれてこなければよかったとも思った。母親から事あるごとに「アンタなんか産まなければよかった」と言われてきたが、こんな自分じゃそう言われても仕方がないよなと納得させられた。
欲しい、欲しいと思っているものに限って手に入れられないのは昔から同じ。高校時代の全国大会でも、大学受験でも、ラボ配属直後のテーマ決めでも、就活の会社選びでも、肝心なところでミスを連発してきた。平時にどれだけ努力を重ねても、土壇場でミスをしたら台無しになる。どれだけ勝負弱い男なのだろうか。どれだけ情けない人間なのだろうか。
誰かと一緒に生きていければいいなと思っていた。困ったときは互いに助け合い、大丈夫だよ、無理すんなよと言い合えるパートナーが欲しかった。週末には河川敷でレジャーシートを敷き、のんびり昼寝でもしてみたかった。子供も、授かれるものなら授かってみたかった。散々親に痛めつけられて育ってきた自分だから、子供のことは大切に育てられる自信があった。全部、自分には不相応な夢だったんだなと、理解した。
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誰にも愛されないなら、せめて誰かを生かしたい。
異性に振り向いてもらえないのは分かった。ならば、自分はこのクソッタレの社会に対して何ができるだろうか。私の取柄は健康すぎる身体。デート前に27km走る異常者だ。健康さが何に活きるかといったら、消防団か献血ぐらいのもの。消防は火事へすぐに駆けつけるから良いとして、今回は献血に行ってきた。
B2の7月以来、献血ルームへ足しげく通い詰めてきた。札幌駅の献血ルームに行ったら「あぁ、また来てくれたの~!」と看護婦さんから言われるぐらいには通った。広島でも変わらず献血を続けている。今回で69回目になった。銀色有功章をもらえる一里塚・70回到達まであと一回。ゴールデンウィーク中には達成できるかな。
会社員になって懸垂で上半身を鍛え始めたからか、献血にかかる時間がどんどん短くなってきた。学生時代より10分は早く終わっている。まだまだ短縮できそうな気がするので、懸垂を頑張ってみる。意外と四股の効果もあるかもしれない。鍛えた身体が社会の役に立つ。この世界でまだ生きたがっている患者さんの命を、オレたちが繋ぎとめる。

3月最後の土日は最高気温20度超。外国人観光客に混じって半袖デビュー。さすがにまだ早すぎたようで寒く、アームウォーマーで暖をとった。
気温が上がれば植物が目を覚ます。河川敷のランニングコース沿いに、白いスイレンが花を咲かせた。木々の緑も深くなってくる。心もち、海風が運ぶ潮のにおいも濃くなって、アプリ鬱を払拭する爽快な気分に包まれた。ああ、気持ちがいい。
SNSで桜の画像がどしどし上がってきた。広島にも桜前線がやってきたらしい。去年は広島城下と平和公園まで観に行ったが、今年はまだ五分咲きらしく、桜の本気を見るのは難しそう。だったら岩国の錦帯橋でも行くかと思って調べたら、こっちは三分咲き。私に満開の桜を見せてくれ。春空に咲き誇る桃色を愛で、「春だなぁ」と訳知り顔に呟きたいのだ。
ClaudeにSNSを調べてもらい、広島でいま満開の場所を教えてもらった。まだ五分咲きのところが多いなか、「観音神社のしだれ桜が凄いから、ぜひ見に行ってみて!!」と猛プッシュされた。そんなにすごいなら行ってみるかと、市電と徒歩で1時間かけて向かった。

すごかった。桜まみれだった。下に潜り込めば桜のカーテンで空が見えなくなるほど咲いていた。桜の木というより、花のほうが本体で、幹はただの骨格標本なのではないかと疑いたくなるほどの密度。
写真を撮ろうとカメラを構えたが、どこを切り取ったらいいか迷う。上を見ても桜、右を見ても桜、左もやっぱり桜。右には家族連れのおじいちゃん。風が吹くたび、花びらが数枚、くるくる旋回しながら落ちてくる。頭に乗る。肩にも乗る。払っても払っても降ってくる。もはや桜のほうからこちらを飾りつけにきている。花見にきたつもりが、桜に見られていたようだ。
幹の表面はごつごつと年季が入っている。毎年春になると全力で咲き、全力で散り、夏は知らん顔で緑をまとい、冬は枯れ木のふりをしている。あまりにもメリハリの効いた生き方である。会社の人事評価シートがあれば、目標達成率はつねに120%オーバー。上司が誰であろうとS評価を出すタイプの優等生桜。ドラゴン桜よりドラゴン然としている。自分もこうありたいが、たぶん難しい。
桜を見上げていたら、去年の今頃を思い出した。広島市内の桜並木を歩きながら、これから始まる会社員生活に胸を膨らませていた。膨らませすぎて破裂したのか、一年目は見ての通りの有様だった。仕事は思い通りにいかず、靭帯は損傷し、マッチングアプリでは大敗北。
自己採点30点の一年間を締めくくるのが、この桜でいいのだろうか。いや、この桜だからこそ、いい。しだれ桜は春が来たら咲き、嵐が来たら潔く葉を散らす。何十年もその繰り返しで、気づけば観光客が写真を撮りに来るほどの木になった。目標設定も職務経歴書もお構いなしに、淡々と根を張り続けてきた。
明日から会社員二年目が始まる。芸術点マイナス30からの巻き返しは、まずゼロに戻すところからだ。河川敷を走り、缶詰を食べて、ブログを書き、献血に行く。来年もここへ見に来よう。来年の自分が何点をつけているかは分からないが、少なくとも桜は関係なく咲いている。枯れ木のふりは冬まで取っておく。
春だなぁ。
一年目、これにて完結
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次作
~COMING SOON~

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