北海道大学が、好きです。
唐突にごめんなさい。私は北大で学部から博士課程まで過ごした人間でして、在籍年数だけで言えば八年になります。八年もいれば、母校に対する愛着は、もはや執着に近いものになっています。
卒業してからもうそろそろ一年経ちますが、ふとした瞬間に北大構内の景色が脳裏に浮かびます。夏のメインストリートとか、秋のイチョウ並木とか、冬の中央ローンとか、手稲山に沈む夕日とか。あー、学生時代は楽しかったなぁと、あの頃の思い出に浸ってしまうのです。
この記事は、私の北大に対する愛を100個に分解して、ひとつひとつ語っていこうという試みです。執筆にあたって、 北大受験100の理由 [リンク] という素晴らしいサイトを参考にさせていただきました。自分が受験生だった頃に何度も読み返していたサイトで、こうして書く側に回れたことに不思議な縁を感じています。
先人のサイトに敬意を払いつつ、八年間どっぷり浸かった人間にしか書けない視点で、オリジナルな記事に仕上げました。受験生の方はもちろん、北大に少しでも興味のある方に楽しんでいただけたらうれしいです。
それでは始めましょう。長いですよ。最後までどうかお付き合いください。
1. 「ほくだい」で全国どこでも通じる

大学を卒業して会社に入ると、出身大学を聞かれる場面が時々あります。そのときに「北大です」と答えると、まず間違いなく一発で伝わるのです。地方の飲み屋でも、取引先の会議室でも、散髪屋でも、「ああ、北大ね。北海道の」と返ってくる。
もっと言えば、たいていの場合「いいなぁ~」の一言がセットで付いてきます。会話のつかみとして非常にありがたい。大学の話だったはずなのに、いつの間にか北海道の話題に自然と広がっていくのです。
出身大学の話には偏差値の影がチラつき、どうしても自慢っぽくなりがちです。北大の場合は「寒かったでしょう」「ジンギスカン食べてた?」みたいな方向に流れてくれるので、変に気まずくなりません。大学名がそのまま会話の潤滑油になるって、なかなかおトクな属性だと思いませんか?
2. 明治から続く旧帝国大学

北大が旧帝大である事実について、在学中はほぼ意識しません。日常的に「我々は旧帝大の学生である」なんて考えている人がいたら、ちょっと距離を取りたくなります(気持ち悪いですよね)。ただ、旧帝大出身の肩書きが効いてくるタイミングが、いくつかあります。
たとえば、親戚の集まりです。お正月に帰省すると、おじさんおばさんの間で北大の話がやけに好意的に扱われます。”旧帝大”という響きには、特に年配の方にとって独特の重みがあるようで、「あら、すごいわねえ」とお年玉が増額されることもなくはありません。
もちろん、旧帝大本来の意義は学術的基盤の厚さにあるわけですが、親戚付き合いが円滑になるという副次的効果も見逃せません。学問の格とお年玉の増額を同時に手に入れられるだなんて、一石二鳥です。
3. 世間からの好感度がやたらと高い
大学のイメージ調査みたいなものが世の中にはたくさんありますが、北大は好感度が特に高い傾向にあります。偏差値ランキング的には東大や京大の後塵を拝するにもかかわらず、「なんとなく好き」「行ってみたい」という感覚的な人気では堂々たるポジションを占めている。
これには理由があると思っています。北大に対して嫌な思い出がある人がこの世にほとんどいないのではないでしょうか。
東京にある大学は、受験で苦しめられた記憶と結びつきやすいかもしれません。しかし、北大は多くの人にとって、綺麗な大学として認知されています。観光でキャンパスを歩いて「きれいだったな」とか、テレビでイチョウ並木を見て「いいところだな」とか、とにかく良い印象しか蓄積されないのです。
敵を作らずに好かれ続けるというのは、大学ブランドとしてなかなかの戦略です。意図してやっているわけではないところが、また強い。
4. 北海道内での存在感が圧倒的

東京には大学が星の数ほどあり、関西にも有力な大学がひしめいています。早慶上理とか、MARCHとか、関関同立とか、大学群を挙げ始めればキリがないほどたくさんありますよね。
一方、北海道に目を向けると、研究の総合力で北大に並ぶ大学は道内に見当たりません。よくも悪くも一強です。医療系では札幌医科大も強いけれども、総合大学だけを見ると北大がナンバーワン。
その結果として何が起きるか。北海道にまつわる学術的話題には、だいたい北大の名前が出てきます。地域政策、環境調査、医療体制、農業技術など、どの分野を覗いても北大の研究者が顔を出しているのです。
道民からの信頼も厚く、北大生だというだけでバイト面接は一発でパスするほど。バイト面接で落ちた北大生がいたら、よほどのことをやらかしたか、面接官がよほどの逆張り精神の持ち主かのどちらかでしょう。
5. 札幌農学校から150年、積み重ねの厚み

歴史が長いこと自体に意味があるのかと聞かれると、少し言葉に詰まります。古ければ偉いというものでもありませんからね。ただ、札幌農学校以来『150年』もの時間の中で培われてきた学問の蓄積は、やはり一朝一夕では手に入らない重厚さがあるように感じます。
私が在籍していた工学部の研究室にも、代々受け継がれてきた実験のノウハウや装置がありました。先輩が残したデータやメモが棚の奥から出てくることもあります。先代の蓄積があってこそ自分の研究が成り立っているのだなと気づき、歴史の厚みをリアルに感じました。ただ、棚の奥から出てきた先輩のUSBが、文字化けして読めなかったのには困らせられました。せっかくの叡智なのですから、バックアップまで取っておいてほしかったです。
キャンパスの古い建物や、博物館に並ぶ資料も同じです。自分がいま立っている場所に、何世代もの学生や研究者が同じように立って悩んだり考えたりしてきた。その積み重ねの上に、自分もいるのだと思えるようになりました。
6. ノーベル化学賞で世界に名を轟かせた
2010年、北大名誉教授の鈴木章先生がノーベル化学賞を受賞されました。
大学で化学を学んだ人間にとって、鈴木カップリングを知らない人はまずいません。有機合成の世界で日常的に使われているこの反応が北大から生まれた事実は、在学生や卒業生にとって確かな誇りになっています。
筆者は電気化学専攻の人間なので、鈴木先生の有機化学とは分野は異なりますが、同じ大学から世界を変える成果が出たと知ったときは心が震えましたよ。研究が思うように進まなかった時とか、論文がリジェクトされた日とか、苦しくて研究を止めたくなったときに「同じ北大から世界を動かした人がいる」と思えば、気持ちを持ち直せるのです。劇的なモチベーションアップとまではいきませんけれども、折れかけた心にテーピングするくらいの効果はありました。
7. 数多くの偉人を輩出してきた
北大の前身である札幌農学校からは、新渡戸稲造や宮部金吾といった、近代日本の代表的知識人が大勢巣立っています。
新渡戸稲造は、旧五千円札の肖像にもなった人物。世界に武士道をアピールし、日本文化の素晴らしさを広めた第一人者であります。宮部金吾は、日本の植物学の礎を築いた人物で、構内の植物園にもゆかりがあります。他にも、北大出身の偉人はたくさんいらっしゃって、博物館に行けば詳細を知ることができます。
先人たちの業績を知ると、自分が学んでいる場所の重みを改めて感じます。同じ大学の後輩として、少しでも恥ずかしくない研究をしなければと身が引き締まる。引き締まりはしたのですが、私の研究がその基準を満たしていたかどうかは、末代まで秘密にしておきたいところです。
8. 漫画「動物のお医者さん」の舞台モデルとして広く親しまれている
佐々木倫子先生の『動物のお医者さん』は、北大獣医学部がモデルとされる漫画。連載は1987年から1993年。私が生まれる前の作品ですが、北大に入ってから読みました。そしてなるほどと思いました。この漫画に描かれている空気感、つまり広大な構内でマイペースに過ごす学生たちの日常は、時代が変わっても北大の中に残っていたからです。
動物のお医者さんの影響力はすさまじく、連載後に獣医学部の志願者が急増しました。漫画一本で大学の志願動向が変わるというのは相当なことで、北大の知名度向上に漫画が果たした役割は、大学の広報部よりも大きかったのではないでしょうか。フィクションの力で実在の大学が輝くだなんて、素晴らしいことです。北大広報部は足を向けて寝られないでしょうね。
9. 旧帝大の中では入試の門戸が広い

旧帝大に入りたい。でも東大や京大はさすがにキツい。そんな受験生にとって、北大は希望の光です。旧帝大の中では入試難易度がおとなしめなのは周知の事実で、「頑張れば届くかも」と思わせてくれる絶妙なラインに位置しています。
しかも、北大は後期日程の募集枠をきちんと確保しています。前期で他大学に特攻して散った受験生に、もう一度チャンスが巡ってくるわけです。実際、私の周りにも後期入学の友人が何人もいましたが、みんな飛び抜けて優秀でした。前期でどこを受けたかなんて、入学してしまえば誰も気にしませんから安心してください。
合格に必要な努力量に対して得られるリターンを考えると、北大は旧帝大の中でもコストパフォーマンス抜群な大学です。入ってしまえば教育も研究も一級品。入りやすさに対して中身が濃すぎる。投資で言うところの割安優良高配当銘柄みたいな場所です。
10. 「やっぱり違った」が許される総合入試
高校生の時点で将来やりたいことが明確に決まっている人って、どれくらいいるのでしょうか。なんとなく理系かな~くらいのぼんやりした方向性だけで受験に臨む人が大半ではないかと思います。少なくとも、私はそうでした。
北大の総合入試は、そんな迷える若者にぴったりの制度で、学部を決めずに入学し、一年間の教養課程を経てから進路を選べます。実際に講義を受けてみてから自分の適性を見極められるのは、かなり心強い。
私自身も総合入試理系枠で北大に入りました。当初は農学部志望だったんですが、いつの間にか工学部材料系志望になっていました。同期の中には「最初は工学部志望だったけど、講義を受けて理学部に変えた」なんて人も。
18歳の判断に人生を丸ごと賭けなくていい仕組みは、優しさでもあり、合理性でもあります。「やっぱり違った」が許される大学は、なかなか貴重ですよ。

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