広島生活春夏秋冬vol.5 一年目・8月前編|傘の下は北海道! 夜空にクマを打ち上げ、GPT5に絶望。広島駅から市電が出てきた

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日傘

広島の夏はあまりにひどい。暑すぎる。涼しい瞬間が一秒たりともない。

私の体温は平熱が35.5度。広島はここ最近ずっと、最高気温が35度近く。身体の中よりも外の方が暑くなる日も多い。化学ポテンシャル勾配に乗って、熱が外から内へ半無限に拡散してくる。細胞がひと粒ずつ確実に焼き尽くされていく。もう、本当に勘弁してほしい。

肌が露出している部分は真っ黒になった。街中ではよくケニア人とよく間違えられる。同志がスワヒリ語で話しかけてくるが、もちろん、ちょっと何を言っているのか分からない。

気温の高さは言うまでもない。暑いなりに冷静に考えてみると、札幌より五度しか高くない。35 ℃は308 [K]。30 ℃は303 [K]。絶対温度で比べれば2 %弱の変位。ギャーギャー騒ぎ立てるほどの差ではない。博士課程時代を思い出せ。おそらく、あのときの方が辛かっただろう。オックスフォードよりかは百倍マシ。

いや、そういう問題じゃない。広島は暑い。博士課程の辛さとは次元が違う。

広島を ぶちあつ たらしめているのは「湿度」。札幌比で+20~30 %ある。外に出た瞬間、息が詰まる。喉の奥に透明で不可視で粘着質なトンデモ迷惑な膜が張り付いたようになる。広島の路上は蒸し風呂のよう。どこの誰が公衆サウナなど備え付けたのか。

銭湯や旅館の温泉に行ったとしよう。屋内・屋外問わず湯船に浸かる。私は何があってもサウナにだけは入らない。サウナの存在は、ディズニーランドと同じぐらい訳が分からない。どうしてわざわざ身を危険にさらさねばならぬのか。サウナ室は80度ある。木の椅子に座り、汗をダラダラ流す。目をつむり、体細胞を壊していく。何なのか、あの人たちはマゾヒストなのか。いや、マッドサイエンティストなのだろう。扉を開け、開口一番「整ったー…」と。それ、仮死状態ですから。死ぬ間際だったんだよ。

ディズニーランドもサウナも同じである。ゲートを抜けるとみな「うわぁ~、夢の国だー!」と笑顔になっているけれども、いったん深呼吸して考えてみてほしい。まともな神経をしていて、なぜワンアトラクションへ3時間も並べるのか。そもそも、なぜ”夢をお金で買える”と勘違いしているのか。ディズニーランドのゲートには、思考回路を麻痺させる特殊ビームが備え付けられている。ゲートをくぐった瞬間、頭が仮死状態に陥り、パラダイスモードになってしまう。

広島の屋外はサウナに近い。最近は陽炎が立っており、目の前の景色が絶えず揺れている。

勤め先はSHUCDEC(スーパー・ハイパー・ウルトラ・超・どんだけ・エクセレントカンパニー)。いくら弊社がSHUCDECとはいえ、週に二度か三度は出社しなければならない。家から最寄り駅まで日本晴れのなか、ほふく前進で50分。懸垂で腕力を高めてきたけれども、これ以上の時間短縮はなかなか難しい。ついに、ほふく前進から二足歩行に切り替えた。それでも駅まで20分はかかる。外を20分も歩いたら、着ているポロシャツがびしょ濡れになる。

暑さをしのぐヒントを街中に求める。広島にお住いの健康で文化的で善良な市民たちを遠方から観察する。

なんと、彼らは傘をさしている。雨も降っていないのに傘? いったいあの人たちは何と闘っているのだろうか。質問したら、きっと「太陽が眩しかったから」と返ってくるだろう。アルベール・カミュの異邦人を思い出すな。ああ、私はもうすぐこの人に撃たれるのか。もう少しこの世でやりたいことがあるのだけれどもな。

最初は新種の筋トレかと思った。あまりに傘をさしている方が多いものだから、筋トレ以外と考えるのが妥当かなと感じた。となると、もしかして、ひょっとして、はたまた、いやいや、待った待った、あれあれ、どすこい、「日傘」だろうか。傘って、晴れでも差していいんだ。出番は雨の日だけだと思っていた。

暑ければ太陽から身を隠せばいい。日光が遮られるだけで体感温度はずいぶんマシになる。そうだよな。単純に考えれば、それが妥当だよな。かつて、天照大御神は天岩戸にこもった。私もそれを見習わせていただく。私も本当なら家の中にこもりたい。SHUCDECの社員なので、家にこもってばかりではいけない。家ではなく、傘の下にこもる。日光のマシンガンから退避する。太陽が嫌なら太陽を食べればいいじゃない。マリー・サントワネット戦法を採用する。

アパートを出た瞬間から差してみた。晴れの日に傘。圧倒的な違和感があったが、あまりに涼しいのには驚かされた。傘の下には札幌が広がっていた。傘から一歩出れば広島、傘の下はもう北海道。傘のおかげで、家から最寄り駅まで汗をかかずに行けた。

心なしか、オフィスワークが楽に感じる。タイピングの手が止まらない。ああ、大量に打ち間違えている笑。

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