博士課程は茨の道として知られています。修士までと違い、成果を出して初めて修了が許される究極の縛りプレー。
私自身、研究が好きで博士課程に進んだはずなのに、気づいたら研究が嫌いになって研究者の道を断念していました。博士課程の二年間は本当に大変だったし、辛かった。終わってホッとしています。
では、博士課程のいったい何がそんなに辛いのか。研究そのものの難しさはもちろんありますが、それ以上に寂しさがボディブローのように効いてくるんですよ。パートナーでもいれば話は別ですが、基本的にはひたすら孤独と戦う日々が続きます。
博士課程の寂しさって、一種類じゃないんですよ。いろんな方角から忍び寄ってくる。自分が二年間で味わった寂しさを、振り返りながら書いてみます。
かめそれでは早速始めましょう!
同期がみんな就職していなくなった


学部から修士へは、ほぼ全員がエスカレーター式に進学しました。進学率は80〜90%で、もはや進学する方が当たり前です。
ところが、修士を出た瞬間、大半の人間は役所や企業へ散っていきます。博士へ進む人は10%未満で、私の専攻では42人中4人しか博士進学しませんでした。つまり38人が一斉にいなくなったわけです。
修士課程の頃までは、同じフロアに専攻の同期がわんさかいました。顔を合わせるたびに挨拶して、廊下で5分ぐらいの雑談をして、研究室に戻ったらまた誰かと喋って。何気ないコミュニケーションが天然の息抜きになっていたんですよね。楽しかったですよ、修士課程までは。
博士に進学した途端、フロアの同期は、同じ研究室で博士進学したヤツ一人きり。日常的に話せる仲間の数が激減して、今までどれほど周りの人に助けられていたかを痛いほど思い知りました。博士課程は。本当に寂しかった。何でもいいから誰かと喋りたい。猫とでも喋りたいぐらいの飢餓感がありましたね。
学生部屋には自分より年下しかいない


自分の周りには、学生自体はちゃんといるんです。年次を重ねるにつれ、いなくなった同期と入れ替わるようにして後輩が研究室へ配属されてきました。研究のことで話しかけてもらえる機会も増えて、おかげで孤独感はずいぶん和らぎました。
先輩の自分に臆することなく色々と尋ねてきてくれた後輩たちには、心から感謝しています。でもね、やっぱり寂しいんですよ。いわゆるジェネレーションギャップってやつです。
私は大学受験で浪人してから研究室に入りました。D2のとき、自分は27歳だった。一方で、同じ年にB4として配属されてきた学生たちは22歳。同じ学生なのに、なんと5歳も離れているんですよ。
5歳も違えば、普段聴いている音楽も、好きなYouTuberも、何もかもが違います。後輩たちのほうが圧倒的に流行に敏感で、次から次へと新しいものに飛びついては自分をアッと驚かせてくる。一方の私はやや古いもの好きで、座右の書は旧字体の夏目漱石全集、好きな歌手はZARDと松田聖子さん。正直、自分の先輩にあたる30代の方々とすら趣味がズレまくっています。そんな人間が後輩の趣向を理解できるか。まぁ無理ですよね。
後輩同士が楽しそうに盛り上がっている横で、コイツらはいったい何を言っているんだろう。。。と寂しく首をかしげる毎日でした。
研究に打ち込みすぎて恋人ができない


博士学生の仕事は研究です。研究を愛し、研究に愛されるぐらいの覚悟があって初めて修了にたどり着けます。博士論文の提出要件を満たすために、毎日ひたすら研究する生活が続くでしょう。
本気で研究する学生にとって、土日は平日の延長に過ぎません。私が入り浸っていた研究棟には、自分以外にも土日に出入りする院生の姿がちらほら見えました。彼らの姿勢こそ学生本来の姿。テレビに出てちやほやされている東大生は、ただのコメディアンですよ。学生ではありません(ただの愚痴です)。
博士学生のうち、恋人がいる人の割合は半数未満です。本気で研究に没頭していたら、新しく恋人を作る時間を捻出するのは至難の業でしょう。学部や修士のうちにできた恋人を大切にするのが最善手。博士の間にゼロから恋人を作ろうにも、時間的にも体力的にも厳しいから。少なくとも自分にはハードルが高すぎました。
一応、彼女を作ろうと試みたんですよ。M2からD1にかけて、一年間マッチングアプリをやってみましたが、マッチング数はゼロでした。恋愛市場における自らの価値を思い知らされてショックを受けた一年間でした。最高の自己分析ツールですね、マッチングアプリって。素晴らしい社会勉強になりました。
博士学生にとっての恋人は研究です。博士課程を通じて、研究そのものを愛する思考回路になっていきます。ただ、悲しいかな、研究はツンデレなんですよね。上手く進んでいるかと思ったら進捗がパタッと止まり、コチラ側を悩ませにかかる。おまけに、研究の側から我々へプレゼントしてくれるのは、やり甲斐ぐらいのものでしょう。時間や気力を湯水のごとく注ぎ込んでの自傷行為、いや、求愛活動です。
博士課程で同じ投稿論文の四回連続リジェクトを経験し、自分の唯一の恋人だった研究そのものを嫌いになってしまいました。自分の二年間って何だったのだろうかと、深く気分が沈みました。たまらなく寂しかったですね。
世間に博士課程の存在が認知されていない


世間で”大学院”といえば、修士課程を指します。世の中の大半の方は、大学院は修士で終わりだし、二年間で出られるものだと思っています。でも、実は修士課程の先もあるんですよね。博士課程っていう所があるんです。大学関係者ならご存じでしょうが、普通の人はそんなの知りませんよ。
博士課程の認知度は限りなくゼロに近い。修士を出たらすぐに大学教授になれると勘違いしている方すらいらっしゃるレベル。博士学生がいる研究室出身の学生ぐらいしか、博士課程の実態を把握していないのではないでしょうか。
認知度が低い分、博士課程での営みを誤解している方もいらっしゃいます。博士課程を遊ぶところだ、モラトリアムの延長だ、と捉えている方がおられるようで。あれほど苦しいモラトリアムって無いですよ笑。遊んでみたらいいじゃないですか笑、オーバードクター一直線ですから。博士課程は研究を行う場所という認識がもっと広まってくれればと切に願っています。
D1の夏、祖母の葬儀に参列したとき、親戚から「遊べていいね」「いい御身分ですなぁ」とからかわれました。ムカつく以前に、寂しかったですよ。あぁ、自分たちの存在って、世間から認知されていないんだなぁ…と。
修士と博士の初任給が同じ企業がある


近年、博士人材を企業で活躍させようとする動きが広がってきました。博士学生やポスドクの採用数がどんどん増えてきています。博士を取ったら就職に困る、なんて遠い過去の話で、いまや博士人材は引っ張りだこです。
研究をきちんとやってきた学生は職にありつける時代になりました。自分自身、就活を始めて一か月で大企業から内々定をいただいたんですよ。実動期間はわずか二週間で、こんなにアッサリ決まるとは予想していませんでした。
博士人材はメーカーが積極的に採用しています。企業が世界と戦っていくうえで不可欠な研究開発力を高めるために、です。グローバル化に伴い、会社のライバルは無数に出現しましたから、厳しい生存競争を勝ち抜くために、絶えずイノベーションを起こして新しいものを作り続けるしかないのです。その点、博士人材は大学院で新しい知見を生み出してきた人間であり、成果の出し方を体で覚えています。R&D部門に登用すれば、企業にとって大きな力になるでしょう。
日本では博士人材採用の機運が高まってきました。一方で、博士学生の初任給が修士学生と同額に設定されている企業はまだまだ多く存在します。学位の価値を給与に反映する気はあるのか、と疑いたくなりますね。
苦労して学位を取っても、修士卒の同期と給与が同じだったら虚しくなりませんか。商社やIT業界をはじめ、学部卒と大学院卒の初任給を同額にしている業界すらあります。高学歴なら仕事で成果を出してくれ、給与を上げるかどうかはそれから考えよう、という意図なのかもしれません。ちょっとよく分かりませんよね。出世払いなんかされてもね、って感じ。
こうして振り返ると、学位って何なのだろうかと考え込んでしまいます。ホント、何なのでしょう。世界規模に発達した教育ビジネスでしょうか。
最後に
博士課程の寂しさは、研究の厳しさ以上に心を蝕んできました。ここまで紹介した5つの寂しさを改めて並べてみま振り返って気づいたんですが、博士課程の寂しさって、全部自分の選んだ道を理解してくれる人が周りにいないことに行き着くんですよね。
同期は就職して消えた。後輩はいるけど世代が違う。恋人を作る余裕もなく、世間には存在すら正確に把握されていない。学位を取っても給与明細には反映されない。どの方角を向いても、自分がやっていることの価値をわかってくれる人間が見当たらない。寂しさの正体は、たぶんそこにあります。
修了して会社員になった今、博士課程の二年間を振り返って思うんですよ。寂しかったなぁ、と。で、会社に入ってからも博士卒の同僚にはまだ出会えていません。寂しさは形を変えて、ちゃんと続いています。
ただ、寂しさの正体がわかっているのといないのとでは全然違います。漠然と「辛い、しんどい」に飲み込まれていた博士課程の頃より、今の方がずっとマシです。自分が何に苦しんでいるか整理できていれば、寂しさに対する構え方も変わりますから。




















コメント