【研究室生活】なぜM1はあれほどまでに忙しいのか

北大博士課程を一年短縮修了し、地元の民間企業へUターン就職しました。

ふと大学院時代を振り返ってみたとき、ダントツで修士1年次(M1)が一番忙しかったなぁと感じました。今も会社員として毎日働いているわけですが、M1の頃に比べれば遥かに余裕があります。むしろ定時で帰れる日は天国ですよ、本当に。

この記事では、なぜM1時代があれほど忙しく感じられたのかを考えてみます。

  • 目が回るほど忙しいM1の方
  • M1の頃より余裕が出てきたM2以上の学生

こうした方々にピッタリな内容なので、ぜひ最後までご覧ください。

かめ

それでは早速始めましょう!

目次

講義と就活と研究とゼミの四方面作戦を遂行するから

M1時代が忙しく感じられた最大の理由は、身にのしかかる仕事の量が尋常じゃなかったためです。講義、就活、研究、ゼミ。どれも疎かにできない4つの仕事を同時並行で処理しなければなりませんでした。今思えば、よくあんな生活をしていたものです。

講義で手を抜けば良い成績を取れず、100万円、ないし200万円を懸けたJASSO奨学金返済免除レースで出遅れてしまいます。私自身、うっかりレポートを一つ出し忘れ、「優」を取れるはずだった講義で「良」を取り、全額返済免除を逃してしまいました。一つのレポート忘れで数十万円が消えたわけです。笑えます。いや、笑えません。

最悪の場合、単位を落とし、M2になってもう一度取りに行く羽目になります。あまりに代償が大きすぎる。だから講義は絶対に手を抜けません。

次に就活。サマーインターンへの申し込みが始まるのは5〜6月ごろでしょうか。業界研究、SPIの受験、エントリーシートの執筆などで時間が溶けていきます。自分の今後数十年の未来がかかっているだけに、真剣に取り組まざるを得ません。冬になったら本選考の準備で目の色が変わります。

私自身は博士進学しましたが、実はM1の2〜3月に一度就活を経験しています。最終的には関西の中小企業一社から内定をいただきました。就活にどれだけ多くの労力を割かねばならないか体感し、ものすごくキツくて苦しかったのをよく覚えています。かといって将来が懸かっているからどうしても手を抜けないんですよね…。ちなみに今、その時の就活経験が多少役に立っているかというと、まぁ微妙なところです(笑)。

そして研究。修士論文を書いて提出するため、コンスタントにこなしておく必要があります。講義や就活のスケジュールを見越して実験・解析データを取り貯めておく。研究が袋小路に陥ったときは、忙しいなか「どうやったら上手くいくんだ…」と頭を抱え、苦境の打開を図らなければなりません。

就活が忙しいからと研究室へ行かなければ、指導教員との信頼関係が崩れ、学位取得に影響が及びかねません。よって、研究を怠けることは不可能なのです。会社員になった今なら「有給取りま~す♪」で済む話なんですけどね。

最後にゼミ。定期的に訪れる自身の発表回に向け、着々と準備を整えなければなりません。論文選び、スライド作成、そして発表練習などを重ねます。手を抜いたらゼミが炎上し、自身や周りへ心理的ダメージを負わせて大損害を及ぼしますから、サボりたくてもサボれません。

M1時代、個人的には学会よりもゼミ発表の方が遥かに緊迫感のあるイベントでした。学会は外部の人なのでまだ優しいんですよ。ゼミは身内だからこそ容赦ない。

M1は、上記4つの仕事を高次元で両立させる必要があるのです。そりゃ忙しいに決まっていますよね。

「今の能力のままM1に戻れ!」と言われても絶対に嫌です。両立できる気が到底しません。しんどいながらも研究だけに集中させてもらっていた博士時代の方が遥かに楽でした。そして今、会社員として働いている方がもっと楽です。少なくとも休日はちゃんと休めますから。

「お客さん」から「実働部隊」へ格上げされるから

B4からM1に昇級したとき、研究室での扱いが「お客さん」から「一兵卒」に変わりました。もてなされる側からもてなす側へ、先生らの手先(実働部隊)として見なされるようになったのです。B4時代には経験したことのない仕事が新たに何個か追加されます。私の場合、ティーチング・アシスタント(TA)業務研究室運営係の2つが追加されました。

TA業務とは、講師の代わりに学部生の講義を担当する仕事。学生から質問があれば可能な範囲内で回答し、小テストや演習問題の丸付け、点数の集計も行います。私が在籍していた当時、北大は修士学生で時給1,200円、博士学生は時給1,300〜1,400円ほどいただけました。

お金をもらえるのは有難いことです。ですが正直、賃金が業務量に見合っているとは思えません。演習答案の採点など、時間外労働することもあるにも関わらず、時間外労働分の給料は出してもらえません。会社員になった今、これが完全にアウトな労働環境だったことがよく分かります。まぁ、大学という組織の闇ですね。

TA業務に携わる時間の分だけ、講義・就活・研究・ゼミをこなせません。TA業務が日々の忙しさに拍車をかけているのは言うまでもないでしょう。

その他の仕事と比較して負担は軽いながら、研究室運営に関する諸々の仕事がM1に任されます。私はサイト運営係を任されました。本業ブロガーのスキルを活かせたおかげで、この仕事の負担は軽かったです。

まだ「忙しさ耐性」が育っていないから

実はM2以降も、M1と同じぐらい忙しいのです。内定した企業とのやり取り、研究の本格化、引き続き回ってくるゼミ発表に向けた準備など、こなすべき仕事の総量はM1時代と大差ありません。しかし、M1の頃より体感的な忙しさは幾分マシ。

このトリックのカラクリは 忙しさ耐性 にあると考えられます。M2にもなると、研究室で三年過ごしていますから、忙しさ耐性が高まっているのです。また、M1時代に忙殺されたおかげか、心がしっかりと鍛えられています。たとえ仕事に追われても(まぁ、そんなものだろう)と状況をすんなり受け入れてしまえる。心がしなやかになったのか、それとも感覚が麻痺して忙しさを感じなくなったのか…

いずれにせよ、M2時代に感じるゆとりの一因は、忙しい状態に慣れてしまうことにあります。いまM1の方はM2になったら楽になるので、もうひと踏ん張りしてください。そして会社員になったらもっと楽になります。少なくとも私はそうでした。まぁ、配属先次第ではありますが。

学振DC1内定に向けた研究のため

博士進学を決意した方の場合、M2の5月中旬申請の学振DC1に内定したい方が多いはずです。DC1内定を手繰り寄せるため、一つでも多く研究業績を稼ごうと血眼になっている人も多いでしょう。M1では、限界寸前まで研究に打ち込み、学会発表・受賞や論文出版に向け、徹底的に己を追い込んでいく。そりゃね、忙しいに決まっています。自分で自分の首を絞めにかかっている状態なのですから。

私自身も学振DC1内定のために、M1では働いて働いて働いて働いて働きまくりました。土日もおかまいなく研究室に通い、周囲からの制止も振りほどいて研究を進めていった。いま思えば、よくあんなに頑張れたものです。若さゆえの無謀さだったのかもしれません。

忙しい状態が半年ほど続くと、やがて「忙しい」を著しく逸脱した領域に達するでしょう。人間って不思議なもので、忙しくなりすぎると、もう忙しく感じないんです。忙しいのが当たり前なので、「忙しい? 何を今さら」と軽く考えられるようになります。「慣れ」とはまた質が異なるのです。解脱状態、人間を超越して悟ってしまった段階、とでも申しましょうか。

ただし注意点があります。追い込めば追い込んだ分、手を緩めたときの反動がキツくなります。学振DC1の申請を終え、忙しさから解き放たれた途端、悟りの境地から人間界へと引きずり戻されるでしょう。トランス状態が解けてしまうと、心が業務負担を受け止め切れず、身体へ異常をきたす場合があります。

現に私自身、M2の8月にストレスで喀血してしまいました。追い込むまでは良かったのですが、追い込みすぎて、身体のキャパを越えてしまったのです。(昔みたいにはもう頑張れないのだな)と察すことになりました。以降、自身が研究に挑むペースを考え直す契機となりました。会社員になった今、あの時無理をしすぎなくて本当に良かったと思っています。身体は自分に一つしか与えられていない貴重な資本ですから。

最後に

研究室生活で大学院修士課程1年次(M1)の時が一番忙しく感じる理由は以上です。本文にも書いたように、M1からM2になった途端に楽になるので、いま本当に忙しくてたまらないM1の方も、どうかM2まで辛抱してみてください。

そして会社員になったら、さらに楽になる可能性が高いです。少なくとも私はそうでした。定時退社できる日があるだけで幸せを感じられるようになりますよ。M1時代に鍛えられた忙しさ耐性のおかげで、今の仕事もなんとかこなせています。あの時の苦労は無駄じゃなかったんだなと、今では思えるようになりました。

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