北大博士課程を一年短縮修了し、地元の大企業へUターン就職しました。
学位審査会の前って緊張しますよね。私も学位審査へ臨む際は普段よりも体が固くなってしまいました。ゼミや学会での発表は失敗しても痛手を被りません。せいぜい冷笑されるぐらいで済む。学位審査でやらかしたらアウト。予備審査会でやらかせば半年が追加され、公聴会でヘマをすれば博士課程をやり直しになるでしょう。
博士候補生にとって公聴会は最終関門。最後にして最も大きな試練。不安を抱いて当たり前。怖気ずく気持ちも痛いほど分かる。そこでこの記事では、公聴会を前に不安を抱く博士候補生へエールを送らせていただきます。学位審査へ臨む方にピッタリな内容です。ぜひ最後までご覧ください。
かめそれでは早速始めましょう!
大きな不安は努力してきた証


そもそも、我々は公聴会を前に、なぜ不安を抱いているのでしょうか。何を質問されるか分からないから?ひょんなことで大炎上しないかと懸念しているから?”落ちたらどうしようか”と考えてしまうから?きっと様々な要因があるでしょう。全てに共通していることが一つあります。
我々が不安を抱くのは、努力が報われるか分からないから。喉が枯れるまでプレゼン練習をした。専門書を何冊も読んで質疑対策をした。学位審査を乗り越えるべく自分なりに精いっぱい努力してきた。それで失敗してしまったらどうしよう、と思うわけです。
博士課程を歩んできた皆さんならご存じのはず。努力が”必ず”報われるとは限らない、と。
頑張って申請書を書いても学振DCに内定するとは限りません。一生懸命練習しても学会で講演賞をもらえるとは限らない。論文だってそう。自己評価的に最高点の出来でもリジェクトされるケースがあるでしょう。研究は努力が報われにくい世界。結果だけが問われるシビアさがありながらも、取り組みが成果へ容易に結びつかぬ難しさをはらんでいます。学位審査だって同じ。努力が100%報われるとは限りません。
不安を抱いて戦慄している方にメッセージを送ります。ここまで頑張ってきた自分を褒めてください。
不安は、不安を抱けるほどたくさん努力してきた人間にしか抱けません。不安に苛まれる人間は間違いなく努力家です。どうでもいいと思っているイベントだったら緊張すらしないでしょう。公聴会は、皆さんの人生を左右する重要なイベント。我々はそこに向かってありったけの自己資本を投下して頑張ってきました。だから(努力が報われなかったらどうしよう…)と不安になれるのです。不安になれるほど頑張れるってすごいことですよ。一つのことに集中して打ち込めるだなんて本当にカッコいいです。
不安をネガティブに捉えないでください。不安とは、皆さんが努力してきたことの証拠なのですから。
落ちないよ、大丈夫


博士候補生の皆さんに朗報です。安心してください。公聴会まで進めばほぼ落ちません。
我々は公聴会へ進む前までにいくつかのスクリーニングを受けてきました。
まずは大学院試験にて妥当な研究計画を立てられるか見られたでしょう。次に中間報告会で研究進度のチェックを受けています。その後、学術論文をいくつか投稿して博士論文提出要件を充足する。D論を仕上げて予備審査会へアタック。きっと見るも無残なほどボコボコに詰められたはず。
ここまでの試練を全て乗り越え、最後に向かえるのが公聴会。公聴会に挑めるのは試練をくぐり抜けてきた「選ばれし者」だけ。そして、あなたは選ばれし者です。なぜなら、近いうちに公聴会へ臨むから。
我々が公聴会に臨めるのは、D論の主査と副査から”コイツなら公聴会を乗り越えられるはず”と見なされたから。研究能力や議論能力が一定水準に達しているからGOサインが出ています。皆さんには公聴会を突破する力がある。皆さんの前には公聴会が待っている。きっと最後の試練だって乗り越えられるでしょう。何といっても主査と副査のお墨付きなんですからね。あの人たちが大丈夫だと言っているなら大丈夫。
公聴会を前に不安が募る気持ちは分かります。公聴会でやらかしたら博士課程をやり直しになりますからね。ただし、さほど不安に思わずとも構いません。現に日本の大学院へ通う博士候補生の99%は公聴会をパスしているのです。真面目に頑張ってきたあなたなら問題ありません。最後の試練を軽く飛び越えてやりましょう。
ディフェンスじゃなくてオフェンスだから


公聴会は『ディフェンス』と呼ばれています。日本でも海外でもそう呼ばれている。何を守るのか。学位を守るのです。今にも手が届きそうな「学位を授与される権利」を死守するのです。
人間がネガティブな気持ちになるのは、たいていは受け身になっている場面。「○○されたから辛い」とか「○○されるのが怖い」とかいった風に、自らへ何らかの災厄が降り注ぐのをおそれて負の感情に苛まれます。学位審査も同じですね。「学位を守り切られなかったらどうしよう」と思うがゆえに不安が募る。学位審査は受け身にならざるを得ません。なんせ、我々は”被”審査者ですから。
当サイトでは公聴会を『オフェンス』と呼びませんかと提案しています。ディフェンスじゃありません。その逆のオフェンス。
我々が喉から手が出るほど欲しい博士号は、学位論文審査会のメンバーが大切そうに抱えています。彼らから学位を奪取してようやく学位を得られるのです。学位は守るものというより攻め取るもの。我々の元にまだ学位はありません。審査会から奪い取って初めて博士を名乗れます。学位を守るのは先生側。我々学生は攻撃サイド。したがって、公聴会は『オフェンス』の呼称が適切でしょう。皆さんもよろしければ公聴会を”オフェンス”とお呼びください。
皆さんには守るべきものは何もありません。博士号を「攻め取る」意識を持ってください。学位論文審査会で圧巻のパフォーマンスを見せることに集中しましょう。プレゼンと質疑対策だけに意識を向けるのです。良い講演は良い準備から。博士号奪取は意識改革から始まります。
最後に
公聴会へ臨む皆さんへ僭越ながらエールを送らせていただきました。
公聴会は、新博士爆誕のお披露目イベント。一生に一度の大イベントを心ゆくまで楽しんでください。多少やらかしてもパスできますよ。ここまで努力してきた自分を誇りに思いましょう。失敗をおそれず、攻める意識を持ち、最後まで走り抜けていただければ幸いです。


















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