北大博士課程を一年短縮修了して、地元の大企業へUターン就職しました。会社で働き始めてもうすぐ一年が経ちます。
最初は、日系企業独特の雰囲気に戸惑い、なかなか馴染めませんでした。働いていくうちに少しずつ慣れてきて、今では会社の一員として仕事を進められるように。しかし、胸中には未だにモヤモヤがあります。割り切りたくても割り切られない。考えたくなくてもつい考えてしまう。そうした悩みが頭の一部を占め、大学院時代の最高出力を発揮できないでいる毎日です。
私がいま抱えている悩みは、博士号ホルダー独特のものです。博士号さえ持っていなければ、これほど苦しむことは無かったのではないでしょうか。院生時代は博士号を取れば楽になると思って頑張ったのに、博士号を取ったことで余計に苦しむことになるとは思ってもみませんでした。
この記事では、博士号をとって企業に入ったあと、吐きそうになるほど悩み苦しんだことを話します。博士進学の検討を加速中の方や、現役博士学生の方にピッタリな内容です。ぜひ最後までご覧ください。
かめそれでは早速始めていきます
代替可能な歯車になってしまった
博士課程では24時間を研究に費やせました。世界で自分だけのテーマを定め、自分にしか発揮しえない独創性でもって課題解決を試みる毎日でした。そう、博士課程での営みは『オリジナル』だったのです。
研究は誰の模倣でもありません。自分にしか取り組めない仕事なのです。大学院では、各々のテーマに対して好きなだけ注力することが許されます。おまけに、成果創出にあたって、どのようなやり方を用いても構いません。誰かと一緒に働いてもいい。課金してAIを使ってもいい。私にとって大学院生活は文字通りパラダイスでした。
もちろん、辛いことも多かったですよ。論文が何度もリジェクトされたり、何年間もかけてお金をためて向かった留学先で酷い目に遭ったりしました。
それでも、毎日が輝いていました。というより、生きている実感がありました。自分が自分のために全精力を注ぎ、日に日に成長していく手ごたえがあった。辛いなかにもやり甲斐があって、思考を止めたくても止められない。博士課程の最後の方は、修了して大学院を離れてしまうのが悲しかったぐらいです。最高の大学院生活を送らせてくれた指導教員や北大には感謝しています。
翻って、いまの会社員生活はどうか。正直言って、毎日がモノクロームです。面白くしようと思って工夫してみても、あまり面白くなりません。会社で過ごす一分一秒が、昔と比べてあまりにも長く感じられます。この生活をあと30年近く続けるのか……と思うとゾッとしますね。
会社が悪いのではありません。あくまで自分の感じ方が悪いのです。
会社員になって以降、組織から割り当てられたタスクを機械的に片づけていっています。日々の業務は、思考というより、処理なんですよね。頭の表層ばかり使っていて、奥深くまで使えている感覚がありません。業務にオリジナリティーは不要です。むしろ、中途半端なオリジナリティーなど無い方がいいぐらい。会社の開発現場は、速さと慣れと要領の良さと従順さが貴ばれる場所ですから。
博士課程までは世界で自分だけの仕事に没頭していました。博士課程以降、誰にでもできる仕事を回す知的有機物と化しました。私の代わりなど幾らでもいます。所詮は数万人いる従業員の一員に過ぎませんから。私が抜けても組織は何の問題もなく回っていくでしょう。現に、自分が入社する前も、会社は何ら異常なく動いていたわけですから。
博士課程までは、自分が止まれば研究も止まる世界でした。自分の存在価値を噛みしめ、充実感を持って日々を過ごせていたのです。会社員になってからは、自身の存在の軽さを思い知らされています。これまでは代替不可能な存在だった。そんな自分が、わずか一年で代替可能な部品になってしまった事実を、未だに受け入れられずにいる今日この頃です。
博士号の価値を感じられない
博士号を取るのに要した労力は、修士号取得の10倍以上でした。研究時間も、研究のために疲弊したメンタルも、修士のときより何倍も多く・深かったです。
自分は博士課程を一年早期修了しました。大半の学生が三年かけて修了するところを二年で修了したのです。飛び級にあたって、通常の要件の二倍にあたる論文出版数が必要になります。普通より短い期間でより多くの成果が求められ、朝から晩まで、週末などお構いなしに研究していました。おかげで、二年間で顔が一気に老け込んでしまった。辛すぎて、うつ病の半歩手前まで行きもした。それでも、博士号取得のためにと、研究の手を緩めることはありませんでした。
苦労して取った博士号。学位授与式で学位記を受け取ったとき、感極まってつい涙がこぼれました。
さて。博士号を携え、地元にUターン就職。一応は凱旋ということになるでしょうか。そこまで大したものではなくとも、ここまで自分を育て上げてくれた地元のために恩返しするぞというポジティブな気持ちでいっぱいでした。
いざ入社して、さっそく驚かされます。周りの学部卒や修士卒と比べて、給与がほんの少しだけしか多くありませんでした。修士と博士の違いは、わずか月2万円。おまけに、修士入社二年目の社員の方が自分よりもたくさん給与をもらえるようです。あの二年間の苦しみは何だったのだろうと悲しくなりましたよ。
おまけに、学部卒の同期社員からは、「どうして博士というだけで俺たちよりもいっぱい貰えるんだ」とブーブー文句を言われました。一瞬、ぶん殴ってやろうかと思いました。博士号の価値が通用しない世界に足を踏み入れたことを否応なしに実感したのです。
私は開発現場に就職しました。研究以外の世界も見てみたいと思い、自ら開発部署への配属を希望したのです。念願が叶って開発部署配属となりましたが、前述のように、業務に思考能力が求められません。何よりも貴ばれるのは、大量の業務をテキパキこなす要領の良さ。博士課程で培った能力は、プレゼン能力を除き、ほとんど活かされていません。じっくり腰を据えて考えるとか、解くべき課題とその解決方法を模索するとか、博士時代に当たり前だったことが今の場所では求められないのです。
現状、会社で仕事していくにあたって、博士号ホルダーであるメリットが見当たりません。金銭的には少ししか報われない。能力的にそこまで高度なことを求められるわけでもない。博士号を持っているがゆえに余計な悩みを抱えてしまう。開発部署配属を希望したのも良くなかったのでしょう。研究部署配属を希望していれば、まだ少しは見える景色が違っていたかもしれません。
アカデミアで活躍する現役研究者が眩しくてたまらない
当たり前なのですが、会社では企業の利益になることばかり求められます。何をやるにせよ、会社にとって資するものかとか、何年後に利益を生み出すのかとかいった話がつきまとうのです。経営体力のある会社ならまだ良いでしょう。余裕のない会社では、新規事業創出にも二の足を踏みがちになります。コストカットの嵐も見舞われるかもしれません。消耗品を買いたくても、「これは本当に必要なものなのか?」と関係各位から徹底追及されます。
会社で一年弱過ごしてみて、やりたいことをやりたいようにやらせてもらえるのは博士課程までだったのだなと痛感しました。会社に入ると、報酬と引き換えに、仕事の自由度は著しく低下してしまいました。それが良いことか悪いことかはさておき、自由のあった学生時代を懐古するたび、いまの生活の輪郭が生々しく浮かび上がってくるのです。
R&D部門で働いていると、日常的にネット検索します。ネットサーフィンのためではありません。技術開発方針模索のために学術論文を探したり、初歩的な知識を得るためにまとめサイトを訪れたりするのです。
そこでたびたび目にするのが、アカデミア研究者の華々しい活躍ぶり。○○学会で講演賞を取ったとか、NatureやScienceのような一流誌に論文掲載されたとか、そういった業績が目に飛び込んできます。そこまで派手なモノでなくとも、交流のある方が一年に何報も論文を出しているのを目にすることがあります。
もうね、そういうのを見るたび、「あ~、いいなぁっ!!!!!」と思います。現役研究者の姿がキラキラ輝いて映るのです。
彼らは自分の名前で成果発信している。日々の労働時間を、論文執筆や学会用意など、自分の資産となるものに費やしている。大きな研究費を引っ張ってきて、何やら面白そうな研究を立ち上げている人もいる。かたやコチラは、組織の歯車として、起きている時間の大半を会社に捧げている。論文など書かせてもらえない。そもそも弊社には、論文出版する文化が、存在しない。
私は博士課程を潜り抜けてきました。研究がキラキラ要素だけではないことは重々承知しています。ひとつの煌めきを世に放つため、裏には何千・何万もの試行錯誤が秘められているのをよく知っているつもりです。自分自身、論文執筆のためにどれほど失敗を重ねたか分かりません。それでも、彼らが羨ましい。自らの輝きを自らの名で世に放てる彼らが眩しくてたまらないのです。




















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