【就職】博士課程を修了して手に入れたのは、圧倒的な金銭的余裕と心の平穏だった

北大博士課程を一年短縮修了し、地元の大企業へUターン就職しました。研究への名残り惜しさもありつつ、いまは開発現場で働いています。

労働の場を大学院から会社に移し、日々の暮らしが劇的に変わりました。予想していたこともあれば、予想外の変化もあり、生活スタイルが良くも悪くもガラッと変わっていったのです。研究職としてアカデミアに残っていれば博士課程と大差ない毎日だったでしょうが、外に一歩踏み出してみることで新たな世界が見えてきました。

この記事では、博士課程を退院してから就職して起きた「生活にまつわるポジティブな変化」を紹介します。博士課程在籍中の方や、進路でお悩みの大学院生にピッタリな内容です。ぜひ最後までご覧ください。

かめ

それでは早速始めましょう!

目次

お金にゆとりのある生活

博士課程在籍中は日本学術振興会特別研究員DC1でした。日本政府から金銭的援助を受けつつ研究活動を営んでいたのです。お金をもらいながら研究できるのは、大変ありがたいことです。

しかし、学振DC1の給与は月20万円 [*2026年度から22.3万円に引き上げられます]。任期中には賞与も定期昇給もありません。親の扶養から外れ、国民健康保険料を払わなければならなくなります。おまけに、月々およそ1.7万円の国民年金を支払う必要も出てきます。給与から税金と社会保険料を引かれ、残りの十万円と少しのお金で生活をやりくりしていくのです。

正直、博士課程時代は、懐のゆとりが全然ありませんでした。家計簿とにらめっこしながら生活費を切り詰めて、「今月は赤字か/黒字か」とハラハラしながら耐え凌いでいたのです。お金の余裕は研究にも影響します。お金がないせいで心に余裕がなく、貧弱な発想しか浮かびません。生成AIの助けを借りて、どうにかこうにか論文のタネや研究の方向性を編み出し、学位取得に必要な業績を作っていきました。

また、私固有の事情として、大学に入ってから博士を修了するまでのあいだ、家に洗濯機がありませんでした。D2の8月に入手するまでは冷蔵庫もありませんでした。限界に近い環境でサバイバル生活を営んだおかげで、ハングリー精神は培われましたが、文明人として大切な何かが欠落していくのを感じつつ、それを食い止めることはできなかったのです。

博士候補生から会社員になって一番大きかったのは、お金に余裕のある生活を営めるようになったこと。必要なものができたとき、家計簿と対峙することなくスッと買えるようになりました。もちろん、マイ洗濯機だって買えます。ボロボロの布団を新調できたし、缶詰以外のまともなモノを食べられるようになりました。会社員になって以降、生活にまつわる不快感はほぼ完全に払拭されました。

学振DC1から大企業の会社員になり、可処分所得(収入から税金や家賃等を引いたお金)が倍増しました。学生時代は9万円ほどだったのが、今では20万円以上のフリーキャッシュがあります。20万円もあれば、毎月洗濯機を4個は買えるでしょう。さすがにそんなに洗濯機は必要ないので買いませんが、生活するにあたって必要なものは大概ためらわずに買えるのです。

会社員をやっていると、ボーナスまで配られます。福利厚生で借上社宅制度を使えれば、家賃を1~2万円に抑えながら一人暮らしできます。充実した金銭出来支援のおかげで、昔と比べてお金の余裕は桁違いに膨れ上がりました。

懐に余裕ができると、メンタルが改善されます。絶え間ない飢餓感に苦しめられていたのが、飢えとは縁のない平穏な世界となったのです。美味しいものを食べるたび、 ああ、幸せだな と思います。博士課程では追い込みすぎてうつ病の半歩手前の所まで行き、希死念慮のようなものを募らせました。今や、死にたいとは微塵も思いません。もっと楽しい思いをしたい。もっと美味いものを食べたい。そう易々と死ぬわけにはいかなくなりました。

社会と密に繋がる仕事

博士課程では次世代型二次電池の材料研究に携わっていました。現行リチウムイオン電池の電池容量を10倍に高め、空飛ぶ車や自動運転車などを実現・普及させるための仕事をしていたのです。

自分がやっていた研究は、即座に応用につながるものではありませんでした。「何の役に立つの?」という質問には、屁理屈のような、お茶を濁すような回答しか用意できません。私が取り組んでいたのは基礎研究。分野的には社会との密なつながりがあります。けれども、自分の設定したテーマは、社会との接点があまり無いモノでした。

もちろん、”研究は必ず役に立たねばならない”という規則はありません。今すぐは役に立たないかもしれないけれども、何十年後かには役立つかもしれません。基礎研究とは、人類文明の豊穣な将来のため、せっせと種まきをする所業。運が良ければ努力が報われることも。役に立たぬように見えた研究が、何十年後かに日の目を浴び、ホットトピックとなるケースがあります。

私には致命的な欠陥があります。基礎研究者なのにせっかちだったです。行列は5分と並べません。3分並ぶだけでムズムズしてきます。そんな私が、何十年先になるか分からない、研究テーマの萌芽を待てるわけがありません。充実した環境で基礎研究させていただいたことには感謝しています。しかし、社会ともっと密接につながった応用的な研究がしたいと思っていたのも事実です

本来、博士号取得を目論む人間は、企業でも研究をやりたいと思うもの。そりゃそうだ、苦労して博士号を取得するのは、研究を生業にしたいがためなのです。実際、民間就職を選ぶ博士学生の多くが研究に携わっています。

私が企業で開発職を選んだ理由は、研究で味わえなかった『役に立つ』を味わいたかったから。世の役に立つ仕事に取組み、世界を進歩させ、色々な人を喜ばせたいと思い、開発職を志望しました。

研究では成果がいつ役立つか分かりません。しかし開発なら、自分が今日挙げた成果が、一年後や二年後の製品市場投入時に間違いなく役立ちます。研究部署よりも開発現場の方が社会との距離が近いのではないかと考え、博士号ホルダーにもかかわらず、開発配属を選んだのです。

実際に企業で働いてみて、仕事内容と市場投入の密接度の高さに驚かされました。自分の出したデータが製品の制御に採用されることがしばしばあるのです。というよりも、製品開発と無関係な仕事が無いため、やることなすこと全てが『役に立つ』という状況になっています。博士課程のときには考えられなかったことです。社会貢献しているなぁ~という感覚にひたらせてもらっています^ ^

製品開発の中枢で働いていると、開発を絶対に失敗できないスリル感を味わえます。最近はどの分野も企業間競争が激しいです。うまくいけば大ヒット、失敗すれば倒産or買収となります。勤め先も例外ではありません。経営体力的にギリギリの勝負をしています。ハッキリ言って、痺れますね。生活が懸かったギャンブルを、お金をもらってさせていただいているだなんて、最高じゃないですか。私、頭がおかしいんですかね。

土日に心おきなく休める生活

博士課程では、というか学部生の頃から、いつも研究室に通っていました。平日はもちろん、土日もお構いなく、朝から晩まで研究三昧でした。誰かに強いられたわけでもなく、自ら進んでセルフブラック企業体制を構築していました。

役に立ちたいと願う気持ちと、研究大好き!!とハッスルする感情が胸の中に共存していたのかもしれません。研究とは、分からないことを明らかにしていくこと。表面をさらうのではなく、地面にスコップを突き立てて掘っていくこと。何かへ徹底的に没頭せずにはいられぬタイプの私にはピッタリでした。B4の4月に研究室に入って、コロナ騒動がいったん落ち着いて以降、研究室の住人になってしまいました。

研究では、教科書の続きを書くことができます。偉大な科学者たちの足跡をたどりつつ、彼らの意思を受け継ぎ、人類の未開拓領域を少しずつ照らし出していくのです。世界の誰も知らない知見を明らかにできたときの快感にエクスタシーを感じました。

研究が好きなのは結構なことです。打ち込めるものが無くて困っている人が多いなか、研究に専念して声明を燃焼できるだなんて何と幸せなことでしょうか。研究の魅力に目を見開かれて以来、大学生活が劇的に楽しくなりました。

一方で、困ったこともあります。休憩が必要な状態でも休みをとらない(とれない)体質になってしまいました

頭がモヤモヤしていても研究室に向かう。論文リジェクトをはじめ、精神的に堪える出来事があっても、「研究を頑張らなきゃ!」とデスクに向かう自分を抑えられない。案の定、ストレス蓄積量が単調増加していきました。M2の夏とD1の冬には、ストレス量が臨界値を越え、口から血を吐いて具合が悪くなりました。適宜休んでいれば防げた悲劇でしょう。休みたくても、研究をやめられない・止まらない。そう、研究とは かっぱえびせん だったのです。

アカデミアと大企業の大きな違いは、土日に働いていいかどうかでしょう。

アカデミアは裁量労働制なので、どれだけ働いても(働かなくても)構いません。最近は一人あたりの業務量が多く、土日返上で研究室に行く先生が大半ではないでしょうか。その点、企業は違います。土日は『働いてはいけない』のです。社給PCの電源をつけてもいけません。まして、休日にオフィスへ足を踏み入れるなど論外です。

博士課程ではコンスタントに業績を積み上げていく必要がありました。博士課程は、規定数以上の業績を挙げることでようやく修了できます。加えて、私は一年飛び級を目指していました。普通の人より短い期間で、より多くの業績を挙げる必要がありました。論文を仕上げたり、学会用のスライドを作ったりと、やるべきことが盛りだくさん。休んでなどいられませんね。休むぐらいなら前に進みたい。休憩は敵だとすら思っていました。

会社に就職しても、やるべきことが沢山あるのは変わりません。どの日系企業も人手不足に悩まされていて、新入社員であるかどうかなどお構いなく、仕事が流星群のごとく降ってくるのです。一方で、会社には、従業員の健康を守る義務があります。社員が心身を健やかに保って末永く働けるための仕組みが充実しています。土日まで働かせたら人間は早晩壊れますから、たまにはゆっくり骨休めしていただこうというルールが設けられたのでしょう。

博士課程までは週七勤務だったのが、会社就職を機に週五勤務に。土日は休んでもいいよ、ではありません。土日は休みなさい、になったのです。強制的に休ませられたのが功を奏し、博士課程で傷んだメンタルが急回復していきました。趣味に興じる時間もできて、昔より生活が楽しく感じられるようになりましたね。

企業勤めを始めて10か月。今では土日に心おきなく休める体質になりました。博士課程と比べ、総合的に落ち着いた日々を過ごせていて、とても幸せです。

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