広島生活春夏秋冬vol.17 一年目・3月|最初で最後のマッチングデート。職務経歴書薄層問題を直視し、二年目に向けて桜の根を張る

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マッチングアプリ

会社の同期が最近騒がしい。なんでもマッチングアプリを始めたらしく、毎週末、異性と一緒にご飯を食べに行っているそう。本当に元気だな、と思う。平日は会社で働いて働いて働いて働いて働いて、週末は異性との接待で駆け回る。働きすぎにもほどがある。ちょっとはゆっくりしたらどうか。あんまり働きすぎると過労死するぞと思いつつ、若者たちの奮闘ぶりを見守る。

彼らはアプリで出会った方とデートに行くたび、当日中に私へ「今日は一緒に水族館に行ったよ!」と進捗報告してくれる。報連相がしっかりしている。分かりました。もういいですから、どうか博士おじさんをそっとしておいてください。私は博士課程で精魂尽き果てました。どうか私に青春の輝きを見せつけてこないでください。眩しすぎてもう見ていられないんだよ。自分が一生味わえないであろう幸せを噛みしめる同期たちが、本当に眩しい。

モテ期の同期たちからよく「かめちゃんもマチアプやったらいいのに~」と言われる。マッチングアプリを入れたら色々な人からメッセージが来るのだから、自分もやってみればいいじゃないかと。あのねぇ、皆が皆、いいねしてもらえるわけじゃないんですよ。あなたがたが女性からいいねしてもらえるのは、カッコいいからなんですよ。カッコよくない男は女性の視界にも入らない。毎日鏡で自分の顔を見ていて、コイツが誰かの彼氏になっている未来を想像するのは難しい。

同期は私の気持ちなどお構いなしに「マチアプやりなよ~」と笑顔で誘ってくる。毎日女性とお話しするのがよほど楽しいらしい。楽しいのは結構、コケコッコーなんだけれども、そろそろちょっと羨ましくなってきた。博士課程を飛び級で修了した私なら、誰かとマッチするぐらい造作ないのではないか。学生時代のマチアプは全然うまくいかなかったけれども、あれから思慮分別と検討加速能力を培った今ならなんとかなるのではないか。

・・・・・・・

重たい腰をよっこいしょと持ち上げて、iTunesストアへ入った。TinderかPairsか、あるいはwithか、どれにしようか検討を加速する。

ChatGPTは「Pairsにしなさい」と言ってくる。女性の母数が段違いに多いからだそう。そうか、母親までPairsをやる時代になったのか。本当にものすごい時代になった。

Geminiは「Tinderにしなさい」と言ってきた。かめさんのような遊び人にはTinderがピッタリですよ!と。私と日々チャットしていて、どこに遊び人の要素を感じたのだろうか。

Claudeは「withがおすすめです」と伝えてきた。価値観や恋人に求めるものを診断したうえ、相性の合いそうな人をアルゴリズムで提案してくれる形式らしい。なんとなくwithが合いそうに思った。

アプリをダウンロードし、まずは会員登録。年齢や住所、学歴、年収に職務経歴など、基本的な情報を入力していく。顔写真の登録は不要らしい。最近のアプリはこんな感じなのか。使いやすいな。

「さて、誰にいいねしようかな」と検討を開始する。吟味に珍味を重ね、魑魅魍魎のうごめく情報の海を泳いでいく。年収500万はちょっとなぁ。せめて700万円は欲しいよなぁ。あと、広島からは出たくないんだよな。県内でお付き合いできないかしら。

そうこうしているうちに、ひとつ目のいいねが届いた。学生時代は一年間でゼロいいねだったのに、会社員になれば5分でいいねがついた。1いいねに大喜びしていたら、2いいね、3いいね、5いいね……と、すごい勢いで積み重なっていく。気が付けばいいねが99を超え、表示しきれなくなった。

会社員ってこんなにモテるのか。今までのアレは何だったんだ。薄給でも若かった博士時代は見向きもされず、そこそこの給与をもらうおじさん会社員になるとモテモテになる。私に何が起こっているんだ。自分がモテているのか? いや違うだろう。会社員という属性がモテているのだ。愛はカネで買える。

正月にひいたおみくじは大吉だった。恋愛欄には『思い通りになる』と書かれていて、まさしく神のお告げ通りになった。学生時代は見向きもされなかった。こちらからアプローチしても返信してもらえず、一年でアプリに5万円も吸い取られた。今度はこっちが選ぶ番だ。厳選に厳選を重ねて絞り込んでやる。

まずは仲介経由の相手を全て断った。

定型文の『プロフィールを拝見して、魅力的な方だと思いました』を眺めながら、複雑な感情を抱いた。学生時代の私に言ってあげてくれよ、泣いて喜ぶから。今になってテンプレの称賛を浴びても、喜ぶより先に戸惑いが勝る。今になってテンプレみたいな口説き文句を送りつけてこられても困る。私はもう、札幌とオックスフォードでね、世界の負の側面を見すぎるほどに見てきた。ロマンチックな出会いなど存在しない。ドラマはドラマ、現実は現実。

やはり、相手から直接声をかけてくれる方がありがたい。自分のことを本気で欲してくれていると分かるのは純粋に嬉しいし、仲介経由の定型文とは熱量が違う。

・・・・・・・

翌日、同期たちにマッチングアプリを始めたと伝えたら「マジすか!?」と驚かれた。”あれだけ渋っていたアイツがアプリ!?”と言いたげに口を開けてパクパクしていた。いいねの数を問われ、99以上だと返すと、同期の瞼から目が飛び出た。すまんな、同期。博士はモテるんですよ。

同期に「どんな人がおるん?」と聞かれたので、「条件がめちゃくちゃいい」と答えた。将来性があって待遇も手厚い、控えめに言っても最高の相手だ。長く一緒にやっていく伴侶なのだから、ルックス以外のパラメータも大切にしたい。同期は「大事よな、条件」と深く頷いてくれた。分かってくれるか。さすがは私の同期。

「もう会った?」と聞かれたが、まだ来週の予定を確認してもらったばかり。お互いじっくり話し合って、合いそうかどうかを確かめたい。相手にどう見られるのだろうか。想定質問への回答も準備しておかなければ。自分の強みは何か、将来どうなりたいのか、なぜ今の環境を変えたいのか。同期たちも初デートの前にここまで自己分析したのだろうか。だとしたら、恋愛は就活より大変かもしれない。

「かめちゃんがついに動くとは」と感心されたので、「現状維持は緩やかな衰退だからな」と返しておいた。孫正義さんも同じようなことを言っていた。同期たちは嬉しそうにまた各々の恋バナを始めた。

帰り道、ふと思った。学生時代にゼロだったいいねが、社会人になって99を超えた。私は何も変わっていないのに、肩書きが変わっただけで世界の反応がこうも違う。結局、見られているのは中身ではなくスペックなのだ。スペックが希望通りであって初めて内面を見てもらえる。マッチングアプリは、この世の中の写し鏡にも等しい、いかにも残酷な暴力装置である。

まぁ、いい。残酷だろうが豚骨だろうが、求められているうちが華だろう。博士課程で枯れ果てたと思っていた自分にも、まだ市場価値があると分かっただけで十分である。同期の皆さんはどうか末永くお幸せに。私は私で、来週の顔合わせに向け、これまでの経歴を夜な夜なwordにまとめ直している。

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