広島生活春夏秋冬vol.9 一年目・10月前編|例のあの人、広島に現る──街で一番の美魔女と乗馬ライフ

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散髪

世の中は不要なもので溢れかえっている。築浅マンションに忍び込むGとか、なぜか一週間で部屋の隅にうず高く積み上がるホコリとか。

中でも関西””風””お好み焼きはうっとうしい。あれは小麦爆弾だと何度言ったら分かってもらえるのだろうか。小麦汁に野菜とお肉を入れてネリネリしたものがお好み焼き? なに言ってんだ、あれは小麦爆弾です。Wheat bombである。

お好み焼きっていうのはね、生地の上に新入社員みたいなシャキシャキのキャベツを載せて、そのうえに麺とお肉を載せ、ひっくり返して全部パリッパリにして、また裏返して卵をのっけて、仕上げにオタフクソースと青のりをかけて、最高のスマイルでハイどうぞと突き出すものなんですよ。

広島”風”お好み焼きなどと称されると、広島のが まがいもの 扱いされたように感じる。世の中にお好み焼きは一種類しかない。賢明な読者の皆さんには、くれぐれも正しい認識を持っておいていただきたい。

最近はJR山陽本線の中も広告が目に付くようになった。「旅行だ!」「転職だ!」「整形だ!」とやかましい。どんだけ人間を刺激すれば気が済むのだろうか。生きてじっとしているだけで疲労がたまる。どこに居ても、何も考えずボーッとさせてくれない。刺激が強い。目も頭もチカチカしてくる。

では、無駄を一掃すればいいのだろうか。一概にそうとは言い切れない。

無駄を廃した社会に彩りはない。最適化されすぎると、目的地にたどり着くまでの途中経過を楽しめなくなる。一直線の人生もいいけれども、ぐでんぐでんに曲がりくねった人生も案外いいんじゃないか。回り道や寄り道にこそ人生の醍醐味がある。京大に落ちて河合塾に入った一年間では、自分を深く見つめ直すことができた。札幌から広島まで青春18きっぷで3日かけて帰ったときは、地方ごとの民俗的差異に目を見開かれた。時間とメンタルの壮大な無駄遣いに思えた博士課程では、夢とロマンとぽにょを追い求めるスリル感や充実感があった。

お好み焼きだって同じ。関西””風””お好み焼きがあるおかげで、我らが本場のお好み焼きは絶え間なくレベルアップしていけた。麺の入っていない大型UFOに眉をひそめつつ、あれに負けないようにと気を引き締めて連日調理に励めたのである。ライバルの存在は有難い。無駄を無駄と切り捨てず、活かす方法を考える。そうすれば、日々の彩りは何色にも染められる。極彩色にも、お好み焼き色にもできる。

さて。

日常生活において、トップクラスに疎ましいのが「髪の毛」である。なぜあのようなものがあるのか分からない。無くていい。無い方がいい。邪魔くさい。あったら頭が痒くなる。変な寝方をすれば寝癖がつき、出社前に直すのが面倒くさい。

とはいえ、無ければ無いで寂しいかもしれない。髪が無いと、カラスの攻撃が直接頭を襲う。冬は寒い。夏は日差しが痛い。やはり、髪の毛は必要かもしれない。少しぐらいならあってもいい。髪の毛があるメリットよりも、一本も無いデメリットの方が大きいとみた。

頭皮で髪の毛を栽培していると、ひと月あたり1cmほど伸びてくる。調子の良い月は1.5cmほど伸びる。ゆで卵を食べまくってビオチンを大量摂取すれば2cm伸びる。はじめは穏やかに、隙アリと見るや一気に。毛根サイドの気が済んだら、伸びるペースは徐々に落ち着いてくる。そうかといって、縮んではくれない。伸びたら伸びっぱなし。髪の毛さん、はやく縮みなさいよ。

髪の毛が伸びると耳にかかる。絶え間なく耳を撫でる髪は、夏のやぶ蚊と同じぐらい疎ましい。伸びるなと言っているのに伸びる。伸びるなよ、伸びるなよ、絶対に伸びるなよ。「伸びろってこと?」違う、伸びるな。ときどき、ハサミでセルフカットする。ほぼ例外なくガタガタになり、生まれたてのヒヨコみたいになる。Ctrl+Zを押しても戻らない。ヒヨコのまま数週間過ごす。

セルフカットは無理と諦めた。髪が伸びたら散髪屋で切ってもらう。オーダーは小学生のころから変わっていない。横と後ろを9mmのバリカンで刈り上げて、上を1~2cmほどカットしてください。最後にすいてください。いわゆるスポーツ刈りである。QBハウスでもローカルチェーンでもサイゼリヤでも同じオーダーをする。ヘアスタイルにこだわりはない。髪などなくてもいいと言っているぐらいだし。

中学一年生の春、一度だけ、母にデパート10Fの美容院へ連れていかれた。年齢不詳の麗しい美魔女に、大層丁寧にカットしていただいた。ただ、店内の香りがあまりに甘すぎた。顔面を飽和砂糖水に押し付けられたように甘ったるかった。これでは散髪どころではない。意識が散逸し、頭皮が散乱、夢の中では散歩、おまけに散財ときた。中一にして美容院恐怖症を患った。美魔女恐怖症との合併症である。

その結果、大学生になっても、大学院生になっても、相変わらず散髪屋へ行っている。その系譜を引き継いで、会社員になっても散髪屋通い。美容院へ行こうという気にもならない。街ではブラックペッパービューティーだなんだと言ってティッシュを配っているが、全く行く意欲がそそられない。あまりに申し訳なくて、せっかく受け取ったティッシュを返したこともある。

会社員生活にも飽きてきた。人生に閉塞感を覚えている今だからこそ行かなければいけない。そうかといって、わざわざ美容院なんかへ行かなくてもいいのではないか。

前回の散髪からひと月半が経ち、また髪を切る季節が訪れた。

広島に帰って、行きつけのお店ができた。自宅からほふく前進30分ほどの距離にある、広島ローカルのチェーン店。安くて早くておトク。でもって、ときどき思い出したかのように美味いチュッパチャップスをくれる。四拍子揃った庶民の味方。夢の国を越えたファンタスティック・ワンダーランド(FWL)である。

実は、アパートからほふく前進5分ほどのところに、落ち着いた雰囲気の美容院がある。広島に帰ってきた当初、そこの美容院へお世話になろうと考えていた。会社員になったらオシャレに目覚めてやろう。今度、札幌の研究室へOB訪問した際、後輩を「めちゃめちゃ変わりましたね!」と刮目させてやる。残念ながら、中一時代の悪夢が思い出され、ブルブルっと身震いした。やはり、髪を切るなら散髪屋の方がいい。美しい容姿を狙っていない以上、美容師さんの手を煩わせることはない。

FWLに行くと、いつもワクワクする。どんな髪型にされるのか予断を許さないからだ。いつも同じオーダーをしているのに、いつもバラッバラの髪型にされる。気を抜いたらソフトモヒカンやツーブロックにされる。店主はおじいちゃん。オーダーを聞いても10秒で忘れる。「前髪は?」「1cm切ってください」「分かった」と3cmザクッと切られる。

FWLには他にも愉快なクルーがいる。おじいちゃんがおじいちゃんなら、おばあちゃんもなかなか癖がある。スポーツ刈りをオーダーしているのに、パイナップル状の髪型にされた日もある。次また来店した日には、ヒョウタンのようにされた。おじいちゃんに切られる日は、案外まともな髪型になる。おばあちゃんはヤバい。どうなるか分からない。

今回はどんな髪型にされるかなと、FWLの のれん をくぐった。いつもと様子が違う。私と同世代の理容師バイトさんが入ったらしい。金髪で、髪の毛が天に向けて逆立っている。リアルな世界で初めて悟空を目の当たりにした。

「はい、どうぞ次の方~」と悟空に呼び出され、席につく。「今日はどうされますか?」と尋ねられ、いつも通りのオーダー。「はい、わからっっっしたぁ~」と要領を得ない返事。両手にハサミを持ち、私の頭を抱え、手首をくるりと月面宙返りさせた。

次の瞬間、神業が始まった。彼は左右に高速ステップを踏みながら、左右均等に髪を切り始めた。シザースのキレはクリスティアーノ・ロナウドのごとく、その正確性はメッシのごとし。左右同時に切っていく人など、生まれて初めて見た。いったい頭の上で何が起こっているのかと、首をかしげるたびにグイッと直され、バッサバッサと切られていく。ステップが速すぎて、姿を追えなくなった。後ろを振り返ってみたら、肩で息をしながら休憩していた。散髪稼業も大変である。理容師さんには頭が下がる。

おじいちゃんやおばあちゃんが切ると20分かかる。悟空が切ったら30分かかった。どうやら相当な手戻りが生じているらしい。正確性を犠牲にして速度を追い求めるがあまりガタガタになり、仕上げに莫大な時間が費やされているようだ。これではどっちがいいのやら分からない。身の丈に合わない二刀流を目論み、失敗してしまうのは残念極まりない。

髪を切ってくれた悟空は、働いて働いて働いて、馬車馬のように疲れ切った表情を浮かべていた。額には大粒の汗。俺、やり切ったわぁーとでも言いたげな爽快感で満ちていた。お金を払うと「あらっとござっしたぁー↑」と返された。こんなに気持ち良く送り出されては、また次も来たくなってしまう。

悟空が仕上げてくれたヘアスタイルは、このお店に通い始めて以来、最もまともなものだった。次も悟空に切ってもらえないかな。どうせ切ってもらうなら、まともな頭にしてもらいたいから。

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