博士課程にいると、企業の研究開発現場の情報ってほとんど入ってきませんよね。アカデミアに残った先輩の話は研究室で聞けても、企業に出た博士が実際にどんな環境で研究しているかは、なかなか伝わってこない。しかも博士課程は忙しく、就活に腰を据える時間もないですから、限られた情報で就職先を決めるしかなくなります。
私は北大の博士課程を一年飛び級して修了しました。在籍中に査読付きの筆頭英語論文を六報書き、うち一報はインパクトファクター24のトップジャーナルに掲載されています。学振DC1に内定し、D1のときにはオックスフォード大学へ研究留学していました。
そんな自分がいま、企業で、保護手袋を自費で買い、ボロボロの実験棟で仕事しています。いったい何があったのかというと、会社選びを失敗したんです。
就職先に選んだのは、地元の業界中堅メーカー。地元に恩返しがしたいと思い、高給企業からのオファーを蹴って入社しました。就職まで、自分のキャリアに陰りはありませんでしたが、入社してから何もかもが狂いました。
会社が未曽有の経営危機に突入し、情勢悪化の煽りで研究開発費が大幅カットされました。実験をまともに回せなくなったのはもちろん、論文購読料を削られ、世界の研究者がいま何をしているのか追えません。面接のときに聞いていた学会発表や論文出版の話も、配属先では「そのような前例はございません」と丁寧にお断りいただきました。
業界最大手に入った同期の博士たちが、LinkedInに「学会発表しました!」と投稿しているわけですよ。見てしまうと羨ましすぎて目の前がぼやけ、しばらく立ち上がれなくなります。彼らが充実した研究生活を送る横で、私はボロボロの研究施設で手袋も支給されず、パソコンの前でデータシミュレーションを回している。状況打開のため、オフィスでは連日何時間もの会議が繰り広げられていて、会議だけで一日が終わる日も珍しくありません。一体自分はこんなところで何をやっているんだろうなって思います。
博士課程で鍛えたはずのメンタルが、入社半年でボコボコにされました。なんとか三年は耐えようと腹をくくったものの、胃に穴が開きそうなストレスを抱えながら毎日過ごしています。
会社選びで外してはいけないポイント
私と同じ轍を踏んでほしくないので、企業選びで押さえるべきポイントを書きます。
まず、研究開発に定評のある企業を選んでください。 判断基準は明快で、以下の二点を確認しましょう。
- 論文を出しているかどうか
- 学会で名前を見かけるかどうか
大学で研究していたときに、共同研究先や装置メーカーとして顔が浮かぶ企業は有力候補でしょう。学会の企業ブースで毎年デカい展示を出している会社、ありますよね。展示にお金をかけられる企業は、研究開発にもちゃんと予算を回していますから、入社しても安心です。
もうひとつ、業界最大手を選ぶべきです。
最大手には経営体力があります。多少の業績不振に見舞われても、研究開発費がいきなり根こそぎカットされる事態にはなりにくい。私のように中堅企業を選んでしまうと、好況期は最大手に規模の暴力でつぶされ、不況期は時代の波にのまれて会社ごと傾きます。どちらに転んでも殴られる。プロレスでいうところの、ずっとロープ際です。ありがとうございます、ちっとも嬉しくありません。
研究にお金が必要なのは、博士課程まで進んだ皆さんならよくお分かりでしょう。企業も事情は同じで、新製品を継続的にリリースするには、充実したR&D投資が欠かせません。
どんな局面でも一定水準以上の研究環境を確保したいなら、売上に対して固定割合でR&D費を捻出すると決めている企業に入るのが堅実でしょう。たとえばホンダは、売上の5%を研究開発に回すと公言しています。半導体セクターも有望で、東京エレクトロンやキオクシアは、売上比でR&D投資率が高い。製薬業界もなかなか手厚い印象ですね。競争の激しい業界ほど、R&Dへの投資姿勢が旺盛なケースが多いです。
逆に、研究開発費が年々減り続けている企業には近づかないでください。AIに推移を調べさせれば一発で分かるので、入念に調査しておきましょうね。調べなかったら私みたいな悲惨なことになってしまいますから。
もし、選ぶ企業を間違えたら
企業選びは間違えないに越したことはありません。ただ、ここには運の要素が絡みます。入念に調べたところで、入ってみないと分からないことがある。都合の悪い情報は、企業側は出してくれませんから。まして博士課程は忙しく、就活に割ける時間も限られていますし、就職先選びの精度がどうしても下がってしまいがちです。
ここでは、間違えてしまったときの身の振り方について書きます。
もし私のように研究開発環境がボロボロだったら、まずはできる範囲で踏ん張ってみてください。環境が恵まれていないのは百も承知です。出社するたびに胸が痛くなる感覚もよく分かります。いまの私がまさにそうなので。最大手と比べて研究環境は悪く、先行特許を取られて開発が難航する。最悪ですよね。マジで辛い。
ただ、制約だらけの環境でこそ磨かれるスキルがあるんですよ。
予算に余裕のある環境なら、実験を回す機会にも恵まれるぶん、成果までの道のりは短くなります。でも私たちは、予算や装置の都合で実験回数に制約がありますから、ひとつのデータをどこまでしゃぶり尽くせるか、多面的に考察を広げられるか、シミュレーションや機械学習で足りない実験を補えないかと、頭をフル回転させるしかないわけです。
修羅場を乗り越えた先には、不確定要素だらけの環境で正解を手繰り寄せる力が残ります。データが足りないなら足りないなりに仮説を組み立て、手持ちの材料で上司や部署全体を説得する。こうしたスキルが一度身についてしまえば、どんな場所に放り込まれても怖くありません。LinkedInを開くたびに胃がキリキリしますが、制約環境で叩き込まれたスキルは、確実に自分の武器になるでしょう。恵まれた環境にずっといたら、一生手に入らなかったものです。
いまの会社で三年も踏ん張れば、学術的な深い理解と企業の実務経験を兼ね備えた、30歳前後の博士人材が出来上がります。言うまでもなく転職市場での需要は高く、引く手数多な状態になります。私は修羅場を乗り越えてきた経験があまりに多かったせいか、二年目の5月にはもう他社からオファーが殺到する状態になりました、ありがたいことです。
脂の乗った年齢になって、修羅場を卒業したければすればいい。逆に、一周回っていまの職場に愛着が湧いていたら、腰を据えて続ければいい。どちらを選んでも大丈夫です。
私はいま、会社員二年目です。まだ修羅場のど真ん中にいます。辞めたいなって、一日100回ぐらい思います。 でも、二年後の自分がもう少しマシな景色を見られるように、今日も胃痛をこらえて出社しています。あ〜、しんどい。




















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