博士課程に在籍していたとき、日本学術振興会特別研究員DC1として国から金銭的支援を受けていました。学振DC1だった人間が民間企業に就職すると、生活はどう変わるのか。ガラッと変わった部分もあれば、意外と地続きだった部分もあります。
今回は、DC1から会社員になって感じたポジティブな変化とネガティブな変化を、それぞれ正直に書いていきます。博士課程からの就職を考えている方や、DC1の生活が気になっている方の参考になれば幸いです。
かめそれでは早速始めましょう!
ポジティブな変化
会社員になって良くなったことを順番に並べていきます。並べてみると、DC1時代の待遇がいかに独特だったかが浮き彫りになってきます。
給与が増えた(ボーナスと昇給もある)
まず、お金の話からいきましょう。
DC1の研究奨励金は年間240万円。12ヶ月で割ると月20万円になるのは当たり前なのですが、繁忙期も閑散期も20万円、論文がアクセプトされた月も20万円、実験が全滅した月も20万円。通帳を見返しても季節感がまったくないので、いつの入金だったか区別がつきません。
会社員になると、DC1時代より基本給が上がりました。そしてここが重要なのですが、ボーナスと昇給という新たな概念が人生に登場します。
DC1時代は年度が変わっても奨励金の額が微動だにしないので、成長しているのか停滞しているのか、通帳からは読み取れませんでした。会社員になると、ボーナスがあります。ボーナスとは何か。ボーナスです。何か月分もの給与を一気に受け取れます。冬にボーナスが満額振り込まれたとき、ボーナスが都市伝説ではないと分かって、いたく感動したものです。
DC1時代、私の口座に振り込まれる額は、ず~っと同じでした。これはこれで潔くて良いのですが、会社員になると昇給があります。博士学生の方は信じられないかもしれませんが、実は基本給って上がるんですよ。私も二年目の4月に昇給して、手取りがすこしだけ増えました。多くの会社員にとって昇給は当然のイベントかもしれませんが、DC1出身者にとっては、通帳に変化が訪れるだけでビッグサプライズなんですよね。
有給休暇をゲットした
DC1時代は、休んでも休まなくても奨励金の額は変わりません。一見すると自由に思えますが、そもそも有給休暇という制度が存在しないのです。研究を休むことはできても、それは単に研究をしていない日であって、制度として保障された休みではありません。風邪で寝込んでも欠勤にはなりませんが、有休消化にもなりません。存在しない制度は消化しようがないという、わりと哲学的な問題に直面します。
会社員になって初めて、休むという行為に正式名称がつきました。休むことに書類上の裏づけがあるって、思っている以上に精神的な安定感がりますよ。堂々と休めるこの感覚を、博士課程の学生全員と分かち合いたい。
土日に働かなくてよくなった
DC1時代は研究の都合で土日も研究室にいることが珍しくなく、曜日の感覚がゆるやかに溶けていきました。研究にはカレンダーを華麗に無視した事情がつきものです。土日までに査読の返事をしなければならないとか、学会の準備をする必要があるとか。学生部屋でデスクワークしていて、窓の外から家族連れの楽しそうな声が聞こえてくると、自分が社会のどのあたりに位置しているのかよく分からなくなりますよね。
会社員になってからは、金曜の夜に翌日の予定を気にせず過ごせるようになりました。土曜の朝に目覚ましをかけず、自然に目が覚めるまで寝ていられます。休日がね、休日なんですよ。ちょっと何を言っているか分からないかもしれませんが、就職すれば、休日が休日になるんです。
DC1時代の休日は、研究室に行くかどうかを毎週自分で判断しなければならず、行かなければ行かないで罪悪感が湧いてくるという厄介な存在でした。一方で、会社員の土日には、そういう後ろめたさがありません。会社が公式に休んでいいと言ってくれているので、堂々と休めます。弊社、ありがとうございます。大好きです。
ネガティブな変化
もちろん良いことばかりではありません。会社員になって辛くなったことも、正直に書いておきます。
誰かから絶え間なく評価される
DC1時代の評価は、論文や学会発表といった成果物を通じて行われました。評価のタイミングがある程度はっきりしているので、それ以外の時間は自分のペースで研究に集中できます。成果物さえ出せば、途中でどれだけ迷走していようと、最終的には帳尻を合わせられる世界。過程で何度つまずいても、論文として形になれば問題ないですからね。実力主義、万歳。
会社員になると、日々の業務態度や報連相の頻度、会議での発言内容、果ては席にいる時間帯まで、あらゆる場面が評価の対象になります。上司の視界に入っている時間がすべて査定対象になるのです。研究者時代は成果物で勝負すればよかったのに対して、会社員はプロセスも含めて見られるので、常にうっすらと緊張感が漂っています。これがめ~っっっちゃしんどい。
DC1時代は、実験がうまくいかずに机へ突っ伏していても咎められませんでした。気分転換に大学や研究所の外を出て散歩しても何ら問題ありません。しかし、会社員が業務時間中に机に突っ伏していたら、翌日には上司との面談が設定されます。何をやっているんだ、サボるな、働きなさい。業務時間中に行方をくらまそうものなら「大丈夫か! どこ行った!?」と大騒ぎになります。
会社に入ってから、肩の力がなかなか抜けず、学生時代よりも窮屈に感じます。大学の頃の方がよっぽど自由だったなと思うわけです。
早く仕事を終えても早く帰れない
DC1時代は、その日の実験や解析が終わればさっさと帰れました。午前中に仕事が片付けば午後から自由。集中して早く終わらせるほど自分の時間が増えるから、「一生懸命努力しよう」と頑張れたのです。
会社員の場合、目の前のタスクが終わっても、少なくとも定時までは勤務時間です。手が空いたら別の仕事を探すか、あるいはメールの受信トレイを念入りに確認するふりをするかする必要があります。効率よく仕事を片付ける能力が、必ずしも自分の自由時間に変換されないのは、DC1時代との最も大きな違いかもしれません。
会社員になって以来、目の前の仕事を効率化しようと思わなくなりました。だって、何かを効率化しても、仕事が減るわけではなくむしろ増えるんですもの。仕事の報酬が仕事だなんて、そんなの、しんどいじゃないですか。
結局、どちらの時代が楽しかった?
こうして並べてみると、会社員の方が待遇面では圧倒的に恵まれています。お金は増えたし、保険も手厚いし、土日は休めるし、有給も通勤手当もあります。DC1時代の自分が今の給与明細を見たら、自分の目を疑うのではないでしょうか。
会社員になって生活の質は間違いなく向上しました。それでも、博士課程時代の方が楽しかったような気がします。
DC1時代は、自分の研究にしっかり没頭できました。朝から晩まで自分のテーマに向き合い、うまくいかなければ自分で考え、突破口が見つかれば自分で喜ぶ。誰かに進捗を細かく管理されることもなく、自分の裁量で一日の過ごし方を決められる。終わったら早く帰っていい。もちろん、居残って夜遅くまで研究してもいい。
博士課程の頃はお金はなかったし、土日も働いていたし、健康保険料の支払いは毎月痛かった。けれど、あの頃は研究が純粋に面白くて、生活の不便さをあまり気にしていなかったように思います。月20万円でも、好きなことに専念できたし、あの日々にはプライスレスな豊かさがありました。
もちろん、会社員生活が悪いわけではありません。安定した収入があり、福利厚生に守られ、土日にはしっかり休める今の生活は、DC1時代の自分が夢見ていた環境そのものです。ただ、自分の知的好奇心を燃料に一日考えに耽れたあの時間は、会社に入ると絶対に得られません。
待遇を取るか、没頭を取るか。どちらを選んでも何かを手放すことにはなりますが、少なくとも私は、あの貧しくも充実していた2年間を経験できてよかったと思っています。博士課程に、行って良かったです。




















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