選民思想が植え付けられる
学振DCに採用されるには運が要る。成果をポンポン出せる研究テーマを与えてもらい、指導教員や先輩から手厚いサポートを受け、申請時期までに研究が大きく停滞せずに済んで、なおかつ自分より業績の強い申請者が同じ区分にいない。ここまで条件が揃って、ようやく内定が取れる。
私は研究室で初めての博士進学者で、DC1の内定も研究室初だった。体を壊す寸前まで追い込んで勝ち取ったから、努力で掴み取れた称号だと思っている。
ただ、DC1に通ったから自分が偉いとか、とてもじゃないけど言うことはできない。実際、努力が成果に結びつかなかった学生もいるし、課外活動の経験が少なくて自己分析欄や評価書で差がついてしまったヤツもいる。
もし、学振採用者だけを集めたミーティングを開いたらどうなるか。まず間違いなく、俺たちは選ばれた人間なのだと思うだろう。なんせ、あの場には採用者しかいないのだ。不運で落ちた人などいないし、環境の問題で業績を集められなかった優秀な学生もいない。学振内定者しかいない場で過ごせば、自分たちが受かったのは実力によるもので、当然だと思えてくる。やがて、選民意識に染まっていく。
学振に内定するM2やD1は、他大学や他分野がどのような状況かなんて知らないだろう。私自身、DC1に内定したM2後期には、そんなことちっとも知らなかった。自分がどれだけ恵まれているかも分からないままフレンドシップミーティングに参加し、気付かぬうちにエリート意識が刷り込まれていく。エリートがエリートらしく世に尽くしてくれればいいが、フレンドシップミーティングへ参加する人間に自己犠牲の精神が備わっているようには思えない。
私は、研究室の中でいちばん懐事情の苦しいチームに所属していた。ラボ内の他の学生は最先端の装置を扱い、装置が壊れても修理費をあてがってもらっていたが、私は実験材料を自費で買っていた。装置が壊れかけたときは、「それを使わずにできる研究をやりなさい」と言われ、修理費は一円も出してもらえず、研究方針を大幅転換して研究を完遂させざるを得なかった。おかげで、博士課程でやりたかったことの3割も成し遂げられなかった。
ラボ全体が苦しいなら我慢もできた。でも、自分の研究チームだけが不遇だったから、余計にきつかった。
「装置が壊れた…」と私がこぼしたとき、ラボの他学生は「え、修理代を出してもらえばいいじゃん」と軽々しく言い放ち、颯爽と自分の実験に戻っていった。恵まれている側の人間は、自分がどれだけ恵まれているかに無自覚である。これは、研究室で苦しんだからこそ見えた世界ではないかと思う。
自分が恵まれた環境に置かれていたから内定できたと理解している人は、フレンドシップミーティングの参加者のうちどれぐらいいるのだろうか。
あんなもん出る暇あるなら研究した方がいい
学振DCの内定者は、同世代の中ではある程度優秀な学生である。他の人より優れた業績を挙げて、審査員を唸らせる研究計画を書けたから採用されたのだから。
しかし、いくら特別研究員とはいえ、まだ博士”候補生”である。特別研究員は、不滅の実績を残してきたスーパーマンではなく、あくまで政府にポテンシャルを買ってもらった身である。将来を期待されて国の金を使わせてもらっている以上、期待に応えて研究を頑張るのが筋ではないか。
フレンドシップミーティングに参加すれば、同世代の仲間と横のつながりを得られる。確かに知人が多いと助かる面もあるだろう。しかし、博士課程では自分の専門分野をとことん掘り下げるべきではなかろうか。横のつながりが力を発揮するのは、各個人が十分な力を蓄えたとき。貧弱な個人同士がチームプレーを志向したところで、貧弱なアウトプットしか得られない。研究者同士のつながりなんて、研究者になったあといくらでも得られる。
私は博士修了後に民間企業へ就職した。会社では業務時間の7割以上を会議が占め、まともに思考を深める余裕がない。博士課程では、朝から晩まで研究に打ち込む贅沢が許されていた。指導教員と議論し、穴が見つかったら考察を修正し、日進月歩で力を蓄え、研究者としての土台固めに集中できた。私のように企業就職したり、アカデミア研究者になったりすると、研究以外の仕事に忙殺されることになる。研究に集中できる博士課程で、研究以外にうつつを抜かしてどうするのだろうと思ってしまう。すごくもったいない。
特別研究員同士を引き合わせたところで、友達や知り合いが増える程度だろう。自分の専門すら土台が固まっていない段階で他分野の人と交流しても、ただの名刺交換会にしかならない。異分野融合は、自分の専門がしっかり固まってから初めて成り立つ。順番が逆なのだと思う。フレンドシップミーティングなんか出る暇があるなら、論文を一本でも多く書いた方が、自分にとっても日本の学術にとっても遥かに有益ではないか。
私が特別研究員だった頃からフレンドシップミーティングはあったけれども、同じ時間を研究に使った方がマシだと思い、参加しなかった。代わりに論文をたくさん書いて、一年飛び級して博士号を取った。友達は増えなかったが論文は増えたし、参加しなくてよかったと思っている。




















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