北大博士課程を一年飛び級して修了し、地元の民間企業にUターン就職した。勤め先では次期主力製品の量産開発に携わっている。大学院時代に培った専門性を活かせ、かつ地元で働けるとあって、内定をいただいた瞬間に受諾した。
働く前まではモチベーションが高かった。だが、働き始めて会社の内情を知るにつれ、やる気が左肩上がりになっていった。会社にも社員にも新しいことに取り組む余力がなく、全体的に雰囲気がどんよりとしている。良くてもカイゼン、せいぜい現状維持、ヘタをすれば後退もあり得る。この風土でイノベーションなど、起こりっこない。
大学院を離れるまでは研究をしていた。研究とは、新たな知見を産み出すことであり、自分の裁量で世界に一つだけのオリジナルな学説を作っていけた。アカデミアの自由さを知っているだけに、企業での面白みのない日々にストレスが溜まっていった。
一年目はまだストレスを我慢できた。二年目になって周りがすこし見えるようになると、ストレスが指数関数的に増加した。この場所にいても、やりたいことができない。自分の進みたい方向と企業の選んだ方向が食い違っていて、進めば進むほどミスマッチングが拡がっていった。とはいえ、まだ一年しか勤めていないから、転職するには少々早い。検討に検討を重ね、我慢に我慢を重ね、とうとう首と胸元に蕁麻疹ができた。
私は趣味でランニングをやっている。気分転換と体型維持のため、学部一年生の頃から十年続けている。一年目までのストレスはランニングで消化できたけれども、二年目以降のストレスはどうにもならなかった。我慢しすぎて頭が痛くなり、やや高血圧気味になった。今のままではいけないと思っている。だからこそ、今のままではいけないと思っている…
困り果てた私は、スーパーを徘徊した。食でストレスを吐き出そうと試みたのだ。しかし、弊社は給与が低く、好きなだけ食べられるほどのお金はない。そこで、お酒に走ることにした。酒ならメシより安く、噛んで疲れることなく現実逃避できる。
お酒にも本当に色々ある。ビールもあれば日本酒もあり、ワインもウィスキーもリキュールある。ど れ に し よ う か なと指で選びながら、99%の思いつきと1%の理性を発揮してウィスキーを選んだ。
これが、大正解だったのだ。
一瞬で気持ち良くなれる

ウィスキーは度数が非常に高く、40%前後ある。強烈なものだと60%ある。私が二度目に受けたセンター試験の国語は57%しか取れなかったけれども、度数の高いウィスキーは私を無慈悲に追い越していく。
札幌で全人教育を修めた者として、余市のニッカウィスキーを選んだ。ニッカはニッカでも、ブラックニッカを買ってきた。ブラックニッカは、大谷翔平選手のストレートに近いキレと、新千歳空港の はなまるうどん ほどの喉越しがある。その度数は40%で、(よかった、私のセンター国語の方が上だ…)と胸をなでおろした。
ブラックニッカを冷蔵庫でキンキンに冷やし、飲む一時間前からカップと一緒に冷凍庫で冷やす。キンキンだったウィスキーがギンギンになり、いつでも空高く飛び立てるスクランブル発進モードが整った。ぽんぽこりんの弊社から帰り、「あー、今日もひどい目に遭った」とつぶやき、ウィスキーって実は水でできているんですけどね、意外と知られていないんですけれどもと訳知り顔で頷きながら、空っぽの胃にウィスキーを流し込む。
空腹状態でアルコール度数40%の流体を飲めば、一瞬で気持ち良くなれる。酔うまで10秒とかからず、カウントダウンし始めてすぐ、マジで恋する5秒前になる。脳が喜んでいるのがよく分かる。ありがとう、本当にありがとう…と、汗と涙と鼻水と希望と勇気が止まらなくなる。
お酒を飲むと、本当になんにでもなれそうな気がする。ドラえもんなんか速攻でなれるし、酩探偵コナンも余裕だと思う。経営なんてちっとも分からないけれども、大企業へアドバイスして大儲けする外資コンサルもいけるんじゃないか。
どれだけ飲んでもゼロキロカロリー

世の中にはカロリーが多すぎる。空気はひと吸いで0.1キロカロリーだし、水は1Lで2キロカロリーで、満員電車にいたっては10分で5000キロカロリーも背負わされる。現代社会がこれほどカロリー地獄だと、いくらランニングしても消費しきれない。
神さまは人間に救いを与えたもうた。飲食物は、コーラとラーメン二郎を除き、基本的にゼロキロカロリーである。お米のカロリーは炊飯器の蒸気に飛ばされるためにカロリーフリー。カロリーは熱に脆弱なので、ステーキや煮込み料理もゼロキロカロリー。果物はカロリーが木に残るゆえ、言うまでもなくゼロキロカロリー。
ウィスキーは、麦やトウモロコシなどの原料を糖化・発酵させ、そのあと蒸留して一番いい所だけを持って行く。成果をかすめ取る手口のあまりの見事さから、酒造界のルパン三世と呼ばれている。ルパンは大切なものを持って行きました。それは、私たちのカロリーです。
というのはもちろん冗談で、ウィスキーは蒸留後はまだカロリーが残っている。上流後のウィスキーを樽に詰めるのだが、樽はいつもお腹を空かせており、ウィスキーに「ちょっとお前のカロリー、くんねぇか?」と闇取引を持ち掛け、樽の苦みと引き換えにカロリーを抱えていく。そのため、ウィスキーは最後の熟成過程で めでたくゼロキロカロリーとなる。
「お酒を飲んだら太る」とよく言われる。実際、世間ではビール腹とかワガママレディボディとかよく言われている。しかし、ウィスキーはゼロキロカロリーのため、飲んでも飲んでも太らない。私も業務のストレスで最近は浴びるほど飲んでいるけれども、太る兆候が垣間見えない。むしろ、飲めば飲むほど胃が荒れ、お腹を下して下痢を催すことから、極めて高いダイエット効果を感じている。
体のコンディションに合わせて度数調整できる

ウィスキー瓶に口をつけてラッパ飲みすれば、40%ものアルコール分を手に入れられる。飲んだ瞬間から泥酔でき、会社で起きたあんなことやこんなことを全部忘れられる。覚えておかなきゃいけないことまで忘れて、翌日もまたひどい目に遭う。
退勤後の泥酔を繰り返してみて、酔うのにもある程度の体力を要すると分かった。夜遅くまで残業してくたびれている日は、そんなに飲む気になれない。飲んだアルコールを消化するには、余力があまりに不十分なのだ。一番気持ち良く酔えるのは定時退社日の金曜で、帰ってもまだある程度は元気だから、しこたま飲んで「ワカモノヲイジメテタノシイカ!!」と厚生労働省に向かって呻いている。どんだけ社会保険料を取れば気が済むんだ、さすがに勘弁しておくれ。
私が疲れていようと疲れていまいと、出勤日は明日も明後日もやってくる。次に会社の通用門をくぐる前に、何とかしてストレスを減らしておく必要がある。とはいえ、ウィスキーは度数が非常に高く、気軽に飲める代物ではないから、色即是空・空即是色の精神で代替策を模索しなければならない。
ウィスキーは素晴らしい。2026年の株式市場を盛り上げているキオクシア株と同じぐらい素晴らしい。なんと、度数調整できるのだ。強めに飲みたい時はラッパ飲みでいいし、ほろ酔いで構わないときはソーダ割、友達以上・恋人未満の相手と一緒なら学割や水割り。残業でヘトヘトになっているときでも、原液を希釈すれば飲めないことはない。
ウィスキーは何かで薄める前提で作られており、水割りでも味が壊れないのがいい。ビールやワインを薄めても飲めたもんじゃない、それこそ余市のマッサンがビールで晩酌するぐらい見ていられないけれども、ウィスキーならどこまで薄めても美味しくいただけるのが嬉しい。
ビールより圧倒的に安い

薄給会社員の家計簿は毎月火の車で、中国雑技団レベルの大サーカスとなっている。在宅勤務中もお酒を常飲する私にとって、コストの問題は非常に重要である。
お金とは何か。東京・丸の内駅舎で日々サディスティックな議論が交わされている。お金はあまりに多義的な概念なので、ネコパンチ以上グーパンチ未満とか、夢や愛の連続運転許可書とか、たった3杯で終わるわんこそばとか言われている。東京のどこかに徳川埋蔵金が眠っているらしいが、私は筑波山頂あたりが怪しいと思っている。見つけ次第、全部ひとり占めして、会社なんかさっさと辞めてやる。
ウィスキーはキオクシアぐらい素晴らしいのだが、実はコスト面でも優れている。700mLの原液で1,000~1,500円だし、値の張るものでも3,000円出せば買える。700mLを水で5倍に希釈すれば3.5Lになる。350mLのサッポロクラシックひと缶で250円、10缶なら2,500円だから、リットル単位で見るとウィスキーはビールより圧倒的に安い。
ウィスキーのおかげで、日々低コストでストレス発散できている。最高の飲み物を産み出してくれた余市のマッサンに乾杯し、今日も仕事のストレスをグイッと飲み込みたい。あー、仕事いやだなぁ。



















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