最終出社
8月6日、油蝉の鳴く朝、5時半に目を覚ました。
エアコンを切って寝たら、もう嫌ですというほど暑かった。じゃあと言ってエアコンをつけたら寒く、ほなどうすりゃえぇねんと舌打ちした。
何時間にも及ぶ検討加速のすえ、あ、適温で回せば寒くないのか!と空前絶後のNature級着想を得た。地球には北極やデスバレーといった極地以外にも、ニューデリーやブタペストのような穏やかな所もある。何事もほどほどが大切である。コロンブスの卵を開けて貴重な教訓を得たころ、カーテンの隙間から薄明が差した。朝だ。めっちゃ眠い。
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昨年四月に入社し、約一年半勤めてきた。入社初日から違和感を覚え、辞めたくて辞めたくて西野カナのように震えてきた。
研究所配属された修士社員が、量産配属となった博士の自分を優越感全開でバカにしてきた。悔しさを抑えて量産開発業務を担ったが、これがちっとも合わなかった。私は狭く・深くが得意のスペシャリスト気質。広く・薄く、無数の納期のクリアが求められるこの仕事は、適性ゼロだった。ストロングゼロよりゼロである。
入社以来、辞めようか辞めまいか、毎日何回も迷った。辞めるのはまだ早いんじゃないかといった気持ちと、合わないものを続けたって仕方が無いじゃないかとの割り切りの念が相克していた。結論を出せぬまま一年が過ぎた。
仕事が散々なら、プライベートも酷かった。趣味のランニングは靭帯損傷で引退し、彼女を作ろうにもペアーズで失敗し、株式投資は見事な逆神ぶりを発揮した。実家に頼ろうにも、幼少期のトラウマを思い出して吐き気をもよおした。もう、何も楽しくなかった。この世界に希望はあるのだろうか。何が楽しくて生きねばならぬのか。
私生活に夢を見られないなら、せめてキャリアでぐらい良い思いをしたい。過去は眩しいかもしれないけれども、未来はもっと眩しいと信じたい。信じられる場所に行きたい。
弊社を離れるか逡巡していた気持ちが、二年目の五月下旬に吹っ切れた。そこから転職活動へ挑み、十二社受けて三社通り、素材メーカーX社を選んだ。就きたかった研究職に就け、年収が200万円上がり、成長著しい中核事業の一員となる。
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弊社に向かう最後の日も、いつも通りの朝活を行った。ストレッチポールで体をほぐしてから、河川敷で上裸にて下半身トレーニング。ウォーキングランジで体を温め、四股で精神統一し、最後はクリロナのゴールパフォーマンスで仕上げた。筋肉痛と痛風の間ぐらいまで追い込んだ。痔にはボラギノールである。
博士課程では、研究そっちのけで毎日18km走っていた。筋トレを行っているいま、大学院時代より筋肉の質が良い。靭帯だけ博士課程の自分と入れ換えてくれたら、マラソン自己ベストを更新できるのにな。人生では、何かが欠けているとき最良の時期がやってきて、万全だと思ったら足元をすくわれる。ほんと、嫌になってくる。
ちゃんと服を着て家に戻り、シャワーで汗を流した。さ~て、来週のサザエさんは? と最寄り駅の時刻表を確認したところ、いま出ればちょうど一時間後の電車に乗れるらしく、身支度を整えて出発した。
時刻は8時15分。鍵を閉めると、東の方からサイレンが鳴った。音に合わせて黙祷し、原爆犠牲者の鎮魂を祈った。目をつむりながら、自分なりのやり方でこの国を守れないかと考えた。電池研究者として日本で研究知見を積み重ね、この国の価値を高め、日本を世界中から必要とされる東洋一の大国であり続けさせたい。美しくもはかない我らが日本を、良い形で次世代に遺したいと願った。
エレベーターで地上階に降り、ほふく前進一時間でJR最寄り駅へ。折あしく電車に遅れが発生しているようで、最後の日に限って…と肩を落とした。顔をあげると、遅れて着いた六両編成が待ち時間20秒で入線した。日頃の行いが良いからだろう。今日も河川敷でカラスに「カァ!!」と威嚇して追い払い、鼻の穴を広げてニンマリ頷いていたところを、群れで仕返しにやってきたカラスに追い返されたし。
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9時から最後の業務に取り掛かった。引継ぎ相手が困らぬよう、共有フォルダをぐちゃぐちゃに整理したり、仕事内容のメモを残さなかったりした。引継ぎは昨日でもう終わっている。今日は会社に爪痕を残す日とした。もちろんそんなことは全然なくて、チームの皆さんが困るよう冷静かつ沈着にデータ整理した。
お世話になった他部署のチームリーダーに別れのご挨拶を送った。「違う企業に行っても、日本のために共に頑張りましょう」と返ってきた。やっぱこの会社はいい人ばかりだな、離れるのが、惜しい。
同期の皆にもグループチャットで挨拶した。皆、私が転職すると知らなかったようで、「えっ?」「はっ?」「ワロタ」と仰天の様相である。同期にぐらいはもっと早く話しておくべきだったか。いや、彼らは口が水素より軽い。言えば、翌日には会社じゅうに広められて、それはそれで面倒だった。言うのが最終日で正解だったと思いたい。
チームミーティングで別れの言葉を述べ、11:35にPCを落とした。リュックを背負い、オフィスの扉に手をかけた。ちょうどそのとき、予約送信したBccの離職挨拶メールが部署じゅうに送られたようで、後ろから「えっ!」と息をのむ音が30人分ほど聞こえた。人生にはサプライズがあった方が楽しいですからね。今日のお昼は、どうぞ私の陰口で盛り上がってください。
IT部門で社給備品を返した。係の方に社員証を手渡したとき、ようやく会社を辞める実感が湧いてきた。もう通用門でピッてすることもなくなるのか。それはそれで悲しいなぁ。じゃあ辞めるのを辞めるかと言われたら、意地でも辞めてやるけれども。ユニフォームも返そうとしたところ、せっかくだし持って帰りんさいと言われ、リュックに戻した。
いつも会社の裏口から出入りしていて、最後は正門から出ようと決めた。正門はどこだ、これかと見たら、正門横門と書いてあった。正門横門の横の門を見ると、正門東門と書いてある。なぁ、正門はどこなんだよ。全く帰らせてくれないじゃないか。そんなに私のことが好きですか。そうですか好きですか、私もですよ。
炎天下のもと正門捜索を続け、30分歩き回って正門を発見した。正門は、正門横門の裏、正門東門の北にあった。そんなの誰が分かるかよ。もう、疲れたよ。ほな、さよなら。
広島の夏空は、蒼かった。



















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