- 博士一年・3月 まだ誤差の範囲
- 博士二年・6月 賽は投げられた
- 博士二年・2月 天は人の上に年収を作る
- 会社員一年目・4月 置かれた場所で、咲けるのか
- 会社員一年目・6月 パワー・ポッター
- 会社員一年目・7月 失われた研究生活を求めて
- 会社員一年目・10月 活字をくれと、叫ぶ秋
- 会社員一年目・12月 もうあと一年、踏ん張ろう
- 会社員二年目・5月 初夏にして希望は潰え
- 会社員二年目・6月 今のままではいけないと思っているが
- 会社員二年目・6月 転職活動開始
- 会社員二年目・6月 会社員二面相
- 会社員二年目・6月 奥の手は、人の手
- 会社員二年目・7月 最終面接ウィーク
- 会社員二年目・7月 送信は、揺られるままに
- 会社員二年目・7月 お時間、よろしいでしょうか?
- 会社員二年目・7月 去り際の芝は蒼い
- 会社員二年目・8月 宮島の残照
~前作~
最終出社日を8月6日に、退職日は8月31日にした。有給休暇がまだ12.5日ぶん残っており、お盆休み明けから退職日まで残存有休をフル消化する。次の会社への入社日は10月1日のため、退社後から二ヶ月弱の夏休みに入る。
博士課程終了直前の春休みには「こんなに長い休みはもう取れないだろう」と思っていた。あれからわずか一年半で再び長期連休が訪れた。いいんだか、悪いんだか。
日本では、職歴にブランクがあるとキャリアに傷がつくらしい。実際、転職エージェントからは「可能なら9月末日まで勤めた方がいいですよ、次の転職活動のとき突っ込まれますから」とアドバイスされた。
そもそも、私は大学受験浪人しており、博士課程を一年飛び級修了し、一社目は一年半で辞めてしまった。これほど沢山のイレギュラーが起きている以上、たかが一か月のブランクごときでギャーギャー言わないでほしい。あと、転職活動を終えてひと息ついているときに、次の転職の話をしないでくれよ、ちょっとしんどいんやけど。
転職なんか、しないにこしたことはない。同じ会社で長く勤めて、腰を据えて仕事できた方がいい。会社を離れれば人間関係の信頼貯金がリセットされる。半期分のボーナスだってもらえなくなるし、仕事のやり方も大きく変わるだろう。私だって当初は弊社に骨を埋めるつもりだったが、埋められないだけの理由が揃ったから離れざるを得なかったのだ。それに、上司のあの悲しそうな顔を見て、もう二度と転職なんかしたくないと思った。
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辞めると伝えたのが7月中旬で、そこから一ヶ月間でのスピード離職となる。抱えていた業務をチームメンバーになすりつけて引き継いで、あとはよろしくお願いしますとバトンタッチした。
人手不足極まりないこのチームから、また一人メンバーがいなくなる。残る人員の負担は増す一方だろうし、何だか申し訳なく思った。申し訳なく思いつつも、私にできることは何もないから、ただ頭を下げるしかない。
チームメンバーと引継ぎのやり取りを交わすたび、「辞められるのが残念です」「やっぱ残りますって言ってくれませんか笑?」と返された。自分らの負担が増えるというのに、恨みがましい言葉はゼロで、チーム全員から転職を前向きに応援していただいた。改めて、弊社では人間関係に恵まれたなぁとしみじみ感じた。
同じ部署の中でもメンバー同士が険悪なチームはある。ときどきオフィスで怒鳴り合っている姿を見かけ、なかなかファンタスティックだなと感じる。私の所属チームでは、怒鳴り合いどころか、冗談を言って大声で腹を抱えて笑い合っていた。
こういう素晴らしいチームだからこそ、何とかここまで続けられたんだよな。業務内容も待遇もはるか上のX社から内定をいただいたのに受諾を即答できず、返信期限ギリギリまで悩ませてもらえたのだ。上司やチームメンバーの皆さん、本当にありがとうございます。
広島カープの新井さんが阪神タイガースへFA移籍するとき、会見で新井さんは「カープが大好きだから、辛かったです…」と泣きながら言っていた。カープファンだった当時の私は、好きならなんで移籍するんやボケが! ぐらいに思っていた。お前の代わりに誰が四番を打つんや、誰がサードとファーストを守るんやとか、後任を見つけてからやめろとか、無茶苦茶言っていた。
今なら当時の新井さんの気持ちが分かる。好きでも、移籍するんだよね。好き以外にも様々な要素があるんだよね。他にチャレンジしたい仕事があるなら、安定した今の環境を捨ててでも新天地に行きたくなるんだよな。
新井さん、ごめんな。全部新井が悪いとか言って申し訳ない。でも、最近のカープが弱いのは、やっぱり全部新井さんのせいだわ。全部新井が悪い。もう一回、護摩行してきた方がいいって。
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退職面談では幹部社員からアルムナイ採用を激推ししていただいた。戻って来られる場所を用意しているよと言っていただき、嬉しかった。
そうはいっても、現実問題として弊社を選ぶことはもうあるまい。転職活動を通じて、他にもっと良い待遇で、もっと面白い仕事が待っていると知ってしまったから。弊社以外にも居場所があり、しかもより良い働き場がある。今では、弊社のオフィスが若干くすんで見える。せめてもう少し給与が高ければ、あと数年は我慢できたのにな。
8月6日、弊社での最終勤務日となり、朝早くから弊社に向かった。列車の窓から、弊社メンバーとしてオフィスに向かうのも最後か…などと感慨にふけった。
オフィスでは、出社しているチームメンバーに挨拶して回った。皆さん、めちゃめちゃお世話になりました。体調に気を付けてお過ごしください。
共同プロジェクトでやり取りしていた方々にもチャットでご挨拶。皆さん口を揃えて「次の職場でも頑張ってね」と言ってくれて、弊社社員の人間性はワールドクラスだなと感じた。あるベテラン社員からは「私の後継者がいなくなった…」と絶望のうめき声をいただいた。ありがとうございます。
正午、人事部へ社章とPCを返却しに行き、その足で会社正門へ。ついてくるなと言っても同期社員がついてきて、「いいなぁ、年収200万も上がるって羨ましいなぁ。オレも転職しよっかな~」とこぼされた。周りで誰が聞いているか分からないのに、不用意にそんなことを言うんじゃない。あと、私をトリガーとして連鎖退職が起きられても困る。君には会社でまだやるべきことがある、と辞める私が言っても説得力ゼロなので、何も返さなかった。
警備員さんにゲートを開けてもらって出て、振り返って最敬礼した。去り際の芝は、蒼かった。
第十七章の学び
・退職前の一ヶ月間は、人間関係の答え合わせ
・何もかも全て、新井が悪い
・広島のお好み焼きはうまい
~最終回~
8/24 午前零時公開


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