
ようやくプレゼンに慣れてきたかな

初旬、研究室の中間報告で新たな挑戦をした。原稿を見ないプレゼンだ。これまでは発表者ツールのノートを頼りに読み上げていたが、聴衆との目線が合わず、印象も悪かった。2月の修論発表ではレーザーポインターを持つため、原稿は見られない。失敗が許されるゼミで、この挑戦に踏み切った。
5日前から早朝と夕方の練習を重ね、本番は驚くほどスムーズに言葉が紡げた。聴衆の表情を見ながら理解度を確認できる利点も見出せた。
小中時代のいじめが原因で、人前で話すことへの強い恐怖があった。何を言っても難癖をつけられ、暴力を振るわれた記憶から、発言が怖かった。PCの画面だけを見て、自分を励ましながらプレゼンを続けていた。
転機はM1の12月に訪れた。「知識を積めば、理論で自分を守れる」という啓示だった。怒鳴られても、正しい知識があれば論理的に反論できる。恐怖を克服するため、電気化学の専門書を貪るように読み始めた。
努力は実を結び、M1の学会ではオンラインながら堂々と質疑応答をこなした。M2の対面ゼミでも、多くの質問に的確に応答できた。理論武装という鎧が、恐怖の槍を防ぐようになった。古典文学での発声練習、呼吸法の研究も重ね、ついに原稿なしでプレゼンできるまでに成長した。
プレゼンスキルは、焦らず積み重ねることで必ず向上する。最初は原稿を読んでも構わない。経験を重ねることで、自然と力がついていく。
沖縄100kmマラソン

自身の中間報告後、那覇へ飛び、100kmマラソンに挑戦した。9時間1分17秒での完走。目標の9時間切りまであと77秒という惜しい結果だった。
海沿いを走りながら、研究との違いを考えた。マラソンは走り切ればゴールできるが、研究は論文リジェクトでゴールが後退する。逆に、100kmを完走できない者に研究のゴールは遠い。日々の研究があってこその楽な100kmだった。
京都へ留学の打ち合わせ

下旬、京都で指導教員の指導教員F先生に会い、留学について濃密な相談をした。研究内容、キャリア、推薦状に必要な情報を話し合い、ヨーロッパのアカデミアの雰囲気や教員としての道のりも尋ねた。
ハワイ以外の海外経験がない私にとって、現地での生活は未知の領域だ。博士号取得後の選択肢を広げるため、まずは留学で適性を探りたい。
不思議なことに、京大不合格後も京大関係者との縁が続く。指導教員、共同研究者、F先生と、京大出身者に囲まれている。現役時の志望が、今の貴重な出会いにつながったのかもしれない。


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