
論文作成の無間地獄

二報目となる今回の論文は、B4時代の12月から3月にかけての経験があったおかげで、取っ掛かりはスムーズだった。図表を作り、それらを注意深く観察し、考察やイントロを書くという段取りは把握していた。
しかし今回は、論文のボリュームが圧倒的に違っていた。一報目を1とすると、今回は5倍、場合によっては10倍ものメガボリュームとなり、一つ一つのプロセスが困難を極めた。7月いっぱいを費やしても、図表作成と観察が終わっただけだった。
終わりの見えない作業に「本当にこの論文を書き切れるのか」という不安が早くも頭をもたげた。しかし、論文を完成させなければ学振DC1の内定も危うくなり、CNS系列雑誌での世界デビューも叶わない。ここは根性論で「頑張るしかない」と自分を奮い立たせ、土日も関係なく研究室へ通って逃げ場のない環境を作った。
誰かと一緒に論文を書ければ、もう少し楽になったかもしれない。多くの共同研究者と研究を進められるビッグ研究室が羨ましく思えた。
息抜きは就活や中間報告

皮肉なことに、論文執筆があまりに過酷すぎて、本来なら面倒なはずの就職活動やゼミでの中間報告が息抜きとして機能した。ゼロからイチを生み出す論文執筆の苦しみに比べれば、就活は数ある企業から条件を絞り込んでインターン先を選ぶだけの作業に過ぎず、中間報告は既にあるデータをプレゼンするだけのおしゃべりタイムのように感じられた。
インターンでは研究室には伝わってこない実社会の事情や企業の内情を知ることができ、非常に興味深かった。コロナ禍でオンライン実施となったため、場所を選ばず企業の話を聞けたのも幸いだった。
中間報告は論文執筆に使うデータの説明で済み、スライドの準備もプレゼンの練習も最小限で十分だった。少々長く話しすぎた以外は問題なく、質疑応答では先生方から「めちゃめちゃ研究頑張ってるね」と褒められもした。
しかし、このような現実逃避の後には必ず現実に戻らなければならず、その辛さに次第に耐えられなくなっていった。ついには逃避する気力すら失い、ただ「論文執筆を如何に早く終わらせるか」という一点に焦点を絞って作業に没頭するようになった。
揺れる博士進学への思い

先月末まで90%とほぼ確定的だったDの意志は、7月末には50%まで急落した。論文執筆の過酷さと、予想以上に楽しかった就活体験が、その原因だった。こんな辛い思いを続けなければならない研究者という職業は自分には向いていない。仮に研究者になっても5年以内に精神を病むだろうと思えた。
しかし心の片隅で「本当にここで研究の道を諦めていいのか」という声が聞こえた。研究自体は大好きで、実験も試行錯誤のプロセスも好きだった。単に実験成果をまとめるプロセスが嫌いというだけで投げ出すのは勿体ないのではないか。この思いが、翌月の夏季休暇中、自分のDの意志について真剣に考える契機となった。

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