北大と国研で研究している化学系大学院生かめ (D2) です。一浪の末に北大総合理系へ合格。学士から博士まで計八年間、北大生として勉学に励んできました。
人生で最も辛かったのは浪人時代の一年間かもしれません。もう後がない。落ちたらおしまい。プレッシャーに押しつぶされそうになる極限状態で一年間勉強し続けました。心の中へ残っているのは辛くて悲しい思い出ばかり。大学院博士課程でも研究で辛さを味わっているけれども、浪人時代と比べればまだ幾らかマシだと感じます。
悪い思いでしかなかったのか?いや決してそうとも言い切られません。良い思い出も何個かはありました。楽しかったことや嬉しかったことがあったからこそ一年間の勉強生活を乗り越えられたのです。
この記事では、浪人時代の楽しかった・嬉しかった思い出を振り返ります。浪人生活が辛くて仕方がない浪人生の心の慰めになる内容なのでぜひ最後までご覧ください。
それでは早速始めましょう!
男子校から共学通いになった
中学一年から高校三年まで計六年間、中高一貫男子校に通っていました。教室やグラウンドを見渡したら全方位に男しかいない異常空間へ。男子ばかりの日常はそれはそれで楽しかったです。女子の目がないからやりたい放題できました。休憩時間にゴムボールで野球をしたり、小学生が喜びそうな下ネタで盛り上がったり。夏、暑い日は上裸で授業を受けました。先生方も学生の個性を受け入れて下さった。何でもアリな賑やかで楽しい学生生活を謳歌したのです。
男子校に女性は教員しかいません。私の通っていた学校では、地理歴史の先生に2人、そして保健室の先生に1人。最も女性人口密度が高まるのは、授業参観で学生の母親が観に来るとき。講義を上裸でなど受けられない。制服を着用し、胸を張って背筋を伸ばし、さも普段から真面目に講義を受けている風に装って凌いでいました。
大学受験で滑って予備校に入った瞬間、男子校生活から共学通いに。教室に居るのが男子だけではなくなりました。最初に感じたのは違和感。どうして隣に女子が座っているのだろう、、と。予備校が男子校ではないと己を納得させるのに時間がかかりました。「男子校時代が異常だっただけ。共学なのが普通。大学も会社も男女入り混じっているのが当たり前」と言い聞かせたのです。
共学通いに慣れた7月あたりに何名かの女の知り合いができました。異性と話すのなんて久しぶり。何を話せばいいやら分からない。勉強のことぐらいしか共通のネタがない。色々と話してみたいけれども、話し方が分からなくて頭をかかえたのです。男子と話す際に感じたことのない 胸の高まり を感じました。浪人生活で予備校内にて女子と話す時は楽しかったですね。
基礎固めをしたら学力が爆伸びした
浪人生の本分は勉強。翌年春の合格を掴むためだけに生きているようなもの。恋愛や趣味にうつつを抜かすヒマはありません。少しでも時間があったら勉強し、予備校から帰ってもまた勉強します。予備校生時代は講義時間を除き、平日は一日5時間近く勉強していました。週末の勉強時間は約10時間。もう二度と落ちたくないという恐怖心に駆られてがむしゃらに手を動かしていたのです。
現役時代、合格最低点にあと6点届かず不合格に。二次試験の数学で大失敗して3割しか取れなかったのが敗因。問題を解けなかったり計算ミスを犯したりした元凶は基礎力不足。基礎が疎かなまま応用問題ばかり解こうと試み、解法テクニックの暗記に終始した結果、本番でものの見事に滑ったのです。基礎力が不十分なまま応用力を高めるのは無理。浪人時代には教科書を読み直したり基礎的な問題を解いたりする所からやり直しました。
夏休みまでに基礎を盤石にしました。数学に限らず、英語も理科も基礎から徹底的に見直しました。その結果、自分でも驚くほど学力が爆伸び。数学では偏差値80を獲得。英語も理科も偏差値70オーバーが当たり前に(全て全統記述模試)。応用スキルは現役時代に培いました。不足していた基礎力を補充したら、基礎力とスキルの歯車がガッチリかみ合って応用問題が解けるようになったのです。現役時代の自分を超えられたようで少し嬉しかった。「あの時ちゃんとやっていれば受かったのになぁ…」と悔しさも募りましたが。
冊子掲載され、北大に合格できた
学力がグングン伸びていった結果、京大模試や北大模試でA判定を取りました。両模試ともに成績優秀者として冊子掲載されるオマケ付き。自己肯定感の落ちがちな浪人時代の冊子掲載は心が救われる。嬉しかったなぁ。特に京大模試の冊子掲載は。喜びすぎたのがいけなかったのか、緊張の糸がプツリと切れてしまいました。勉強する意欲がガタ落ちして学力維持困難に。泣く泣く京大志望を諦めました。二浪はできない。絶対に受かりそうな北大を第一志望校に変えたのです。
京大から逃げて北大を選びました。二次試験ではいつも通りに問題を解き進め、総合理系へ次席合格を果たしました。合格するのが分かっていたとはいえ、自分の受験番号を掲示板で見つけたときは嬉しくてガッツポーズ。やっと終わった。もう浪人しなくていい。二度とこんなに追い込まなくたって構わない。社会の底辺だった浪人生から一躍主役の国立大学生へと転身。華の大学生活を夢見、胸を膨らませて新生活を迎えました。
まとめ
一般的に「苦難の時期」として語られる浪人生活。しかし、その試練の日々を振り返ってみると、思いがけない喜びの光が差し込んでいたことに気づかされます。男子校から共学の予備校へと環境が一変し、初めて味わった胸の高鳴り。基礎からの学び直しで実感した確かな成長。模試の成績優秀者として冊子に名を連ねた誇らしさ。そして、最後には北大合格という大きな達成感まで。
確かに、「もう後がない」というプレッシャーと不安は、時に押しつぶされそうなほどの重さでした。けれども、そんな極限状態だからこそ、小さな喜びや発見が心に深く刻まれたのかもしれません。基礎力の充実とともに驚くほど伸びていく成績。現役時代の自分を超えていく手応え。そうした一つ一つの経験が、今では懐かしい思い出として輝いているのです。
浪人生活は決して「真暗闇の一年」ではありません。新たな出会いと成長の機会に満ち、そして最後には夢の実現へと続く、かけがえのない時間でした。今、この経験があったからこそ、どんな困難も乗り越えられるという自信が生まれたのだと感じています。あの一年は、私の人生を形作る大切な糧となったのです。
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