【研究室生活体験記】ラボ配属から博士課程早期修了まで駆け抜けた五年間のハイライト

学振DC1内定と海外トップジャーナルアクセプトを掴んだM2時代

学振DC1内定

出版論文と国際学会出場と学会賞受賞の「三種の神器」を揃えられました。ゴールデンウィーク明け、万全の態勢で学振DC1へ申請したのです。

正直、落ちる気はほとんどしませんでした。内定可能性は『A判定』と予想。内定を引き寄せる決定打はありません。かといって、落とされる致命的な欠陥も見当たりません。まぁ、通るだろうとは感じていました。自分よりもっとすごいヤツが居れば仕方がない。そんなヤツは居ないと信じたい。申請区分の学生の中で自分が日本一頑張ってきた。自分が特別研究員DC1の座に相応しいんじゃないか。

自分の周りに学振DC内定者はゼロ。そもそも博士課程進学者すらいません。落ちたケースを想像して不安がる私を指導教員が「絶対大丈夫だよ!」と背中を押してくれました。研究テーマを始め、ここまで幾度となく信頼を無為にされてきた以上、先生の意見を心から信じていいものか分かりません。

9月下旬、審査結果が開示されました。内定です。ホッと一息つきました。

自分の申請した小区分は倍率7倍。40人以上が申請して、通ったのはわずか6名のみ。一歩間違えたら落ちていたのでしょう。天国と地獄。両者を分かつものは『運』だけ。三度も研究テーマの変更を認められないなか、愚直に頑張ってきた姿勢を勝利の女神は見てくださっていました。何事もまずは頑張ってみるものです。成果を出すには頑張るしかない。道を切り開きたければ一心不乱に突っ走るしかない。

トップジャーナルアクセプト

学振DC1申請と同時並行で論文投稿を進めました。これが本当に大変だった。心労がたたって喀血で倒れてしまうほどに。

M1の1月下旬に初回投稿。論文を出したのはインパクトファクター (IF) 42の超一流学術雑誌。あっさりリジェクトされるかと思いきや、査読に回って、しかもポジティヴな返事が返ってきました。これはアクセプトされてしまう流れ。論文執筆チーム全員で小躍りしました。しかし、論文が二度目の査読へまわされた途端、雲行きが暗転して様子がおかしくなります。M2の5月下旬に返事が返ってきました。リジェクト。五名の査読者のうち四名がアクセプトの判断。残り一名がリジェクト相当との沙汰を下して終幕したのです。

二度目の投稿はIF38の雑誌。これは一週間でサクッとリジェクトされました。
三度目の投稿はIF24の雑誌。これも一週間であっさりリジェクトされました。二回とも「この雑誌へ掲載するには研究のレベルが足らない」との判断。悔しいけれども仕方がない。身の丈に合った論文へ投稿し直しましょう。

同じ論文を三度もリジェクトされたら、研究意義を否定されたような気分になります。悲しかったです。自分の研究には何の価値もないのかなと思えてガックリきました。四度目のリジェクトだけは勘弁して欲しい。確実にアクセプトされるローグレードの雑誌に投稿したい。

三度目にリジェクトしてきた雑誌が、「もう一回投稿しませんか?」と誘ってきます。そちらからリジェクトしてきたくせに何を言っているのでしょう。おまけに指導教員が「誘いに乗ってみるからね」とゴリ押してきました。この人たち全員が怖く思えてきました。私の意思そっちのけで勝手に決めるだなんて酷すぎやしませんか。

ストレスがたまりにたまったせいか、三度目のリジェクト後に喀血しました。家のトイレで口から鮮血を吐き、意識が混濁して一日動けなくなったのです。助けを呼ぼうにも、来てくれそうな人はいない。同期には弱みを見せたくない。指導教員にはもっと頼りたくない(ここで貸しを作りたくない)。薄れゆく意識を何とか呼び覚まして仮死状態から戻ってきました。辛いなぁ。研究なんてやめたいなぁ。ここでやめたら”アイツは逃げた”と思われるよな。それだけは癪だ。最後(最期)まで意地で耐え抜いてやる。

四度目の正直でアクセプトされました。筆頭論文がIF24のビッグジャーナルに掲載されたのです。指導教員はもろ手を挙げて大喜び。「よく頑張った!おめでとう!」とはしゃいでいました。その様子を見ても(ああ、良かったね)としか思いません。論文投稿先を選ばせてもらえなかったためか、自らの手から研究が滑り落ちてしまったような感がありました。心の中は空虚そのもの。博士進学前に研究が大嫌いになったのです。

留学決定

先述の通り、D1の一年間は国研への出入りができません。一年ずっと何も研究を進められないのは流石に時間がもったいないでしょう。そこで、研究できない期間に海外留学しようと決めました。新しいスキルを習得して自身の研究に幅を持たせる作戦。どうせ行くなら海外がいいです。海外で色々な人の中で揉まれながら修行すれば、研究力以外にも、語学力や文化的素養など様々な力を蓄えられるかもしれません。

指導教員の指導教員には、海外とのコネクションが沢山ありました。先生の先生にお願いして留学先を斡旋していただいたのです。M2の3月、留学先が決まりました。行き先は、イギリスのオックスフォード大学。世界最高の名門校で半年間学べる運びになりました。オックスフォードといえば、ハリーポッターのロケ地。ハリーポッター好きの私にとって最高の留学場所を用意していただきました。

オックスフォード留学を機に、研究をまた好きになり直したい。ハリーの魔力で研究の面白さに目覚めて前向きに生きていきたい。大学院修了後、世界を股にかけるトップ研究者として活躍したい。あわよくば早期修了の栄誉も獲得したい。自分には博士課程でやりたいことが沢山ありました。研究に対する希望を持てないながらも無理やり喜びを見出そうと試みました。

しかしながら、博士進学後に成し遂げられたのは、早期修了ただ一つだけだったのです。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 6年前に学位を取った者です。
    調べ物をしていて偶然このブログを見つけました。とても楽しく読ませていただいております。
    様々な災難に見舞われたり、在学中にコロナ禍もあったなか、これだけのモチベーションを保っていて、本当に尊敬いたします。

    私はかめさんのように優秀な学生ではなかったのですが、
    同じく、進学する人が周りにいない環境だったり、
    余裕がなくて彼女にフラれたり、
    ボスとそりが合わない時期があったり、
    研究が嫌いになったり、
    いいジャーナルに載ったら周りの評価が変わったり、
    色々なことを思い出しました 笑

    そして、就職のために引っ越しした春先は、とても楽しかったのを思い出します。

    かめさんの益々のご活躍をお祈り申し上げます。

    • コメントありがとうございます。記事をご覧いただけて嬉しく思いました。
      皆さん、博士課程へ行くと、何かしらハプニングに遭遇するのですね。何事もなく学位取得まで至った人を見たことがありません…笑

      ただいま、つかの間の解放感を味わっています。五年ぶりに何もやることがない状態になって精神が落ち着いております^ ^
      来週から会社員生活です。もう少し休ませてくれよとは思いますが、また気合を入れて頑張っていくしかありません。

      応援のお言葉をありがとうございました。
      今後も頑張ります。会社も、ブログ執筆も、その他の趣味も充実させます!

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