2日:悲願達成。ようやく冷蔵庫を手に入れた!!(リア幸40)
B1からD2・8月までの七年半、冷蔵庫無しで暮らしてきた。北大進学時、親から『冷蔵庫を買ってやろう』と言われるも、「北海道は涼しいから冷蔵庫なんか要らんやろ」とスイートポテト並みに甘い目論見を発揮。せっかくの申し出を断り、冷蔵庫無しで北海道へ。ちなみに進学時、洗濯機もテレビも買って貰わなかった。必要なモノは自分でお金を貯めて買う心積もりだった。最初から親に甘えていてはダメ。屯田兵のように全くのゼロから新生活をスタートする気概が必要。
B1~B3は文字通り、冷蔵庫無しでの生活。冬場は大丈夫だった。野菜やアイスなど、傷んだり溶けたりするものは外に置いておけば自動的に冷凍されるから。卵が全球凍結してしまうのには弱らされた。白身がカチカチに凍るため、沸騰したお湯の中に卵を入れて解凍してから食べた。問題なのは夏場。冷蔵庫無しでは食べ物がすぐに痛む。いくら本州より多少涼しいとはいえ、北海道も日中は30 ℃を越えて暑くなる。米は発酵して納豆の如くネバネバになるし、キャベツは一晩で傷んで真っ黒になった。学部生のとき、私はド貧乏だった。一日二食を食べるのがやっとの有様。路端の雑草を摘んで茹でて食べて飢えをしのいだことも。道草を食わねばならぬほど寒い懐事情だから、傷んだ食べ物をも食べねばならない。身体に悪いと承知しながらも発酵した米を食べた。イグアスの滝の如く激しい下痢を催すまでが恒例行事。
B4に上がって研究室に配属。研究室には学生部屋に冷蔵庫が備え付けられていた。炊飯したお米を冷凍庫に入れて保存。食べる時にレンジでチンして解凍。家に置いていた卵と野菜を冷蔵庫の空きスペースへ入れさせて頂いた。おかげで食べ物が傷まず、腹を下すことは金輪際なくなった^ ^。しかし、平日はもちろん、土日も研究室へ行かねばならなくなった。研究熱心だからじゃない。自分の食べ物が入った冷蔵庫が研究室にあるから土日も研究室に行かざるを得ない。毎日研究室へ通い詰める癖は冷蔵庫不所持により植え付けられた。幸か不幸か研究にもハマり、”博士課程”という現代の底なし沼に足を突っ込む決意を下すまでに。
私は今、博士課程を一年繰り上げ、二年で早期修了しようとしている。今回が北海道で迎える最後の夏になるはず。夏になってから一か月が経過。あと二か月耐えれば冷蔵庫の要らぬ季節になる。しかし、もうこれ以上は我慢できなかった。この世に生まれて初めて【冷蔵庫が欲しい】という強い感情に駆られた。抑圧していた物欲が暴発したわけではない。冷蔵庫の為に毎日研究室へ通い詰めるのが滑稽に思え、かつアホらしくなった。異常だよ、異常。冷蔵庫を買えば済む話なのに。なぜ買わないんだ。なぜ痩せ我慢をする。買うお金はある。なんせ私は同世代で700人しか居ない、天下のニホンガクジュツシンコウカイトクベツケンキュウインDC1だもの。たった5万円出せば冷蔵庫が手に入る。諭吉さん…じゃなかった、栄一さんを5人出せば買える。いや、わざわざ5名もご足労頂かなくなって良いかもしれない。普通のスペックの冷蔵庫なら栄一さん4人で済む。4万ぐらい気前良く出せずに何が日本男児だってんだ。たかが4万円でビビっていたら、この先、車も家も結婚指輪も買えねぇぞ。
研究室を抜け出し、札幌駅前のヨドバシカメラへ。入口付近のATMで覚悟を決め、五万円をおろす。こういう大切な買い物でクレジットカードを使ってはダメだ。デジタル決済だとお金の重みを忘れてしまうからいけない。出てきたのは5人とも、栄一さんではなく諭吉さん。天は冷蔵庫の上に人を造らず、冷蔵庫の下に人を敷き詰めた。冷蔵庫にいくら抗っても道理で勝てなかったワケだ。自然の摂理の前には稲穂のように首を垂れて大人しくせざるを得ない。諭吉さんが心なしか微笑んでいるように見えた。目の錯覚か?そうかもしれない。『行ってこい。行って叩き込んでこい!』と、大きな買い物を前に身震いする私を叱咤激励してくれた。
エスカレーターで家電売り場の3Fへ。フロア移動中、(ここに来るのがあと7年早ければ、札幌での食生活は相当マシだっただろうに…) と肩を落とした。道草や発酵した米を食べていただなんて狂気の沙汰。ヘタしたら死んでいた。命を取り留められたのは奇跡。3F到着後、一人暮らし用の冷蔵庫売り場へ。そこでは様々な冷蔵庫がスフィンクスよろしく鎮座していた。無限に棚のある冷蔵庫。冷凍庫のない冷蔵庫。冷蔵庫のない冷凍庫。そして、冷凍庫も冷蔵庫もない冷蔵庫、、、は無かった。物色していくうちに候補が2つに絞られた。最後は冷凍庫の深さで決断。冷凍庫いっぱいにハーゲンダッツアイスクリームを突っ込んでやるつもりなので、冷凍庫は出来るだけデカい方が良い。
注文カードを店員さんに手渡した。店員さんに案内され、近くの商談テーブルへ。椅子に座った瞬間、店員さんの仮面が取れた。おっさんから野獣へと変貌。たちまちマシンガントークが始まった。『ヨドバシカメラのクレジットカードを作ってくれたら2割引きにしますよっ!』『ついでにスマホも家のネット回線も乗り換えちゃいませんか?(キラッ🌟)』と。猛烈で押しの強いセールストーク。札幌競馬場のパドックを歩く競走馬よりも勢いが激しい。こりゃ凄いな。北大ではお目にかかれない人種だ。七年半住んだ札幌にまだこれほど凄い珍獣が眠っていただなんて。最後の年に見せてもらえて僥倖。見ずに札幌を離れるのはちょっと勿体なかった。
頭がボケてきた老人ならコロっといくのだろう。店員さんよ、相手が悪かったな。コッチは文字通り、雑草を食ってきた男だぞ。七年半も冷蔵庫無しで生きてきた根性をなめるんじゃない。私は一人暮らし八年目にしてようやく”冷蔵庫が要る”と気付いた狂人。狂人相手に常人用のセールストークは通用しない。こっちは冷蔵庫”だけ”を買いに来たんだ。冷蔵庫以外に用はない。どんな誘い文句にも乗らねぇぞ。可愛い女子大生店員にならまだしも、私と同世代でオッサンの泥沼に片足を突っ込んだアラサー店員に口説かれてたまるか。冷蔵庫を寄こせ。カードもスマホもネットも要らねぇっつうの。店員の繰り出すマシンガンを全て回避し、かすり傷ゼロで目的のブツを入手。業者の都合で当日配送は不可。翌々日の日曜午後に家まで届けてもらうことになった。
6日:冷蔵庫が家に届いた!!(リア幸45)
宅配業者の都合で冷蔵庫到着が一日遅れに。全く問題はない。たかが一日遅れたぐらいで文句など言わない。36kgもの愛機を札幌駅前から家まで3km以上担いで帰るのは無理。無力な私は、配送業者さんが憧れの冷蔵庫を運んで持って来てくれるのをじっと待つしかない。配送予定は14~16時。早めに業者さんが来る場合に備え、13:30に家へと戻った。
午前中からソワソワが止まらなかった。起きるや否や、「今日は冷蔵庫の日か (*≧∀≦*)」と小学生時代の遠足当日のテンション。人生初のマイ冷蔵庫。その到着に心が躍らぬはずがない。冷蔵庫があれば何だって可能。でっかいアイスを買って保存しておいたり、炊飯した玄米を凍らせておいたり、味噌や醤油など調味料を入れておいたり、銃撃戦の際に攻撃から身を守ったり。どうしてもっと早く買う気にならなかったんだ。冷蔵庫があったらめちゃくちゃ便利なのに。家に冷蔵庫を置くデメリットが思いつかない。電気代が少々かさむ?年間一万円程度の電気代アップで文明的な生活を手に入れられるなら安いモノだろう。冷蔵庫があれば納豆みたいな腐ったご飯を食べずに済む。なんて幸せなことなんだ。夏に腐っていない食べ物を新鮮なまま食べられるだなんて。これまで七年半も無事に生きてこられたのが信じられない (無事ではないけれども…笑)。よく生きてこられたな。己の内に秘められた強靭な精神力とサバイバル能力に刮目するばかり。
14:35に冷蔵庫が到着。エーゲ海を思わせる真っ青なポロシャツを身にまとった二名の配達員さんに抱えられての登場。人間に快適と堕落を提供する、物言わぬ最強の刺客が来た。生まれて5秒後の赤ちゃんよろしく、無防備な両脇を抱えられて家に入ってきた。冷蔵庫のためにスペースを開けておいた。君の場所はココだ。キッチンの隣だ。彼は自らの使命を自覚したのだろうか、何も言わずその場所へと屹立した。その堂々たる様は富士山の如く、周囲へ放つ威圧感は宮本武蔵の如し。いやはや、なんと凛々しい立ち姿か。日本男児の矜持を見せつけられ、日々の修行の至らなさを痛感させられた。コードをコンセントに差し込んで電源を起動。動いたのか/動いていないのか分からないほど静かな音を立ててファンが内部の冷却を開始。これからこの大きな夢の器の中へ何を詰め込んでやろうか。想像するだけでニヤニヤが止まらない。大事に永く使ってやらなきゃいけないな。
冷蔵庫の上に電子レンジを載せ、その上に湯沸かし器を載せた。途端に我が家が文明味を帯びてきた。まるで家みたいじゃないか!!住めるやないか。この部屋で暮らせるじゃないか… 自分でもちょっと何を言っているのか分からない。これまで住んできたのは家じゃなかったの?ひょっとしたら、家の顔をしたテントだったのかもしれない。家じゃないのに”家”賃を月に5.5万円もむしり取られるぼったくりテント (最悪だ)。テントなら冷蔵庫も洗濯機もテレビも備え付けられていないのは道理。今日をもって我が家はテントではなくなった。これからは『家』と呼ぶ。かめハウス、グランドオープン。
昨日、研究室の飲み会で「遂に冷蔵庫を買ったんだ」とカミングアウト。皆は既に私の家の惨状を知っていたので、『ようやく買ったのか笑』『おめでとうございます』と祝福のサイクロンを受けた。『その勢いで洗濯機も買えよ』と言われた。洗濯機、か。洗濯機こそ要らないんだよな。服は風呂で週に一度、洗剤と洗濯板で手洗いしている。月に一度は服をスーツケースに詰めてコインランドリーへ行き、凄腕ドラム型洗濯機にチップを払って本気の洗濯をしてもらう。コレで今までの間、何の問題も生じていない。不満は無い。服だって全然臭くない。第一、『洗濯機を買えよ』としきりに勧めてくるヤツらの体の方が臭い。一体どんな食べ物を食ったらそんな化学的な匂いがするんだ。私みたいに精進料理を食べず、脂っこいものばかり食うからいけないんだ。洗濯機で服の汚れは落とせても、己の体臭まではぬぐい落とせない。外面ばかり磨き立てて内面に気を配らぬ有様は典型的現代日本人。こうなってはいけない。反面教師にさせていただこう。いま洗濯機に頼れば人格形成に悪影響が生じる。今は要らない。就職後に買うつもり。
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