電気化学とは?魅力や将来性、社会との関わりについて解説

こんにちは!札幌と筑波で蓄電池材料研究をしている北大工学系大学院生のかめ(M2)です。大学院では電気化学を専攻しており、極めたくなって博士課程への進学を決意しました。

この記事では、私が普段扱っている『電気化学』について対話形式で解説します。「電気化学」という言葉すら聞いたことのない理系高校生でも理解できる内容にしたので是非最後までご覧頂ければ幸いです。

かめ

それでは早速始めましょう!

目次

登場人物紹介

  • Aさん:電気化学系の研究室に今年度配属された学部4年生。電気化学のことをよく知らず、近くにいた先輩のかめを捕まえて矢継ぎ早に質問をする
  • かめ:Aさんと同じ電気化学系の研究室に所属する大学院修士2年生。研究中毒を悪化させて博士課程へと進学することに。プロフィールはコチラ

本編

電気化学とは?

後輩のAさん

こんにちは!
私、今日かめさんの研究室に配属された『A』と言います

かめ

Aさん、どうぞよろしくおねがいします^ ^

後輩のAさん

早速一個、質問があります。この研究室で取り扱う『電気化学』ってどのようなものなんですか?
言葉を聞いた感じでは”電気”と”化学”の関わり合いを考える分野なのかなと思ったのですが、じゃあ具体的に何を勉強するのか考えてみてもいまいちパッとしなかったんですよね…

かめ

『電気化学』とは、何かモノの化学的な変化が起こった時、電気(電子)がどう関与しているかを研究する学問です。それに付随して金属の純度向上ですとか電池性能の改善ですとか様々な内容を取り扱いますが、どれをとっても根幹となるのは”モノと電気の関わり合い”に他なりません。

一例として、酸性水溶液を電気分解して水素が発生する反応を考えてみましょう。この反応式は分かりますね?

後輩のAさん

はい、陰極で2H⁺+2e⁻→H₂という反応が起こります

かめ

正解!ここでも主人公の電子くんが出てきました。高校まではこの化学反応式を記述するだけで済んだでしょう。しかし、電気化学者は他にも色々と考えます。この式を見れば
・反応速度はどれぐらいだろうか?(反応速度論)
・反応中、陰極表面で水素イオンはどのように配列しているのだろうか?(電気二重層)
・H⁺はどれぐらいの速度で陰極へ接近し、供給されているのだろうか?(物質移動論)
などなど次々と妄想を繰り広げるのです

後輩のAさん

たった一つの式なのに、こんなにたくさんの事を考えるんですね…

かめ

上に挙げたのはあくまでも一部。挙げ出せばキリがないほど現象への切り口が存在します。
これまで世界中で色々な研究がされてきました。しかし、実はこの水素発生反応一つとっても正確な反応機構が未解明なんです

後輩のAさん

えっ、そうなんですか?ただ陰極表面からブクブク水素が出てくるだけじゃないんですか…?

かめ

ちょっと難しい話をするので頑張ってついて来て下さい。

水素が発生するには「二段階のプロセスを経る」と言われています。
第一段階として、まずヒドロニウムイオンH₃O⁺が陰極から電子e⁻を一つ受け取り、陰極へ吸着水素Had(adはadsorptionの略)が生じます。化学反応式はH₃O⁺+e⁻→Had+H₂Oです。
次の第二段階が未解明。HadがH₂分子へ変わるのに2種類の説が存在します。
①陰極表面のHad同士がくっついてH₂分子に変わる説(Had+Had→H₂)
②Hadがヒドロニウムイオン還元の際に水素原子を貰ってH₂分子に変わる説(H₃O⁺+Had+e⁻→H₂O+H₂)
①と②のどちらを経るのか、もしくは両方のプロセスがあり、①と②とではどちらが多いのか… 

後輩のAさん

真相はまだ闇に包まれたままなんですね?

かめ

はい。決着をつけるには反応中の陰極表面を超高分解能な顕微鏡でリアルタイム観察する必要があります。
ただこの測定には高度な観察技術や機器が必要です。それらがまだ両方とも開発されていないため、水素発生機構が未解明となっています

後輩のAさん

もし解明できたらすごいことになりそう!

かめ

世界中の電気化学者たちがきっと大騒ぎし出します。研究成果はNature等の超一流雑誌に載り、観察に成功した学者さんの手元には億単位の研究費が転がり込む。また、この発見を契機に、過去に不明瞭だった様々な現象を説明できるようになる可能性があります。一つ、また一つと自然の神秘が明らかになっていく未来は想像するだけでワクワクします^ ^

かめ

電気化学は古くから研究されてきた分野の一つ。しかし、先ほど挙げたような未開拓領域もまだまだ残されています。古くて新しいのが電気化学の大きな特徴。電気化学ってものすご~く奥深い領域なんですよ♪

電気化学は生活のどんな所に関わっているの?

後輩のAさん

電気化学の奥深さは何となく分かった気がします。では、電気化学って私たちの生活のどのような所に使われているのでしょうか?反応速度や陰極の観察などと聞いていたらあまり社会と縁がなさそうな印象を受けてしまいました…

かめ

ごもっともです。電気化学は”電子の移動”という少し抽象的な専門領域なので実社会とのつながりがパッとは思いつかないはず。しかし、実は至る所に役立てられているんです。たとえばAさんのポケットにはスマートフォンが入っていますね?

後輩のAさん

はい。コレiPhoneの14なんですよ。最近買ったばっかりで~

かめ

羨ましい!私なんてiPhone7をB2から5年間以上も使っています…
まぁ、そんな事はさておいて笑、iPhoneには『リチウムイオン電池』が搭載されています。電池って電気化学なしでは絶対に作られないんです

後輩のAさん

そうですか?電池には電気をため込むのだから、”化学”は関係なさそうに思いますが…

かめ

電池が電気をため込む際、実は電池内のモノの状態を変えることで電気を蓄えているんです。
例えばリチウムイオン電池について見ていきましょう。充電時、つまりスマホにプラグを差し込んでいる時、リチウムイオン(Li⁺)が正極から脱離して負極へと吸蔵されます。逆に放電時、つまりAさんがスマホでSNSを見る時は、負極からLi⁺が脱離して正極へと再び吸蔵されているのです

かめ

充電時に正極と負極で生じる化学反応式の一例は以下の通り⇩
正極) LiCoO2 → Li1-xCoO2 + xLi⁺ + xe⁻
負極) C6 + xLi⁺ + xe⁻→ C6Lix
なおxは0≦x≦0.5です。放電する時はこの逆反応が起こります

後輩のAさん

あっ、電池の中で電子のやり取りが行われてる!モノの状態が変化することで電気がためられているんですね。つまり電池も電気化学の範疇ってコトかぁ…

後輩のAさん

リチウムイオン電池に限らず、他の色々な電池も電気化学の研究対象なんですか?

かめ

そうですね。ニッケル水素電池や鉛蓄電池といった二次電池はもちろん、水素と酸素を使う燃料電池、半導体が絡む太陽電池だって電気化学で取り扱います。燃料電池はPanasonicのエネファーム、太陽電池は関数電卓や郊外の空き地など至る所で見かけます。こう聞くと馴染み深さが湧いてきませんか?

後輩のAさん

確かに…
電気化学が生活と密接にリンクしているというのがよく分かりました

かめ

電気化学は携帯機器やパソコン用の電池についてだけでなく、ビルや橋のサビ(腐食)を防ぐための防食関連分野にも深い繋がりを持ちます。
日本は湿度の高い国なので金属材料がサビやすい。しかし、サビると建物が急に崩れちゃうかもしれないので危なくて仕方がありません。そこで材料の表面をめっきして、肝心かなめの材料をさびにくくします。高校で習う「イオン化傾向」をフルに活用した実例です!

後輩のAさん

高校で習ったイオン化傾向ってこんな所で役立つんですね!

かめ

他にも亜鉛や銅といったベースメタルを作る際には”電解製錬”といって電気化学的手法が使われています。漂白剤やバルブも電気化学なしでは作られません。もし電気化学という学問分野がなくなったなら、現代社会は一日として持ちこたえられないのではないでしょうか?”至る所に電気化学がかかわっているんだ”ということを覚えておいて貰えれば幸いです^ ^

電気化学の魅力は?将来性は?

後輩のAさん

電気化学が面白そうだなって少しずつ感じてきました。
かめさん的にはどのような所に電気化学の魅力を感じていますか?

かめ

本当に色々あります。中でも
電気と化学の両方を取り扱える所(融合分野であること)
②最近問題になっているエネルギー問題の解決に不可欠なので研究に大きなやりがいを見出せる所
この2つが電気化学を面白くしてくれる所以じゃないかと思います

後輩のAさん

まず①について教えて下さい

かめ

『電気』と『化学』って一見すると何の関係もなさそうに感じられますよね。しかし、両者を電子が繋いでくれるおかげで緊密な連携が保たれています。多くの化学反応は電子なしでは成り立たず、電子も化学反応なしでは活躍の場が限られている。両者が両者を必要とし、互いが最大のパワーを発揮すべく手を取り合って協力プレーを演じるわけです。そんな究極の融合領域・電気化学分野は芸術品そのものだと感じます。本当に綺麗で美しい、静かで調和のとれた世界が広がっています

後輩のAさん

なるほど…

かめ

電気化学って物理化学の一領域なので数式が多く出現します。グチャグチャした複雑な数式を見て鬱陶しく感じることもある一方、”数式で化学的現象を綺麗に説明できる”ってよく考えれば凄いなとも感じるのです。
それに、電気化学分野を専門に選べば、『電気』についても『化学』についてもつまみ食いすることができます。化学に関する内容が多めなので電気好きには物足らないかもしれませんが、どちらを専攻しようか迷っている人なら電気化学を選んでおけば間違いないです👍

後輩のAさん

②の”やり甲斐”についてはいかがですか?

かめ

現代社会は膨大なエネルギーなしでは維持困難なまでに規模が大きくなっています。今後予想されるIT化の更なる進行時にはとんでもない量の電気が必要となるはず。電気化学分野はこうしたエネルギー問題の解決を担う最も重要な学問の一つ。そんな専門領域の開拓者の一員となれていることに大きなやり甲斐を感じるわけです

かめ

特に、私が行うリチウム系蓄電池用電解液の基礎研究は、再生可能エネルギーを活用した新しい電力網構築のため欠かせない内容となっています。私の研究が上手く行けば電池のエネルギー密度が一気に数倍増加し、電力貯蔵の問題を払拭する可能性を秘めているのです。電気自動車の航続距離の問題も雲散霧消すると考えられます。ワクワクするほど大きなインパクトを社会へ与えられる点が魅力です

後輩のAさん

そんな電気化学分野の将来性はいかがですか?

かめ

『非常に高い』と見込んでいます。
電気化学は再生可能エネルギーを始め、環境対策、医療技術、無機材料・ナノテクノロジーの発展において重要な役割を果たすことが期待されています。電気化学研究が進むことで未来社会が一歩、また一歩と着実に近づいてくるのです。情報系の研究のような”ソフト”を扱う分野ではありませんから(地味だな…)と感じるかもしれません。しかし、電気化学分野は今後も環境やエネルギー問題の解決に貢献し、実社会を”ハード”の面からガッチリと下支えし続けます

後輩のAさん

人工知能(AI)が電気化学分野を侵食する事はありませんか?

かめ

逆に上手く使いこなす側へ回っていると思います。
電気化学って実験系も理論系の研究も面倒なものが多いんですよ。実験系なら膨大な実験数をこなすべく大量に実験セルを作りますし(千個単位!)、理論系なら複雑な理論計算を実施するためのプログラムを書くのが厄介です。その点、AIがもっと賢くなれば、実験を全自動で代わりにやってくれるようになるでしょう。コチラとしては大助かりです^ ^ 実際、つくばの某・国立研究所では今もう既に、リチウム空気電池用に適した電解液を探すべくロボットが大活躍しています[関連記事]

後輩のAさん

もう電池研究の現場へAIが投入されているんですね!

かめ

はい。私の実験もサンプルを作るので本当に骨が折れるので、早くAIに賢くなってもらって代わりに実験して欲しいと思っています。ゼミにも代わりに出てくれないかな
また理論計算分野では、チャット型AIに注文を出せばプログラムを爆速で書かせられます。多少バグがあるかもしれないから最後は人の目でチェックせねばなりませんが、コードを書く手間を随分省けて楽になったはずです

後輩のAさん

「プログラミング、わかんなーい…泣」と怯えなくて済むんですね(*≧∀≦*)

かめ

今後は電気化学分野の至る所でAIが影響を及ぼし始めると思います。しかしそれは仕事を奪う悪影響というより、人が今より楽できるようになる良い意味での影響なはず。AIが理論系と実験系の垣根を壊し、実験系の人間が理論計算を気軽に行えるようになるでしょう。私自身、chatGPTにExcel VBAのプログラムを書かせて実験のシミュレーションをし、一つ興味深い結果を得られた所ですし

後輩のAさん

じゃあAIにおびえる必要はないんですね…
よかったぁ~^ ^!

かめ

むしろAIを開発する側の情報系技術者の未来が気がかりです

後輩のAさん

と言いますのは?

かめ

もっとAIが賢くなればディープラーニングにより自分自身を開発できるようになるでしょう?そこまでAIを進化させた際、果たして情報系専門者のいったい何割がAIに代替されず生き残っていられるでしょうか?人間にしかできない仕事なんて残されているのでしょうか?(やがてAIを別のAIが開発する世界が来るんじゃないか)と心配で仕方がない訳です。
AIを育ててAIに食われるなんてとてもじゃないけど笑えません。情報系分野の先行きがどうなるか、電気化学者サイドから固唾をのんで見守りたいなと思っています

後輩のAさん

今日はありがとうございました。お話を聞き、(電気化学の研究室を選んでよかった)と改めて感じました!

かめ

こちらこそ長々とありがとうございました。電気化学に興味を持ってくれ、電気化学学生としても胸を撫で下ろせましたよ^ ^

最後に

電気化学に関する大まかな解説はコレで以上となります。皆さんが電気化学分野の理解を深める一助となれば幸いです。

参考文献

  1. 電気化学(基礎化学コース) 渡辺正・金村聖志・益田秀樹・渡辺正義 丸善出版
  2. トコトンやさしい電気化学の本(今日からモノ知りシリーズ) 石原顕光 B&Tブックス日刊工業新聞社
  3. 電子移動の化学―電気化学入門 (化学者のための基礎講座) 渡辺 正・中林 誠一郎 日本化学会
  4. 自動実験ロボットとデータ科学の連携によりリチウム空気電池のサイクル寿命を向上する電解液の開発に成功

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