研究室生活春夏秋冬vol.61 最終回|さあ行こうぜ、どこまでも! 大志を抱いて札幌から世界へ

修了式前日

一ヶ月ぶりのホームグラウンド

北大に八年間通ってきた。学部で四年、修士課程で二年、博士課程で二年過ごした。

実は、卒業式へ出るのはこれが初めて。
学部の卒業式はコロナ騒動でオンライン化。事前に何の告知も無く挙行された。式終了から数日後、研究室へ学位記が送られてきた。そこで初めて卒業式の存在を知った。修士課程の修了式は、筑波の国研への出張中につき出席できなかった。同期に学位記だけ受け取ってもらっておいた。筑波から札幌へ戻ってきたころ、同期の大半はすでに新天地に向けて発っていた。

博士課程にしてようやく式典に出られる。今回は対面開催。筑波出張もない。修了式へ間違いなく参加できる。最初で最後の卒業式典。厳かな雰囲気を満喫したい。

2/27に札幌のアパートを引き払って広島へ。3/1より広島で一人暮らし開始。広島湾を一望するタワマンでの生活を満喫する日々。八年ぶりの広島ライフは、鉄板の上で乱舞するカツオ節のように活き活きとしたもの。実家暮らしと一人暮らしとではこれほどまでに開放感が違うものか。馴染みあるはずの景色が違って見えた。全く知らない街で暮らし始めたような新鮮さ。

修了式は札幌で行われる。広島から札幌まで飛行機で向かった。

広島空港から我らが新千歳空港までの飛行時間は1.5時間。離陸後、うたた寝しているうちにフライトを終え、北の大地へ北側から着陸した。北大生として何度も見てきた国内線ターミナルがお出迎え。サッポロクラシックの広告をくぐって空港内へ。ターンテーブルで荷物を受け取る。歩いてJR新千歳空港駅へ。札幌駅までの乗車時間は約45分。千歳、恵庭、北広島…と札幌へどんどん近づいていく。終着接近に伴い気分が高まってくる。久々の札幌。大好きなホームタウン。

札幌駅からまっすぐ北大へ。構内へ足を踏み入れた途端、「帰ってきたなぁ…」との感想が口をついた。広島よりも札幌の方がホーム感が強い。広島ではまだお客さんとして扱われている気分。札幌では一人の現地民として扱われる感じ。札幌には八年間も住んできた。馴染みがあって当然かもしれない。

札幌と同様のホーム感を広島で味わえるようになるのはいつの日になるだろうか。名実ともに広島市民になれる日を心待ちにしている。広島市民になるということは、札幌市民ではなくなるのと同義。それはそれで寂しいな。札幌にも多少は魂の拠り所を残しておきたいから。

晩餐

札幌にはいくつかのソウルフードがある。代表的なのはジンギスカンであろう。毎年夏には大通公園でBBQが行われている。北大構内でもBBQしている。有象無象の研究室やサークル団体が不定期で集まって賑やかに騒いでいる。あまりにいい匂いがするものだから、近くでBBQが始まったら仕事が手につかなくなる。ちなみに私はジンギスカンを食べられない。ラム肉の臭みを身体が受けつけなくて。きっと前世は羊だった。”共食いはダメだ”とDNAレベルで刻み込まれているのであろう。

ジンギスカンと同等のポジションに置かれるソウルフードがスープカレー。スープカレーとは、別皿に分けられたスープとカレーを一緒に堪能する料理。

北海道民はなぜスープとライスを分けるか。スープとライスをそれぞれ別個で楽しみたいからではなかろうか。北海道はお米の産地。お米単体でも十分おいしい。当然、カレーの具材も美味。じゃがいもは甘い。にんじんはコクがある。広大な大地で育った鳥のお肉は、博士課程学生のごとき慢性的なストレスに汚染されていない。お米とお米以外で、それらの組み合わせで堪能できるのがスープカレー。

白状しよう。実はまだ一度もスープカレーを食べたことがない。北大生のうちにソウルフードを満喫すべく、札幌駅ビル6Fのスープカレー専門店へ行ってきた。

正直言って量は足らない。よく噛んで食べ、満福中枢を予備審査会の審査員のごとくチクチク刺激して腹7.5分目に届くかどうかといったところ。スープカレーは満腹を目指す料理ではない。食材の持つ美味しさをじっくりと味わうための郷土料理。常に満腹を目指す理系大学生的な食生活からは卒業したい。食べ物は味を楽しむものだ。

私も明日からは工学博士。食生活を始め、日常生活全般を洗練させていきたい。洗濯機無しで我慢してきた学生時代のような振る舞いはみっともない。買うべきものは買う。味わうべきものは味わう。博士になるのを機に、これまでのライフスタイルを見直していきたい。

修了式当日

札幌デンドライトの対面イベント

修了式の前々々日、読者さんからメールで連絡があった。「会いませんか?」と。会いましょう。
来月から研究室に配属される北大B3の方からのご連絡。修了間際の私に研究の話を色々聞きたかったらしい。学位を取ったら札幌からいなくなる。広島で暴走族かお好み焼きになる。その前に直接話ができれば、と。そうだな、確かにお好み焼きになった後では話ができない。お好み焼きになる前に伝えられることは伝えておこう。対談を二つ返事で快諾した。

10時に北大正門のカフェで待ち合わせ。注文に備えて練習を重ねてきた。その回数、なんと百回以上。「超濃厚フラチーノーナッツと、リスラッシュマウンテンっちんリンでよろしくお願いします!」と。札幌に着いてから喉が枯れるまで練習した。今ではもう噛まずに言ってのけられる。どんだけたくさん龍角散のど飴を飲んだと思っているんだ。自分の持ち味はヘドロ臭い努力。博士課程早期修了さえ努力一本で成し遂げた。これからB3の子へ研究話をする。その前に滑らかな呪文をお聞かせし、博士人材の弁論能力の際立った高さを見せつけてやるんだ。

いざ注文。メニュー表には、フラチーノも、ーナッツも、リスラッシュマウンテンっちんリンも見当たらなかった。驚きで言葉を失ってしまう。嘘でしょ。北大のカフェには、リスラッシュマウンテンっちんリンがないんだって!? すぐに意識を切り替えてメニューを見る。目についたのはココア。「あっ、ココアで」注文はわずか六文字で済んだ。

B3の方とは初対面。彼女は当サイトのご愛読者さま。おまけにサイト開設当初からの読者さん。しかもなんと、母子ともにサイトのファンだそう。学生が読んでくれるのは分かる。親世代に役立つ記事なんて書いたっけな。札幌デンドライトよりも週刊誌を読んでいる方が面白いだろうに。まぁ、週刊誌レベルのドロドロとした日常を描いている自負はあるけれども。皆さま、貴重な時間をブログ閲覧へお割きいただき感謝申し上げます。今後はリスラッシュマウンテンっちんリンだなんてふざけたことは気安く書けないわ(←どうせまた書くでしょ)。

B3の子から素敵なプレゼントをいただいた。我らが伊藤食品のサバ缶4つと石屋製菓・美冬を賜った。さすが、三年来の読者さんなだけある。私が愛してやまないサバ缶をプレゼントしてくださるだなんてセンスが良すぎる。広島で食事に困ったとき開けて食べよう。空き缶もお菓子の包装紙も一生とっておくんだろうな。またひとつ宝物が増えた。

学位記を受け取って

午後は工学院の学位授与式。いよいよ博士になる。学位記が手渡される。

博士になった実感は、今月初旬に学内掲示板で早期修了確定の旨を見たとき湧いてきた。しかし、その感覚はどうしても中途半端なまま。やはり、学位記をもらわねば始まらない。博士(工学)の印字を見てようやく真の実感を得られる。今はまだ博士(笑)。冗談半分に受け止めている。フワフワしている。4月からD3生活が始まるのではないかという気さえする。

課程博士は、氏名を一人ずつ呼ばれ、壇上で工学院長から学位記を受け取る。一人、また一人と学位記を受け取る。壇から降りた瞬間、博士になる。もうすぐ自分の番がくる。いよいよ自分も博士になるのか。

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学位記を手渡された瞬間、目元が熱くなって少しウルっときた。泣きそうになった。感情が乱れ、壇上でマイクを奪って「最高でーーーす!!!」と叫びそうになった(なっていない)。皆の晴れ舞台を汚すわけにはいかない。獣性の発露を理性の拳で粉々に打ち砕いて事なきを得る。

それにしても嬉しい。自分が『博士』だって。”白紙”じゃないよな? ”博士”って書いてあるよね。とうとうやった。博士になった。Doctor of Philosophyだってさ。何だか素敵じゃないか。

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『修士』を『博士』へ変えるためにどれほど多くの労力を要したか。どれだけ頑張ったか。どれほどの犠牲をささげてきたか。博士課程では、修了がおぼつかなくなる危機に何度も陥った。一抹の希望を信じて地獄の底から這い上がってきた。なんだかんだ言っても、頑張ってよかったな。胸の底からこみ上げてきた達成感を噛みしめる。陰惨とした日々の中でも孤軍奮闘してきた自分を自ら褒め称えた。

濃紺の学位記が蒼穹に映える。札幌の空へ飛び立ってしまわぬよう、両腕で大切に抱きしめて持ち帰った。

修了式翌日

土砂降り

翌朝は見事なまでの土砂降り。そこら中に水たまりができている。一日ズレていたら災難だった。天の神様が、皆の晴れ舞台が終わったのを見届けて降雨スイッチを入れた。研究室に傘を置き忘れた。ザーザー降りのなか、服をずぶ濡れにしてラボへ走って向かう。

最後の日は観光しようと思っていた。候補地はふたつ。おたる水族館でアザラシを見るか、まだ行ったことのないファイターズのスタジアムを見て回るか。行きたかったのは後者。なんせ、わちゅごなスタジアムは北海道にしかないから。雨に濡れて気分が萎えた。服を乾かしがてら研究室へ長居。ブログを書いたり後輩と喋ったりしてダラダラと時間を過ごす。

出立の時刻、16時となった。部屋にいた学生へ挨拶してラボを後にする。
終わってしまうんだな、研究室生活が。終わりが見えずに苦しかった。終わったら終わったでそれもまた寂しい。寂しいと感じるほど思い入れのある場所になってよかった。小学校から高校まで学校を嫌いになって卒業してきた。大学だけは好きなまま出ていきたかった。希望は叶った。北大を、研究室を、みんなのことを大好きなまま離れられた。

雨はすっかりあがっていた。水たまりをスラロームの要領で避けつつメインストリートを南下する。

広島へ

札幌駅から快速エアポートで新千歳空港へ。18:40に出発するANA広島便へ搭乗する。札幌から空港までは40分弱。近いよなぁ。ホント便利だわ。広島の都市設計部門も札幌を見習ってくれ。広島空港の滑走路を引きはがして広島駅屋上へ移設したらいい(無茶を言うな)。

車窓から北海道の風景を見納める。
新札幌までは大都市の中を走る。山の中を抜け、拓けてエスコンフィールドが見えてきたら北広島。原野を走って恵庭地区。再び都市がお出迎えする千歳。進行方向右手に空港が見える南千歳。トンネルをくぐって終着の新千歳。もう見られぬ可能性のある北海道の景色。瞬きするのも惜しんで、八年過ごした北の大地を眼裏へしかと焼き付けた。

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最後ぐらいはウマいものを食べたい。今までずっと空港でははなまるうどん。千歳にはあれだけたくさんレストランがある。なのに、最終的にはうどんへ行きついてしまう。何か良いものを食べて帰ろう。海鮮丼でもいい。ステーキでもいい。ラーメンでもいい。何でもいいからうどん以外のものを食べる。

時計を見たら17時38分。飛行機出発まであと一時間しかない。保安検査場は大行列。検査突破には20分かかりそう。飛行機には出発10分前に乗り込む。食事へ費やせるのはわずか30分。立派な料理を注文して食べていたら間に合わなくなるかも。でもでも! 最後ぐらいウマいものを食べたい。ここは検討のし甲斐がある。さぁ、博士課程仕込みの頭を働かせろ。どの料理が早く出てきそうだ? どこへ行けば旨くて早く出てくるご飯を食べられる?

なんでいっつもこうなるんだよ。結局、最後もはなまるうどんか。先月と同様、牛肉”温玉”ぶっかけを頼んだ。先月に続いて再びおろしぶっかけが出てきた。どこから見ても載っているのは大根おろし。温玉なのか、コレ? 北海道ではおろしのことを”温玉”と言うのかな。北海道ラストということで、北海道で作られたであろう海老天とちくわも頼んだ。うん、北海道の味がする。OK、OK。北海道を満喫したわ。

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腹の中で踊って捜査線を拡げるうどんを抑えて保安検査突破。広島空港行きの飛行機搭乗口へ。満席での出発とのこと。さすがは我らが拠点の広島。行きたくて行きたくて北海道でわちゅごなしていた人々が大挙したのだらう。ANAもJALも広島便を一往復ずつ増やせばいいのに。便数を増やせば乗る人がいる。私も喜んで一日二往復させていただく。

満席とのことで、ボーディングブリッジも大盛況。待てども待てども列が進まない。機内でお祭りでもやっているのか。ワッショイ、ワッショイと機長が大根踊りでもしているのだろう。10分並んでようやく機内へ。今回は非常口座席。万が一の際は、北大で受けた全人教育の成果をいかんなく発揮する所存。

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飛行機が動いた。ターミナルから離れて滑走路に向けタキシングを始める。徐々に遠のいていく灯りを眺め、なじみあるターミナルビルへ別れを告げた。

この八年間で新千歳へ30回は行った。帰省のときも、筑波出張のときも、イギリス留学への旅立ちも新千歳から。新千歳空港は日本で最も愛着のある空港。足を踏み入れるだけで気分が落ち着いてくる。離れるときはいつも胸が締めつけられる。今回は半永久的な別れ。身を引き裂かれるような悲しさがあった。

機材が滑走路に正対する。エンジンがうなりを上げて離陸した。

北海道生活、面白かったな。なんだかんだ言っても充実していた。生まれ変わっても北大へ行きたい。あの緑豊かな札幌キャンパスで四年間過ごしたい。博士課程へ行くかどうかは知らない。たぶん……行くんだろうな。悩みに悩んだすえ、性懲りもせずD進へと舵を切っているはず。

北海道生活八年間。楽しかったことは数えるほど。事が思い通りに運ばぬ場面が99%を占めた。お金はなかった。留学に向けて節約していたとき、彼女に”どケチ”と誤解されてフラれた。研究を頑張りすぎて二度も血を吐いた。それでも楽しかった。次から次へと襲ってくる窮地。事態打開に向けて格闘する過程で充実感を味わえた。

広島と千歳のフライトタイムは2時間弱。ANAとJALが毎日連れていってくれる。広島から札幌へはいつだって行ける。永遠の別れにしたくなければ望みは叶う。そうはいっても、今月をもって札幌が本拠地ではなくなった。八年過ごした場所が訪問先に変わった。それが寂しい。胸が苦しくなる。唯一無二の居場所と支えを失った。広島でゼロからやり直すのにげんなりとする。

ランニング。純文学の読書。当サイト・札幌デンドライト。何もかもを札幌で始めた。札幌は、自らの無謀な挑戦を優しく見守ってくれた。うまくいかなかったときは自然の力で癒してくれた。街自体から元気を貰い受け、すぐに活力を取り戻して再チャレンジ。何事も達人の域にはまだ達していない。札幌で耕した努力の土壌を広島で豊かにしていきたい。

学生生活を通じて札幌が大好きになった。都市と自然と人間が融合した、活気あふれる素晴らしい街へ住めたのを誇りに思う。自分にとって札幌は故郷。広島が身体の故郷ならば、札幌は鼓動と魂と情熱の故郷。札幌よ、数多の思い出をありがとう。ついでに学位もありがとう。彼女もくれたら満点だったんだけれども。贅沢言いすぎだよな。まぁ、もういいや。

次は八月の北海道マラソンにて。札幌で皆へ日焼けした成長した姿を見せられるよう広島で頑張って働こう。

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